第4話 上役への報告と、七割の嘘と、三割の真実
人間ってのはな、追い詰められると、だいたい二種類に分かれる。
開き直る奴と、書類を整え始める奴だ。
俺は後者だった。
別に好きでそうなったわけじゃない。長く役所勤めみたいな仕事をしてると、嫌でも覚える。世界ってのは案外、「何が真実か」じゃなく、「どう報告されたか」で動くんだ。
だから報告書は大事だ。
事実を書く。
だが、全部を書く必要はない。
順番を変える。
表現を丸める。
都合の悪い部分を、後ろの方に埋める。
それだけで、人間は安心する。
……いや、嘘じゃないぞ?
俺の弟子は、確かに規格外だ。
感知能力も異常だし、遺物管理への貢献も本物だ。
ただまあ——精神干渉能力だけが、びっくりするほどゼロなだけで。
問題はそこじゃない。
問題は、半年後に査定があるってことだ。
失敗すれば、地下三階送り程度じゃ済まない。俺もルナも、まとめて綺麗に処分コースだ。
にもかかわらず、当の本人は今日も「焼き栗の匂いがします!」とか言いながら王宮を徘徊している。
……頭が痛い。
だが、不思議なもんでな。
こういう、どうしようもなく手間のかかる存在ほど、人間は放っておけなくなる。
これはたぶん、そういう話だ。
《フォルナ》の月の十二日。
報告書というのは、書き方が大事である。
俺はこれを、三十七年の人生で学んだ。
事実は事実だ。
しかし、事実の「並べ方」は、書き手が選ぶことができる。
何を前に置き、
何を後ろに置き、
何を書かずに済ませるか——
それによって、同じ事実が、まったく違う印象を生む。
これは嘘ではない。
俺は机に向かい、報告書の下書きを書きはじめた。
まずは、包み隠さず、正直にありのままを書いた場合である。
「弟子・ルナ。精神干渉能力:ゼロ(測定値に基づく)。訓練成果:なし。師弟契約の発動経緯:誤操作による。育成の見込み:不明。」
俺は、書きあがったそれを眺めて、三十秒......。
破り捨てた。
机には「報告書の下書きだったもの」の残滓が。
ふう、危ない。あとで燃やしておこう。そうしよう。
これで証拠はなくなった。焦ることはない。
次に、本当のことを書いた。
王立広報局・特殊遺失物管理室 定期報告書
担当:エドガー・ギルバート・クインシー
報告事項:師弟契約の締結について
先日、当管理室において師弟契約(血契)を締結いたしました。
弟子の氏名はルナ、年齢は十六歳です。
弟子・ルナは、精神の「器」において規格外の水準を有しております。
測定の結果、その深さと静謐さは、
現役の精神熟達者と比較しても上位に位置するものであることが確認されました。
現在、基礎段階の修行を行っております。
また、弟子は精神波を介した特殊な感知能力を有しており、
当管理室の遺物管理業務において、
早期異変検知という実践的な貢献を既に行っております。
当管理室の業務効率化に資するものと判断しております。
今後も継続的に育成を行い、定期的にご報告いたします。
俺は書き上げた報告書を読み返した。
嘘は、一文字も......ない。ないぞ。そう疑うな。落ち着け。
「精神感応/精神干渉能力がゼロ」とは書いていない。
「訓練成果がない」とも書いていない。
「基礎段階の修行を行っている」——これは本当だ。
「遺物管理業務において貢献している」——これも本当だ。
「業務効率化に資する」——本当かって? 俺がそう判断しているのだから、本当だ。文句があるか?
事実を、
適切に、
完結に、
並べた。それだけだ。
* * *
上役・アッシュフォード卿の執務室は、王宮の二階にある。
廊下を歩きながら、俺は報告書を抱えていた。
ルナは地下三階に置いてきた。
「棚の匂いを覚えておけ」という一見なんのことかわからん課題を与えてある。
五分以内におなかがすいた!と言って、別の課題を忘れる可能性は高いが、
今は仕方がない。
* * *
執務室の重厚な扉を、畏まってゆっくりと三度、ノックした。
「クインシーか。入れ」
アッシュフォード卿は、机の向こうで書類と格闘していた。
六十代の、恰幅のいい男だ。
悪人ではない。
ただ、細部を確認するより大局を掴む方が得意な人物で、
報告書の行間を読むより見出しで判断する傾向がある。
俺が長年、活用してきた特性だ。
「師弟契約の締結報告に参りました。」と俺は言い、報告書を差し出した。
アッシュフォード卿が受け取り、読み始めた。
「……ほう」
卿が、顎をさすった。
「精神の器が規格外、か。そうか、なるほど」
少し間があった。
「まあ、見た目からしてただ者ではなさそうな子だったからな」
俺は内心で首を傾げた。卿はルナを見たことがない——
と思っていたが、廊下ですれ違ったことがあるのかもしれない。
あの見た目では、一度見れば覚えるだろう。
いずれにせよ、卿が「見た目通りということか」と勝手に補完してくれているなら、俺としては好都合だ。
話を合わせておこう。
いや、違うよ? 思い付きで言ったんじゃないよ。
疑り深いなぁ。ほんとだよ?
