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第11話 最後に見えたもの

その週の金曜日、朝から空気が落ち着かなかった。


天気が悪いわけではない。

気温も高すぎず、低すぎず、社内の空調も安定している。

来客予定は二件、会議室利用はやや多め、設備点検は午後。

総務部としては少し忙しいが、特別に荒れる要素はないはずだった。


それでも相沢は、出社してからずっと妙な引っかかりを覚えていた。


何かがある。

そういう強い確信ではない。

ただ、視界の端に薄い膜がかかったみたいに、物事の輪郭が少しだけ遠い。

集中できないほどではないが、気を抜くと意識がどこかへ滑りそうになる。


「相沢さん」

と澪が声をかけた。

「はい」

「今日、少し変です」

「断定するね」

「観察結果です」

「便利だなあ」

「役立っているので」

「……まあ、少しだけ」

「少しだけ、ではない顔です」

「顔で判断しないで」

「今日はします」


澪はそう言って、相沢の机に今日の会議室利用表を置いた。

その指先が一瞬だけ止まる。

触れるほどではない、でも確かめるみたいな間だった。


「無理そうなら言ってください」

と澪が言う。

「……うん」

「約束です」

「はいはい」

「返事が軽いです」

「緊張してると軽くなるんだよ」

「知ってます」

「そこまで観察されてるの」

「必要なので」


三浦がその会話を聞いて顔を上げる。

「何ですか、今日なんかあるんですか?」

「まだ何も」

と澪が答える。

「“まだ”って言いました?」

「言ってません」

「今ちょっと言いましたよね?」

「気のせいです」

「総務部、最近そういう気のせい多くないですか」

「多いかもしれません」

と相沢が言う。

「認めるんですね」

「今日は先に認めておく」


三浦は首を傾げながらも、すぐに電話対応へ戻った。


午前中は、表面上は平穏だった。


備品発注の確認。

入館証の再発行。

会議室のプロジェクター不調への対応。

来客用の飲み物の補充。

どれも総務としては日常の範囲だ。


ただ、細かいずれがいくつか重なっていた。


本来なら十時に届くはずの荷物が遅れる。

会議室Bの予約が二重になっている。

別フロアから内線で、給湯室の床が少し濡れていると連絡が入る。

大きな問題ではない。

でも、小さな綻びがあちこちに出ている感じがした。


「嫌な積み方ですね」

と澪が小さく言った。

「うん」

「一つずつは軽いです」

「でも重なると危ない」

「はい」


相沢はその言葉にうなずきながら、会議室Bの調整に向かった。

予約の重複は営業部と企画部の入力ミスで、話せばすぐに解決した。

給湯室の床も、誰かがこぼした水を拭き残しただけだった。

荷物の遅延も配送側の都合で、昼前には届くという。


何もかも、単体なら問題ない。

それなのに、胸の奥のざわつきだけが消えない。


昼休み前、相沢は資料を届けに四階へ上がった。

廊下の窓から中庭が見える。

白い日差しがタイルに反射して、少し眩しい。

その光を見た瞬間、相沢の視界が一瞬だけ揺れた。


中庭の端。

搬入口へ続く通路。

台車。

積み上がった段ボール。

その横を、誰かが急ぎ足で通る。


次の瞬間には元に戻っていた。


「……今の」

思わず立ち止まる。


見えた。

今のは、たぶん“見えた”。


過去に引っ張られた感じではない。

昨日までの嫌な混線とも違う。

もっと鋭く、もっと一瞬で、現実の上に別の輪郭が重なった。


相沢はすぐにスマートフォンを取り出した。

総務部のチャットを開く。

指が少しだけ震える。


『中庭側の搬入口まわり、今確認できる?』


送信して数秒で、澪から返信が来た。


『行きます』

『相沢さんは?』


相沢は短く打つ。


『四階』

『今、少し見えた』


既読がつくのが早かった。


『無理して動かないでください』

『私が見ます』


