魔人12
高橋はボルシチを掬うスプーンを止め置き半分ほどになっていたピロシキを手に、静かな視線を花藤へ向けて答える。
「田中部長を探すのは一人でも多い方が良い。それだけですよ」
「それならば警察官を動員すればよいでしょう?なぜそれをしないんです?」
花藤は高橋がまだ食事の途中であるにもかかわらず食後の一服を始めながら聞いた。
「それは、先ほども言いましたが成人男性の失踪に人員を割く余裕が無いのです。それに捜索願いが出されたわけでもない」
「そりゃあヤツのお袋さんはヨーロッパですからね。連絡はしたんですか?」
花藤の口調がややきつくなってくる。それに対し高橋は言葉では答えず、顔を伏せ首を振った。
「ヤツもあなたと同じ警官でしょう」
「同じ警官だからこそです・・・」
花藤はタバコを深く吸い込み、そして吐き捨てるように言う。
「メンツと言うヤツですか・・・」
「それもありますが・・・」
高橋は手にしたままだったピロシキをボルシチの中で泳がせるように深く浸してから口を大きく開けて押し込むと、咀嚼しながらもビールで流し込んだ。
「田中部長が五人殺しの現場を見つけたのは通報を受けたからなのですが、交番の電話には通話記録が無かったんです」
花藤は咥えかけた煙草の手が止まる。
「それは、田中が嘘を付いていると言うのですか?田中が五人殺しに関わっていると!?」
「違います、そうではありません。逆です。五人殺しが田中部長の失踪に関わっている可能性が高いという事です。五人殺しは通話記録が残らない何らかの方法であえて田中部長に情報を与えたと私は見ています」
「たまたま田中だった・・という事ではないと?」
「おそらく。田中部長は私にもまだ何か隠しているようでした・・・。彼が五人殺しに選ばれた理由があるとしたら、それが・・・」
花藤は煙草を灰皿に押し付けた。
「五人殺しとやらは田中の、知り合い?」
「知り合いとまではいかなくとも、何らかの関係はあるのかもしれません」
花藤は思案気に両腕を組んだ。
「田中が最後に目撃されたマツダ車については?」
「それについては何も・・申し訳ないですが」
花藤は下唇を嚙み、高橋を睨みつけた。
俺は駆け引きはしない。兵士らしく真っすぐ進むだけだ。
「田中について貴方が知らないが私が知っていることなど子供の頃の思い出だけでしょう。なぜ俺と会うためにこの場を?」
高橋はブックタイプのカバーの付けたスマートフォンを取り出した。
「田中部長の父親の事はご存じですか?」
「田中の父親?いや、知り合った頃には母子家庭でした」
高橋はスマートフォンを操作しながら軽い口調で答える。
「彼の父親は殺害されていたようです」
「田中の親父が殺されていた?本当ですか、それはいつの話で?」
高橋は答える代わりにスマートフォンを花藤の前に置いた。
そこには一人の中年男性が映っている。
「まさかこいつが!?」
「この男は警察官です。我が隅田川署所属の渡部警部補と言います。田中部長の薫陶の師と言ったところだったのですが、実のところ悪徳警官といった類の男です」
「この男が田中の父親を?」
花藤はテーブルに置かれたスマートフォンに映し出された男を指さして聞いたが、力がこめられまるで拳銃を握っているかのようだった。
高橋は思わず両手を向けた。
「落ち着いて聞いてください。私は田中部長から報告を受けたんです」
「なにをです!?」
思わず感情が滲み出る花藤に高橋は努めて冷静に話を始めた。
「田中部長は自身の父親の殺害に関与した人物を見つけ出した。殺害された時期はバブルの終焉の頃で30年以上昔の事のようですが・・・」
「田中は、何か証拠を見つけたのでしょうか?その・・・遺体とか」
30年以上昔の話と聞いて花藤は冷静さを取り戻した。30年前と言うのが本当ならば証拠どころか死体さえ見つかる可能性は低そうだ。
「証拠などはありませんが、田中部長は父親の殺害に関与した人物を見つけ出し、そして自白させた」
「それは誰です?」
「田中部長は老人としか・・。まあ自白と言っても拳銃で脅しての強要ではあったようですがね」
「関与という事は、殺害した人物は?」
「それは既に殺されていたようです。そしてこの渡部という警官もそういった犯罪行為に関与していたと。これも拳銃を向けられての自白だったようですがね」
念のため。花藤は一応、聞く。
「田中の狂言という事は?」
「ありません」
高橋はハッキリと否定した。
「彼は昇進試験を前にしていましたし、それを捨ててまでそんな作り話を騙る必要は何もない」
「田中は、その・・・その老人を・・」
「彼はこうも言っていました、殺せなかったと。二人ともね。結局のところ彼は父親の敵に復讐しようとしたが出来なかった。彼がなぜその老人を見つけ出したのか、また渡部がそういった事に関与していたことをどうやって突き止めたのかはわかりません。彼はそこまでは語ってはくれませんでしたが、昇進試験を棒に振ってまでそんな作り話をする必要はどこにもない」
花藤はラッキーストライクを取り出し火を点け、煙草を吹かしながら腕を組んで思案した。
「この男は?」
そう言って咥えた煙草でテーブルに置かれたスマートフォンを指した。
「田中部長はこの男の正体を知ってしまいましたが、長く薫陶の師と仰いできた人物でもあり、最も長く親しく接してきた男です。私達が知らない田中部長の交友関係なども知っているでしょう」
「この男とはどこで会えますか?」
花藤は絞り出すような声で聞いた。
「今頃は、西浅草の風神というバーにいるでしょう。だいぶイラついているはずですしヤケ酒にね」
即座に立ち上がろうとする花藤を高橋は止める。
「これ、撮っておいた方が良いのでは?」
そう言ってテーブルに置かれ渡部の顔を映しているスマートフォンを指した。
花藤は高橋を睨むつもりはなかったが険しい表情を隠せないままにスマートフォンを取り出しロックを解除し渡部の顔を撮影した。そして問う。
「俺は銃で脅すようなことはしない」
花藤は聞き、高橋は答える。
「そうでしょうね。場所は分かりますか?」
花藤は渡部を撮影したスマートフォンをかざして答えた。
そして煙草を灰皿に押し消すと席を立った。
渡部という男を殺すために。