あ、違う違う。
勝手に勘違いしているから、それをほんとうだと思わせてるなんてそんな、
器用なことできるわけないじゃないか。ほんとだよ?
「左様でございます」と俺は内心の葛藤は、おくびにも出さず、厳粛に答えた。
「育成期限は、どう見ている」
「標準的な期間で、と考えております」
「そうか」 卿が、書類に目を落とした。「では、半年後に査定を行う。《エルネ》の月あたりになるな。それまでに成果を出せるか」
「最善を尽くします」
「うむ」
卿が、報告書を机の端に置いた。それだけで、話は終わりだった。
廊下に出て、俺は一つ、息を吐いた。
半年。《エルネ》の月——春だ。今は《フォルナ》の月の初旬だから、
およそ百八十日ある。
百八十日で、ルナを「精神熟達者の弟子として合格水準にある」と、
査定官に認識させなければならない。
実際の精神感応、干渉能力は一切上がらないだろうから、それ以外の方法で
——つまり、ズルで——乗り切る必要がある。
ズルの設計を、本格的に始めなければならない。
もとい。
立派に一人前にしなければ、な。
だって、そうだろ? じゃなきゃ、俺とルナは......お星様になる。
がんばろうじゃないか。
まだ、百八十日もあるんだ。いけるだろ? 俺なら。
* * *
廊下に出たところで、柱の陰に人影が見えた。
というより——柱の陰から、何かをおいしそうに咀嚼している生き物がみえた。
俺は立ち止まった。
あれ? おかしいな。
ここにいないはずのものが見える。
疲れてるのか。最近寝不足だからな......
「......ルナ」
「あ、ししょー!」
柱の陰から、ひょっこりと(かわいらしいリスのように頬を膨らませていたが、声が出なくて、一度飲み込んでから)ナが顔を出した。手に、何か茶色いものを持っている。
「何をしているんだ。地下三階にいろと言ったはずだが。課題はどうした。課題は」
「はい! 課題はちゃんとやっていたんですよ。二つ目くらいまで、ううん、三つは終わらせましたよ。頑張ったでしょ? えへん。でもでも、途中でいい匂いがしてきて......」
飽きないくらい、表情がころころと変わる。
だけど、こいつしれっと課題を放り出したことを認めたな。認めたよな。
五つ与えた課題を、後半戦放棄してここにいますと宣言しやがりましたよ?
せっかく、人目につかないよう、勝手にふらふら出歩かないよう、言いつけておいたのに、無駄になるじゃないか。こちらの苦労も少しは......いや、ルナが悪いわけじゃないな。ゴメンな。ちょっとおじさん、びっくりしただけだから。
「匂いがして?」
「そうなんですよ。すごくおいしそうな、食べてほしそうな。いや、いっそ食べてしまおうと」
「いったい何の匂いだ?」
あきれそうになる自分を抑え、ギルは問うた。
「焼き栗です。間違いありません。廊下に売り歩いてる人がいたんです」
「馬鹿かお前は。王宮の廊下に焼き栗売りはいない」
「でも匂いがしたんですよ。嘘じゃないんです……信じてくださいよぉ」
ちょっと、いじめ過ぎたか。
半泣きになってすがってくるルナをみて、
言いつけを守らなかったことは、ちょっとだけ忘れてやることにした。
心が広いな、俺は。
「三つ向こうの廊下の奥にある部屋で焙煎している茶葉の香りだ」
ルナが、目を丸くした。
「え、ほんとですか? でもすごく栗っぽい匂いで」
「一種の燻製茶だ。焙煎の仕方が近い」
「ししょー、詳しいですね!!」
俺は詳くない。
ただ、この廊下の茶葉の匂いが焦げた木の実に似ていることは、
五年間ここに勤めていれば嫌でも覚える。
「ひとまず、ここから離れよう。いくぞ、ルナ」
「はい、ししょー!」
そう言って、ルナは目じりの涙を指でぬぐって、ケロッと笑ってついてくる。
「そういえば、何を食べていたんだ?」
ルナが手の中のものを俺に見せてくれた。
小さな焼き菓子だったが、王宮内でてにはいるのは厨房か食堂。
しかも、この腹ペコ成人は、お金を持ち歩かない変わった主義で、買ったものではないと思われた。
どこで入手したのかは、あえて聞かないことにした。
「戻るぞ」と俺は言った。
今にも、厨房で無くなった菓子を盗んだ犯人を追いかけて、誰かが来る前にこの場をはなれることにしよう。そうしよう。
「はい! あ、ししょーにも一個あります。どうぞ」
「いらない」
俺を共犯者に仕立てようとは、いい度胸じゃないか。恐ろしい子。
「そうですか......美味しいのになぁ」
ちょっと残念そうな顔をしながらルナは、一人でもりもりと食べながら、隣を歩いてついてきた。
俺は歩きながら、今後の算段を考えていた。
半年。百八十日。
査定の基準を「遺物管理への特殊貢献」に誘導する。
上役の認識を、じわじわと書き換えていく。
報告書の積み上げで、実績を作る。
できないことではない。
簡単だ。
俺が頑張ればいいんだ。そうだろ?