その文面を見て、相沢は一瞬だけ息を止めた。

前ならたぶん、そのまま自分で走っていた。

でも今は、止まるという選択肢がある。

見えたことを渡すという選択肢がある。


『わかった』

と返して、相沢はその場で廊下の窓から下を見た。


中庭は静かだった。

昼休み前で人通りは少ない。

搬入口のシャッターは半分開いていて、業者らしい人が台車を押している。

段ボールは確かに積まれているが、今のところ不安定には見えない。


それでも、嫌な感じだけが残る。


数分後、澪から再び連絡が入った。


『段ボールの積み方が高いです』

『業者の方に声をかけます』

『相沢さんはそのままで』


相沢は画面を見つめたまま、小さく息を吐いた。

助けてもらっている。

その事実に、まだ少しだけ慣れない。

でも、前よりはちゃんと受け取れる。


昼休み、総務部に戻ると三浦が弁当のふたを開けながら言った。

「さっき篠宮さん、すごい速さで出ていきましたけど何かあったんですか」

「中庭の搬入口」

と相沢が答える。

「段ボールの積み方が危なかったみたい」

「えっ、見てたんですか?」

「少し」

「相沢さん、最近“少し”で済ませること多くないですか」

「便利だから」

「何がですか」

「こっちの話」

「またそれですか」


そこへ澪が戻ってきた。

少しだけ息が上がっているが、表情はいつも通りだ。


「大丈夫でした」

と彼女は言う。

「上の箱が一つ、かなりずれていました」

「落ちそうだった?」

と相沢が聞く。

「このまま人が横を通れば、たぶん」

「……そっか」

「業者の方に積み直してもらいました」

「ありがとう」

「はい」


三浦がきょとんとする。

「え、そんなに危なかったんですか?」

「大事にはなってません」

と澪が答える。

「なってないならよかったですけど……なんか今日、空気変じゃないですか?」

「観察結果?」

と相沢が言う。

「違います、私の勘です」

「それは大事かも」

「え、怖いこと言わないでください」


三浦はそう言って笑ったが、その笑いは少しだけ硬かった。


午後一番、設備点検の業者が入った。

空調の定期確認と、非常灯のチェック。

総務部は立ち会いのため、フロアを行き来することになる。


「私、六階見てきます」

と澪が言う。

「相沢さんは二階の会議室まわりお願いします」

「了解」

「何かあったら」

「言う」

「はい」

「……たすけて、も含む?」

相沢が半分冗談めかして言うと、澪は一瞬だけ目を上げた。

「含みます」

とだけ答える。

その声が思ったより真っ直ぐで、相沢は少しだけ照れたように視線を逸らした。


二階の点検は順調だった。

非常灯の点灯確認、避難経路図の更新、消火器の設置位置の再確認。

業者も慣れていて、作業は手際がいい。


問題が起きたのは、そのあとだった。


二階の廊下で、営業部の若手社員が慌てた様子で走ってきた。

「すみません、会議室Cのプロジェクター、また映らなくて」

「今行きます」

と相沢が答える。


会議室Cでは、社外とのオンライン打ち合わせが始まる直前だった。

画面が映らず、営業部の課長が焦っている。

相沢は配線を確認し、入力切替を見直し、再起動をかける。

数分で映像は戻った。


「助かりました!」

と若手社員が頭を下げる。

「いえ」

「今日なんか、いろいろギリギリですね」

「そうだね」

「こういう日って重なりますよねえ」


その言葉に、相沢の背中を冷たいものが走った。


重なる。


その瞬間、また視界が揺れた。


白い廊下。

開いたままの防火扉。

台車。

点検用の脚立。

誰かの足元。

滑る。

倒れる。

金属音。


今度はさっきよりはっきりしていた。

短いが、鮮明だった。


相沢は反射的にスマートフォンを掴む。

澪に連絡しようとして、指が止まる。

どこだ。

今のはどこだ。


二階ではない。

もっと上。

白い廊下、窓の少ない通路、非常灯の点検、脚立。


六階。


その瞬間、館内放送が鳴った。


