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世界最強の精神熟達者、解除不能の師弟契約で無能少女を育てることになった俺の終わらない修行の日々  作者: ちとせ鶫
第7章 ガストロノミアへの依頼と、出発前夜と、ルナが荷造りを失敗した話

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第34話 オルフェリアが「同行します」と言った日と、ギルが断れなかった話

 《エルネ》の月の二十一日。


 午前、螺旋階段の足音が聞こえた。


 ルナではない。ルナの足音はいつも聞いて知っている——不規則で、途中で一段踏み外す。今の足音は、均一で、静かで、迷いがない。


 その足音にも、覚えがあった。

 オルフェリアだ。


 俺は羽根ペンを置いた。今日は来訪の予定がなかった。


     * * *


「失礼します」


 オルフェリア・ソル・ヴェインが、地下三階の入口に立っていた。白い制服。笑顔がある。今日の笑顔は——いつもの「調査上の笑顔」だ。


「定期確認ではないな」と俺は言った。


「はい」 オルフェリアが、一歩入ってきた。「ガストロノミアの件でご相談があります」


「聞こえていたか」

「上役を通じて確認いたしました。遺物調査の出張依頼をお受けになるとのことで」

「そうだ」

「ルナさんも同行されると」

「そうだ」


 オルフェリアが、少しの間、俺を見た。

 何かを計測している時間だ、と俺には分かる。


「クインシー主任」


 いつもは、「閣下」と呼ぶところ、あえて「主任」と呼んだ。

 これは、何かあるなと、俺は思った。 


「なんだ?」

「私も同行させていただけますか」


     * * *


 俺は、その言葉を静かに受け取った。

 断る理由を、頭の中で並べた。


 ——定期監察の担当範囲は城内だ。城外への同行は通常の業務範囲を超える。


 オルフェリアが言った。「城外での遺物調査には、監察局からの同行者を付けることが推奨されております。規程集の第七条です」


 俺は、その条文を知っている。「推奨」だ。義務ではない。

 そう断れるのだ。


「推奨であって、必須ではない」

「そうです。ただし、推奨を断る場合には上役への説明が必要です」

「上役はすでに依頼を承認している」

「承認の段階では同行者の有無は確認されておりませんでした。今から申請すれば、上役は推奨に従うよう指示を出す可能性が高い」


 俺は、オルフェリアを見た。


 「可能性が高い」——断言しない。しかし、確実にそうなることを彼女は知っている。形式上、断れない状況を、丁寧に積み上げている。

「……形式が整っている」と俺は言った。

「ありがとうございます」

「褒めていない」

「承知しております」


     * * *


 オルフェリアが椅子に座った。俺も座った。

 少しの間、互いに何も言わなかった。


「なぜ一緒に来たい?」と俺は問い質す

「業務上の理由です」とオルフェリア。淡々と返す

「それだけなのか?」


 オルフェリアが、少しの間、俺を見た。


「……ルナさんのことが、気になっています」

「監察上の意味でか?」

「そうです――」 彼女はひと呼吸あけて続けた。「それだけではないかもしれません」


 俺は、その答えを受け取った。


 「それだけではないかもしれません」——オルフェリアが自分の動機を全部言葉にしないのは、俺と同じだ。

「ガストロノミアで、お前は何かを知っているか」と俺は聞いた。


 オルフェリアの精神波が、わずかに——変化した。「調査上の警戒」ではない。別の何かだ。


「……知っていることと、確認したいことがあります」

「教えてもらえるか」

「今は、まだ」

「そうか」


 俺は、羽根ペンを手に取った。


「同行を許可する」と言った。


「ありがとうございます」

「ただし、行動は基本的に俺とルナに合わせてもらう。単独行動は城内のルールに準じて事前報告制だ」

「承知しました」

「それと——ルナに余計なことを言うな」


 オルフェリアが、少し間を置いた。


「余計なこと、とは」

「お前が知っていることと確認したいことを、ルナに先に伝えるな。俺が先に聞く」


 また、間があった。


「……わかりました」


     * * *


 オルフェリアが帰り支度をした。

 立ち上がって、書類を整えた。いつも通りの動作だ。

 螺旋階段の方へ向かいかけて、立ち止まった。


「クインシー主任」

「なんだ?」

「出発は《リーヴァ》月三日とのことでしたが——荷物はどの程度の量を想定していますか」

「馬車一台の乗り合いを取ってある。一人一つの大きな鞄と、手荷物一つが基準だ」

「ルナさんには伝えましたか」

「明日リストを渡す」

「……余計なお世話かもしれませんが」オルフェリアが少し笑った。「ルナさんは、荷物を持ちすぎることになると思います」

「そうだろうな」

「お気をつけください」

「わかった」


     * * *


 螺旋階段の足音が、均一に遠くなった。


 地下三階に、静寂が戻った。


 俺は、机の上を見た。依頼書の隣に、在庫目録がある。羽根ペンがある。石が七個、並んでいる。


 「知っていることと確認したいことがある」——オルフェリアがガストロノミアについて何かを知っている。それが何かは、今は教えてもらえない。


 「今は、まだ」。


 この言葉を、俺は以前にも聞いた。「今のところ何もしない」——あのときと同じ構造だ。情報を持っていて、行動しないことを選んでいる。しかし今回は、同行を選んだ。


 「今のところ何もしない」が、動き始めている。


 俺は在庫目録を開いた。


 《エルネ》の月、二十一日。

 ・オルフェリア来訪6回目:ガストロノミア同行の申し出。

  「城外の遺物調査には監察局同行が推奨」——形式は整っていた。

  断らなかった。「業務上の理由です」「それだけではないかもしれません」

  「知っていることと確認したいことがある」

  「今は、まだ」——何かを知っている。

  何かが、ガストロノミアにある。

  「ルナに余計なことを言うな。俺が先に聞く」と言った。

  彼女はわかりましたと了解の返事。

  三人での出張が確定した。

 ・机の端の石:七個。


 ページを閉じた。


 三人。

 俺とルナと、オルフェリア。


 三年前の出張は一人だった。次の出張は、三人だ。


 ——これが何を意味するのか、今夜は考えないことにした。

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