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世界最強の精神熟達者、解除不能の師弟契約で無能少女を育てることになった俺の終わらない修行の日々  作者: ちとせ鶫
第1章 掃き溜めの師弟

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第6話 監察官と、嘘をつかずに騙す方法

 よう。

 地下倉庫って場所に、夢を抱くなよ。


 薄暗くて、埃っぽくて、妙なもんが棚に並んでる。

 しかも扱ってる連中は、大抵どこか壊れてる。

 まともな奴ぁ、長く居つかない。


 だがな。

 そういう場所だからこそ、人間の地金ってやつが見える。


 今回あんたが覗くのは、王宮地下三階。

 遺物管理庫——まあ、簡単に言やぁ、“触ると厄介なもの置き場”だ。


 そこで働く男は、腕は立つが胃痛持ち。

 弟子は、無邪気で、妙に勘が良くて、たぶん本人が一番危ない。

 そこへ監察局のお嬢さんまで来る。


 嫌な予感しかしねぇだろ?

 安心しろ。だいたい合ってる。


 派手に世界を救う話じゃない。

 剣と魔法で大騒ぎする類でもない。


 これは、バレちゃいけないものを抱えた連中が、

 今日も平然と日常を続ける話だ。


 もっとも——

 日常ってやつァ、案外、化け物より恐ろしいんだがね。

 《フォルナ》の月の三十五日。


 《フォルナ》の月の最終日だった。

 翌日から《オーレン》の月が始まる。

 黄昏の神の月——秋が深まり、日が短くなる。

 王宮の廊下の松明が、少し早く灯るようになる季節だ。


 俺は朝から在庫目録を整理していた。

 先月分の記録を確認し、遺物の状態を一通りチェックし、

 報告書の下書きを作っていた。

 決して、面倒だからって、貯めこんでたわけじゃないぞ。

 決して、明日やればとか、思っていたわけじゃないぞ。

 こんなのちゃちゃっと終わらせて、やろうじゃないか。

 

 ルナは棚を嗅いで回ったあと、「今日は全部いつもの匂いです」と報告し、

 今は椅子に座って手元の小石をころころと転がしている。

 どこで拾ってきたのかは聞かなかった。


「ししょー」

「なんだ」

「この石、なんか丸いですね」

「そうだな」

「丸い石って、川の石ですよね」

「大抵はな」

「この地下倉庫って、川の近くでしたっけ」

「......どこかで拾ってきたんじゃないのか」

「覚えてないです」

 

 おいおい、いったいどこで拾ってきたんだ?

 まあ、怪しいものなら、気配があるが、

 本人がきにしていないなら、大丈夫だろう。

 俺は在庫目録に目を戻した。


 そのとき、俺の「認識の膜」が反応した。

 一瞬、ルナを見た。

 小石がなんか、やばい気配......

 いや、違うか。びっくりさせやがって。

 

 螺旋階段を降りてくる足音。

 軽いが、確実で、均等な足音。

 一段一段、同じリズムで踏んでいる。

 急いでもなく、戸惑ってもなく——

 来慣れているわけでもないが、任務として動いている人間の足音だ。


 精神波が届いた。

 訓練された精神波だ。制御が効いている。

 精神熟達者——少なくとも、それに準ずる術師の素質を持つ者だ。

 なんだ、同僚か。

 でも、感じたことがない波動だな。誰だ?

 今日だれか来るかなんて、聞いてないが。


 ルナが小石から顔を上げた。「誰か来ますね」と言った。

 お、気配察知は及第点だな。優秀、優秀。

 いい子だ。ルナ。


「ああ」

 扉が三度、ノックされた。

「失礼します」

 扉が開いた。

 ひとりの女性が入室してくる。

 やはり知らんな。


 白を基調にした制服。

 左の二の腕のあたりに、エンジに金の装飾ラインの入った、

 鷲の意匠が描かれた腕章をつけている。

 監察局の意匠だ。

 この間の、箱の件か?

 いや、ルナの様子を見に来たのか。

 しまった。

 何の準備もしてないぞ。

 お嬢さん、頼むから静かにお淑やかに、なるべく空気でいてくれよ。

 お願いだから。 


 若い女性だった——二十代の前半か。

 令嬢然とした立ち居振る舞いで、扉の前に立っている。髪は整えられ、姿勢は正しく、胸元には薔薇を象った、小さなブローチが光っている。

 笑顔があったが、目は笑っていなかった。

「王立監察局、オルフェリア・ソル・ヴェインと申します閣下。

 定期監察にまいりました」

 俺は立ち上がった。

「クインシーです。どうぞお入りください」

 これはなんとかごまかしきって、とっとと帰っていただこう。

 そうしよう。


     * * *


 オルフェリア・ソル・ヴェインが地下三階に来たのは、これが初めてだった。


 監察局の定期監察は、年に一度か二度、各部署を巡回する。

 地下三階には、通常、誰も来たがらない——精神汚染のリスクがあるからだ。

 今まで監察が来る際は、

 俺が上の階まで出向いて報告書を提出する形で済ませていた。

 今回は、直接来たようだ。

 なにがそんなに気になった? 