『六階西側通路で設備点検中です。通行の際はご注意ください』


相沢の心臓が強く打つ。


六階西側通路。

澪がいる。


「相沢さん?」

営業部の若手が不思議そうに見る。

でも相沢はもう返事ができなかった。


今度は迷わなかった。

チャットでは間に合わない。

通話をかける。


呼び出し音が一回。

二回。

三回。


出ない。


嫌な汗が背中を伝う。

もう一度かける。

出ない。


「……っ」


相沢は走り出した。


エレベーターを待つ時間が長すぎる。

階段へ向かう。

二段飛ばしで上がりながら、胸の奥で何かが軋む。

見えたのか。

予感か。

混ざっているのか。

そんなことを考えている余裕はない。


六階へ着いたとき、通路の先で金属のぶつかる大きな音がした。


反射的に顔を上げる。


西側通路の途中。

点検用の脚立が傾き、その横で非常灯のカバーが床に落ちている。

業者の一人がバランスを崩し、後ろへ倒れかけていた。

その進路の先には、開いたままの防火扉。

扉の縁と脚立の脚がぶつかり、さらに別の台車が押される。

台車の上には工具箱。

落ちれば危ない。


そして、そのすぐそばに澪がいた。


澪は倒れかけた業者を支えようとして、一歩踏み込んでいた。

でもその位置だと、滑った脚立か落ちる工具箱に巻き込まれる。


「澪!」


相沢が叫ぶ。


その瞬間、時間が引き延ばされたみたいだった。


脚立の角度。

工具箱の重さ。

防火扉の戻る速さ。

澪の足の位置。

業者の重心。

全部が一度に見えた。


どこを動かせばいい。

何を先に止めればいい。


相沢は走りながら、ほとんど反射で近くの台車を蹴るように横へ押した。

進路が少しずれる。

同時に、澪の腕を掴んで強く引く。


次の瞬間、工具箱が床に落ちた。

鈍い音が響く。

脚立の脚がさっきまで澪のいた場所をかすめ、防火扉が勢いよく戻って金属音を立てた。


誰かが息を呑む。

業者が「すみません!」と叫ぶ。

通路の空気が一気にざわついた。


相沢は澪の腕を掴んだまま、その場に立ち尽くした。


間に合った。


そう思った瞬間、視界の輪郭がふっと薄くなる。


白い。

音が遠い。

人の声が水の中みたいにぼやける。


「相沢さん」

澪の声がした。

近い。

でも少し遠い。


「相沢さん、見てください」

その言葉に、相沢ははっとする。


今ここ。

今の通路。

倒れていない。

怪我人はいない。

工具箱は床。

脚立は業者が押さえている。

防火扉は閉まっている。

澪は無事。


そこまで確認して、ようやく息が入った。


「……よかった」

と相沢は言った。

自分でも驚くほど掠れた声だった。


澪が相沢の腕を逆に掴み返す。

「座れますか」

「大丈夫」

「大丈夫じゃないです」

「……うん」

「こっちです」


通路脇の休憩スペースの椅子まで連れていかれる。

相沢は素直に座った。

膝が少し震えている。

手のひらも冷たい。


業者と設備担当の社員が、向こうで慌ただしく状況確認をしている。

幸い、怪我はなかったらしい。

工具箱の中身が少し散らばっただけで済んだようだ。


「相沢さん」

と澪がしゃがみ込んで言う。

「今、何が見えましたか」

「……」

「言えますか」

相沢は呼吸を整えながら、ゆっくり答えた。

「脚立」

「はい」

「工具箱」

「はい」

「防火扉」

「……はい」

「澪が、そこにいて」

最後の言葉だけ、少し詰まった。


澪は一瞬だけ目を伏せ、それから言った。

「助かりました」

「……間に合った?」

「はい」

「よかった」

「はい」


その“はい”を聞いた瞬間、相沢の中で張っていたものが少しだけ切れた。


「俺」

と相沢は言う。

「今の、すごくはっきり見えた」

「はい」

「たぶん今までで一番」

「……はい」

「でも」

そこで言葉が止まる。


でも、その先がうまく掴めない。

さっきまであれほど鮮明だった輪郭が、もう思い出そうとすると薄い。

