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世界最強の精神熟達者、解除不能の師弟契約で無能少女を育てることになった俺の終わらない修行の日々  作者: ちとせ鶫
第7章 ガストロノミアへの依頼と、出発前夜と、ルナが荷造りを失敗した話

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第33話 依頼が来た日と、ギルが三年ぶりに城外へ出る話

 《エルネ》の月の十九日。


 朝、封書が届いていた。

 螺旋階段を上がって、城の郵便受けを確認したとき、そこに一通あった。差出人は 「ガストロノミア遺物管理局・調査部」とある。

 俺は、封書を持って地下三階に戻った。


   * * *


 受けっとった郵便物の封を開けた。

 中には、三枚の書類が入っていた。


 一枚目:依頼書。ガストロノミア市内の旧市街に所在する、廃業した商家の蔵から遺物が多数発見された。調査・鑑定・来歴記録の作成を依頼したい。期間は二週間程度。費用は管理局が負担する。


 二枚目:遺物の概要リスト。十二点の遺物の外観的特徴が並んでいる。精神波の状態については「未確認」とある。


 三枚目:依頼者の署名と、城の上役へのルートで回ってきた承認印。つまり、上役はすでにこの依頼を受けることを決めている。あとは担当者——俺が行くかどうかだ。


 この依頼は断ることもできる。

 俺は、書類を机の上に置いた。

 そして、しばし考えこんだ。


 ガストロノミアは、城から馬車で三日の距離にある大都市だ。

 人口は城の三倍以上。交易の要所で、食文化が発達している——「ガストロノミア」という名前は、食の都を意味する古語に由来する、と在庫目録のどこかに書いてあった気がする。


 俺が最後にガストロノミアへ行ったのは、三年前だ。

 そのときは一人だった。単独調査で、二日間滞在して、遺物を三点確認して戻った。街のことはほとんど記憶していない。宿と調査先と、帰りの馬車乗り場だけを覚えている。


 今回は、一人ではない——かもしれない。

 俺は、依頼書の「遺物十二点」という数字を見た。

 十二点の来歴読解を、一人で行うのは非効率だ。ルナは来歴読解を習得しつつある。実地での感知能力は、城下町の訓練で確認済みだ。食感知によって遺物以外の情報も拾える——大都市では、その能力が思わぬ形で有用になる可能性がある。

 業務上の合理性として、ルナを連れていく理由は、成立する。

 俺は、書類を在庫目録の横に置いた。

 それだけだ。

 それだけの理由だ。


     * * *


 昼過ぎ、ルナが地下三階へ降りてきた。


「おはようございます、ししょー」

「今は昼だぞ」

「あ、そっか。おはこんにちはです、ししょー」

「なんだそれは」

「どっちかわからないときはこれで」

「…来るのが遅いぞ」

「今日は城の図書室に寄っていました。来歴読解の参考になりそうな本があって」

「何を読んだ」

「『精神波の残滓と時間経過の関係』という本です。難しくてほとんど理解できなかったですけど」

「持ってきたか」

「はい」 ルナが鞄から薄い本を出した。「ししょー、これわかりますか」


 俺は本を受け取った。ざっと読んだ。

「大半は正しいが、 四章にある仮説は当時の測定技術の限界で誤りが含まれているな。二章と三章のものは有用だ」

「そっか。じゃあ 四章は読まなくていいですね」

「読め。どこが間違いでなぜ間違いなのかを自分で考えるのが訓練になる」

「……はーい」


 午後の訓練を終えて、夕刻近く、ルナが帰り支度をしていたとき、俺は言った。


「来週、出張がある」


 ルナが、コートのボタンを留める手を止めた。


「出張ですか?」

「ガストロノミアだ。遺物調査の依頼が来た」

「……ガストロノミア」

「そうだ」

「……それって」

「お前も来る」

 一秒の間があった。

「……えっ!!」

「うるさいぞ」

「えっ、ガストロノミア!? 城の外ですよね!? あの、『食の都』って言われてる!?」

「そうだ」

「わたしも行くんですか?」

「来歴読解の実地調査として、お前の感知能力が業務上有用だ。連れていく」

「……やった!!」

「うるさいな」

「でも、やった!!」


 ルナが、鞄を抱えたまま飛び跳ねた。地下三階に跳躍音が響いた。

 よほど、嬉しかったと見える。というか食いついたところがルナらしいがな。


「遺物が傷む」

「すみません! でも——ガストロノミア!」

「出発は来週の《リーヴァ》月三日だ」

「《リーヴァ》の月の三日……あと十二日ですね」

「準備しろ。長旅の荷物、訓練道具、身分証明の書類——城の外に出るには身分証が必要だ」

「はい! 何を持っていけばいいですか」

「明日、リストを渡す」

「はい! ししょー、ガストロノミアって、食べ物おいしいですか? 知ってます?」

「知らない」

「調べます!」

「……それより荷造りを先にしろ」

「両方します!」


 螺旋階段の足音が、いつもより軽く、速く、遠くなった。

 途中で一段踏み外した音がした——今日は二段分、飛ばした音だった。

 

 地下三階に、静寂が戻った。

 俺は机の前に座った。


 依頼書を、もう一度見た。

 ガストロノミア。三年ぶりだ。あのとき一人で行って、二日で終わらせて、急いで戻ってきた。そのとき地下三階に戻ったとき——何かが待っているわけでもなかった。


 来週は、違う。

 ルナが来る前に地下三階に戻って、翌朝ルナが来る。「ただいまです、ししょー」と言うのか、「ただいまです、地下三階」と言うのか——どちらかを言って降りてくる。

 俺は在庫目録を開いた。


 《エルネ》の月、十九日。

 ・ガストロノミア遺物管理局より調査依頼。

  遺物十二点。来歴記録の作成。期間二週間。

  ルナを連れていくことにした。理由は業務上の合理性だ。

 ・出発:《リーヴァ》月三日。

  ルナが「やった!!」と喜んで、地下三階で跳躍した。

  遺物は無事だった。

 ・机の端の石:七個。


 ページを閉じた。

 「理由は業務上の合理性だ」——と書いた。

 そうだ。

 それだけだ。

 ——それだけの理由だ。

 たぶん。

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