 バレたわけじゃないよな?

 大丈夫、まだバレるわけない。

 俺に抜かりはない。たぶんな。


 訪問それ自体は、規則通りだ。

 問題があるわけではない。

 ただ——精神熟達者の素質を持つ者が、

 俺の「地盤」に直接来た、ということだ。


「ご多忙のところ、失礼いたします」とオルフェリアが言った。「定期監察ということで、遺物の管理状況と、弟子の育成状況をご確認させていただきたいと思います」

「はい」

 あ、どっちもなのね。

「まず、遺物の管理記録を拝見してもよろしいでしょうか」

「こちらです。どうぞ」

 俺は在庫目録を差し出した。

 オルフェリアが受け取り、開いた。

 視線が動く。

 速い。

 内容を「読む」だけでなく、「読み方」を確認している——

 そういう目だ。


 記録の整合性、日付の連続性、報告と実態の一致。

 訓練された確認の仕方だ。

 俺は、表情を変えなかった。

 在庫目録の記録は、すべて正確だ。改ざんは一切していない。遺物の状態、感知した異変、対処の内容——すべて事実を書いてある。ただし、俺がどの程度の術式を使ったか、という詳細は省いてある。聞かれていないことは書かない、という原則だ。


「……几帳面な管理ですね」とオルフェリアが言った。

「ありがとうございます」

「《フォルナ》の二十日、遺物の封印修復が記録されていますね。

 弟子の方が早期発見をされたと」

「そうです」

 


「どのような状況でしたか」

「棚の奥の遺物が、封印の劣化を起こしていました。弟子が朝の巡回中に感知し、報告してきました。その後、修復処置を行いました」

「弟子の方が感知を」

「はい。精神波を介した感知能力が、遺物の変質を察知するのに適しているようです」

 オルフェリアが、俺を見た。

 視線が一瞬、細くなった気がした——気がしただけかもしれない。

「なるほど」

 彼女が在庫目録を返した。

「次に、弟子の方をご紹介いただけますか」


     * *  *


「こちらが弟子のルナです」

 ルナが立ち上がった。

 手に小石を持ったまま、オルフェリアを見て、にこっと笑った。

 その笑顔が——完璧だった。

 「清廉な弟子」というビジュアルが、過不足なく成立していた。

 銀髪が、地下の薄明かりの中で静かに揺れている。

 オルフェリアが、一瞬、表情を崩した。

 ほんのわずかに、目元が柔らかくなった。

「……素晴らしい精神の静謐さですね」

 俺は「左様です」と答えた。

「あの」とルナが言った。

「はい」とオルフェリアが答えた。

「監察さんのそのブローチ、お花の形ですか? すごくきれいで」

 オルフェリアが、胸元のブローチに視線を落とした。「ありがとうございます」と微笑んだ。

 ルナが、続けて言った。

「なんかいい匂いがします。クッキーみたいな」

 オルフェリアが、少し間を置いてから「紅茶を飲んできたので」と答えた。

 俺の胃が、静かに、音もなく収縮した。

 茶葉の匂いをクッキーと誤認するのは、ルナの精度が高い証拠でもあるし、この場では微妙な緊張を生む発言でもあった——だが、オルフェリアの反応は「不審」ではなく「微笑ましい」の方向に着地した。

 辛うじて、問題はなかった。


     * * *


「精神波の測定をさせていただいてもよろしいでしょうか」とオルフェリアが言った。

「もちろん」と俺は答えた。

 これは、読んでいた。

 オルフェリアが監察局の測定器具を取り出した。俺が訓練所で使ったものと同型だ。標準的な精神波の出力と器の深さを計測する。

 ルナが「なんですか、それ」と聞いた。

「精神波の強さを計測するものです」とオルフェリアが答えた。「少し失礼しますね」

 計測器を、ルナの手元に向けた。

 数秒の計測。

 オルフェリアの表情が、わずかに変わった。目が、少し大きくなった。

 俺は何もしなかった。

 この程度の測定なら......