見えたはずなのに、指の間からこぼれていくみたいに曖昧になる。


「でも?」

と澪が促す。


相沢は目を閉じて、もう一度さっきの感覚を探した。

脚立。

工具箱。

扉。

澪。

その先。


何も来ない。


いつもなら、ざわつきの残りみたいなものがある。

次に何か起きるかもしれないという、嫌な余韻が。

でも今は、それがなかった。


妙に静かだった。


「……ない」

と相沢は言った。

「何がですか」

「次が」

「……」

「いつもなら、もう少し残るのに」

「はい」

「今、何もない」

澪はその言葉をすぐには返さなかった。


代わりに、相沢の顔をじっと見た。

観察する目だった。

でもそれだけじゃない。

何かを確かめるような、少し怖がるような目でもあった。


「相沢さん」

「なに」

「無理に探さないでください」

「……」

「今は、見えなくていいです」

その言葉に、相沢は少しだけ笑った。

「それ、前の俺なら嫌がってたかも」

「今は?」

「……少し、ほっとしてる」

澪は小さく息を吐いた。

「ならよかったです」

「でも」

「はい」

「最後だったのかな」

その問いは、独り言に近かった。


澪はすぐには答えなかった。

答えられないのだとわかった。

代わりに、静かに言う。


「最後かどうかは、まだ決めなくていいです」

「うん」

「でも、今ここに戻ってきたのは大事です」

「……そうだね」


しばらくして、三浦が息を切らして六階まで上がってきた。

「大丈夫ですか!? 今、設備担当の人から聞いて……って、え、何があったんですか」

「脚立が倒れかけただけです」

と澪が答える。

「だけって感じじゃないですよね!?」

「怪我人はいません」

「それはよかったですけど……相沢さん、顔色悪くないですか」

「少し」

「また“少し”ですか」

「便利だから」

「何がですかもう」


三浦の声に、通路の空気が少しだけ緩む。

そのおかげで、相沢もようやく現実の速度に戻ってこられた。


設備担当から簡単な事情聴取を受け、業者の安全確認が終わるころには、騒ぎはほぼ収まっていた。

原因は、防火扉を仮固定していた器具の位置が悪く、通路が狭くなっていたことと、脚立の足元に小さな段差があったことらしい。

そこへ工具箱を載せた台車が接触し、連鎖的に崩れかけた。


「重なったんですね」

と三浦が言う。

「小さいことが」

「うん」

と相沢は答えた。

その言葉が、朝からの違和感にぴたりとはまる。


小さい綻びが重なって、大きな危険になる。

今日はずっと、その日だったのだ。


夕方、総務部へ戻ると、仕事はまだ残っていた。

事故報告の補助資料、安全確認の記録、設備担当への共有。

忙しいはずなのに、相沢の中は妙に静かだった。


見えない。


そのことが、じわじわと実感になっていく。


コピー機の前を通っても、嫌なざわつきがない。

廊下の角を曲がっても、先の気配を探そうとする感覚がない。

窓の外を見ても、何かが重なる感じがしない。


空っぽ、というほどではない。

でも、今までずっとそこにあった微かな緊張が、ふっと消えている。


「相沢さん」

と澪が呼ぶ。

「はい」

「この報告書、数字だけ確認お願いします」

「わかった」


書類を受け取る。

数字を追う。

読める。

理解できる。

仕事はできる。

何も困らない。


それなのに、胸の奥に小さな喪失感があった。


助けられてきたものがある。

守れたものがある。

その感覚が、今はもう手元にないかもしれない。


定時を少し過ぎて、ようやく一段落した。

三浦が先に帰り、フロアにはまた相沢と澪だけが残る。


窓の外は薄い夕方の色だった。

ビルのガラスに空が鈍く映っている。


「篠宮さん」

「はい」

「今日さ」

「はい」

「最後に見えたの、たぶん君だった」

澪は少しだけ目を上げた。

「私?」

「うん。脚立とか工具箱とかも見えたけど」

「はい」

「一番はっきりしてたの、そこにいる澪だった」