わかっているなら、いいんだ。うん。
ただ、ルナが「廊下を抜け出して茶葉の匂いを栗と間違える」という行動変数が、計算に入っていなかった。
「ルナ」
「はい」
「今後、地下三階を離れる際は、俺に一言入れろ」
「はい!」
「それから、焼き栗売りを追いかけるのは禁止だ」
「え〜」
「売っていないからだ。王宮の廊下には」
「でも、もし本当に売ってたら?」
「売っていない」
「……そうですか」
しょげた顔は、ほんとうに残念そうに、悲しい顔をしていた。
「ああ、わかった。あとで焼き栗買ってやる。確かこの時期は表通りで売ってただろ」
それを聞いて、ぱっと表情が明るくなって、ギルにとびついてきた。
「ししょー、だから好き」
思わず、そう告げてしまったことを少し後悔した。
どうも、この子は苦手である。
ちょっと、お嬢さん。
ほかの人がみてますから、もっとお淑やかにお願いしますよ、ほんと。
地下三階に戻り、俺は在庫目録を開いた。
《フォルナ》十二日。
・上役への報告、完了。
・査定期限:《エルネ》の月(百八十二日後)。
・弟子の成長:測定不能。
・ズルの設計:開始。
ふと思い出した、連座処刑の件については、あの子にはまだ言わないことにした。
それだけだ。
ペンを置き、茶を一口飲んだ。
もう、すっかり冷めていた。
「ししょー、今日のこの後の修行は?」
ルナが、棚の前で振り返った。
「今日はもう終わりだ」
「え〜! 早くないですか?」
「明日から内容を変える」
「どんな内容ですか?」
「棚の感知訓練を増やす。お前の能力が一番発揮できる方向だ」
ルナが、少し考える顔をした。
「……ということは、パンを一個食べるごとに感知能力が上がる、みたいな訓練とかありますか?」
俺は額に手を当てた。
「ない」
「そうですか……」
「ただ」
「はい?」
「感知の成果を出した日は、パンでもお菓子でも好きなものを買ってやろう。それは約束する」
ルナが、今日一番に目を輝かせた。
「やる気出てきました!!」
俺は在庫目録を閉じた。
胃の痛みは、本日は比較的軽かった。理由は、不明だ。
「ほら、焼き栗買いにいくぞ!」
こいつの笑顔だけは、俺が守ってやらないとな。
それだけだ。
静かに終わる人生ってのを、俺は悪くないと思ってた。
地下三階で遺物番を続けて、誰にも期待されず、誰にも注目されず、適当に茶を飲んで老けていく。
実際、五年間そうやって生きてきた。
それで十分だったんだ。
だが、人生ってのは妙な方向から崩れる。
ある日突然、弟子ができる。
しかもその弟子が、
精神干渉不能。
食欲無限。
行動予測不可能。
ついでに、人の胃に継続ダメージを与えてくる。
……控えめに言って災害だ。
だがな。
地下三階みたいな場所に長くいると、人間は少しずつ摩耗する。
感情も。
希望も。
「誰かを気にかける」って感覚すら、埃をかぶっていく。
だから、ルナみたいなのが突然入り込んでくると、空気が変わる。
騒がしくなる。
予定が狂う。
胃も痛くなる。
そのくせ、少しだけ、息がしやすくなる。
……認めたくはないが。
たぶん俺はもう、「一人で静かに終わる人生」に戻れないんだろう。
まあいい。
百八十日ある。
その間に、なんとかする。
俺は大人だからな。
ズルでもハッタリでも使って、弟子くらい生き残らせてみせるさ。