 ルナの「精神の器の深さ」は本物だ。

 計測すれば、その深さがはっきりと数値が出る。

 「精神干渉能力がゼロ」という事実は、「器の深さ」とは別の測定項目だ。

 今、オルフェリアが計測しているのは「器の深さ」だ。

 その数値は本物だから、俺は何も書き換えていない。

 ルナをそのまま見せた。

 それだけだ。

「……この器の深さは、本物ですね。報告どおりだわ」とオルフェリアが言った。

「ええ」と俺は答えた。

 嘘は、一言もついていない。

 オルフェリアが測定器を収めた。

 ルナが「わたし、数値よかったですか?」と聞いた。オルフェリアが「ええ、大変優れています」と答えた。ルナが「やった!」と小声で言った。


     * * *


 監察の手順が終わり、オルフェリアが帰り支度をした。

「ご協力いただき、ありがとうございました」

「こちらこそ」

 オルフェリアが、扉の方へ歩いた。螺旋階段の前で、振り返った。

「クインシー閣下」

「何でしょう」

「弟子の方の、精神干渉訓練は——どの段階まで進んでいますか?」

 俺は一瞬、考えた。

「基礎の段階です」と俺は言った。

 これは本当だ。基礎の段階——という言葉に、嘘はない。

 ただし「どの基礎か」については、言っていない。

 オルフェリアが微笑んだ。


 その瞬間、俺は感じた。

 彼女の精神波が、わずかに——俺の方向に、向いた。

 「認識の膜」を読もうとするような、繊細な触れ方だ。

 ほんの一瞬、〇・一秒か、それ以下か。

 俺は「膜」を〇・一秒だけ、厚くした。

 オルフェリアが、どちらの反応を見せるか、俺は確認した。

 彼女は、何も言わなかった。

「……そうですか」と言った。「では、また参ります」

 それだけだった。

 扉が閉まった。螺旋階段を上がる足音が、遠くなった。


     * * *


「きれいな人でしたね」とルナが言った。

「そうだな」

「クッキーじゃなくて紅茶だったんですね。

 でもあの匂い、ほんとにクッキーみたいで」

「茶葉によっては、似た匂いがする」

「ふーん」 ルナが、小石をころころと転がした。「また来ますかね、あの人」

「来るだろう......」

「そうですか」

 ルナが、小石を棚の端に置いた。「なんかいい感じの石だから、ここに置いておきます」と言った。俺は何も言わなかった。

 在庫目録を開いた。


《フォルナ》三十五日。

 ・定期監察:通過。

 ・疑惑:不明。

 ・オルフェリア・ソル・ヴェイン——要注意。

 ・胃痛:最高値、更新。


 ページの端に、小さく書き足した。

 ペンを置いた。


 翌日から《オーレン》の月だ。

 黄昏の神の月。

 日が短くなる。

 地下三階は、もともと昼も夜も変わらないが——それでも、季節は変わる。

 ルナが「ししょー、明日のパンは何がいいですか?」と聞いた。

 俺は在庫目録を閉じた。

「お前が決めろ」

「じゃあメロンパンにします!」

「……そうか」


 地下倉庫に、静かな時間が流れた。

 遺物の棚が、いつものように呼吸している。

 ルナが置いた小石が、棚の端で丸く光っている。


 俺はすっかり冷めた茶を一口飲んだ。

 旨くなかった。だが、悪くもなかった。

 そして、終わらない修行ズルの日々は、つづく。


第一章 了

 監察ってのは、嫌な仕事だ。


 見る側も疲れるし、見られる側はもっと疲れる。

 隠し事があるならなおさらだ。


 だが、世の中ってのは面白いもんでな。

 本当に肝の据わった奴ほど、嘘を大声で隠さない。

 「全部本当だ。ただし全部は言わない」——だいたい、そういう顔をしてる。


 クインシーって男は、まさにそっち側の人間だ。

 場数を踏んで、痛い目を見て、誤魔化し方ばかり上手くなった。

 だが弟子のことになると、途端に胃が死ぬ。

 気の毒だな。実にいい。


 それと、ルナ。

 ああいう“静かな危うさ”を持った子は厄介だ。

 本人に悪気がないぶん、なおさらな。


 で、監察局の嬢ちゃんだ。

 あれは勘づいてる目だ。

 勘づいてて、まだ踏み込んでない。

 つまり——次がある。


 秋になる。

 日が短くなる。

 地下にいる連中には関係なさそうでいて、案外そうでもない。


 人間ってのはな。

 暗くなるほど、本性がよく見える。

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