「……」

「危ない、って思った」

「はい」

「だから動けた」

澪はしばらく黙っていた。

それから、静かに言う。

「それで十分です」

「十分かな」

「十分です」

「見えなくなるかもしれないのに?」

「はい」

「困らない?」

「困ることはあります」

「正直だなあ」

「でも」

澪は書類を閉じて、相沢の方をまっすぐ見た。

「一人で見えていたときより、今の方がいいです」

「……」

「今日、相沢さんは最初に中庭のことを渡してくれました」

「うん」

「六階では、私を引きました」

「うん」

「それで十分です」

相沢は少しだけ笑った。

「篠宮さん、今日それ多いね」

「大事なので」

「便利だなあ」

「役立っているので」


帰り道、駅までの道は静かだった。

金曜日の夕方にしては人通りも穏やかで、風が少しだけ涼しい。


相沢は歩きながら、何度か意識して周囲を見た。

信号。

自転車。

曲がり角。

工事中の看板。

駅前の人の流れ。


何も見えない。

先の輪郭は重ならない。

嫌なざわつきもない。


ただ、今あるものだけが見える。


「……静かだ」

と相沢が言った。

「はい」

「前は、もっといろいろ引っかかってた」

「はい」

「今は本当に、ただの駅前」

「それでいいと思います」

「そうかな」

「はい」


改札前で、相沢は少し立ち止まった。

あの日と同じ場所。

電子音。

アナウンス。

人の流れ。

でも今日は、どの音もただの音だった。


澪も少し遅れて足を止める。


「相沢さん」

「なに」

「今日」

「うん」

「澪って呼びましたよね」


相沢は一瞬だけ黙った。


ごまかそうと思えばごまかせる。

聞き間違いだと言うこともできる。

でも、たぶんそれは違う気がした。


「……ごめん」

と相沢は言った。


澪は何も言わず、続きを待った。


相沢は少しだけ視線を逸らして、それから小さく続ける。


「大切だったんで」


その言葉に、澪はわずかに目を見開いた。


風が改札前を抜ける。

アナウンスが遠くで流れて、人の足音が絶えず行き交っている。

その中で、そこだけ少し静かになった気がした。


「……そうですか」

と澪は言う。


声はいつも通りに聞こえた。

でも、ほんの少しだけ、息が浅い。


「嫌だった?」

と相沢が聞く。

「嫌ではないです」

「ならよかった」

「ただ」

「ただ?」

「不意打ちです」

「それは……ごめん」

「二回目です」

「今日は謝る日だなあ」

「そうかもしれません」


澪はそこで少しだけ視線を落とし、それから言った。


「でも」

「うん」

「悪くなかったです」


相沢は何も言えず、少しだけ困ったように笑った。


それから、少し間を置いて、相沢はもう一度口を開いた。


「もし本当に、もう見えなくなってたら」

「はい」

「そのときは」


そこで相沢は少しだけ言葉を探した。

前なら、たぶん“困る”とか“どうしよう”が先に出た。

でも今は違った。


「……一緒に考えて」

と相沢は言った。


澪は一瞬だけ目を見開いて、それから小さくうなずいた。

「はい」

「助ける、じゃなくて?」

「それもします」

「欲張りだなあ」

「必要なので」

「そっか」

「はい。一緒に考えます」


その返事を聞いて、相沢はようやく本当に息を吐いた。


最後に見えたものが何だったのか。

それが能力の終わりなのか、ただの一時的な静けさなのか。

まだわからない。


でも、もし終わりだとしても。

その最後に見えたのが、

危険そのものではなく、

守りたい誰かだったのなら。


それはたぶん、そんなに悪い終わり方ではなかった。


改札を通る。

人の流れに乗る。

ホームへ向かう階段を上がる。


先は見えない。

でも、隣にいる人は見える。


それで今は、十分だった。


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