第13話 中間報告と、七割の焦りと、ギルが夜を使った話
上役から「中間報告を出せ」と言われました。
しかも評価基準が増えてる。胃が痛い。
でもギルはギルなりに“使える部分”を見つけて、夜を使って動き始めます。
そんな回です。
《ヴェスタ》の月の八日。
朝、上役から文書が届いた。
俺はそれを受け取り、封を開けた。
読んだ。
二度読んだ。
内容は以下だった。
「師弟育成の中間報告を、《ノクス》の月の十五日までに提出されたい。
報告には弟子の訓練進捗、具体的な成果事例、
および査定に向けた育成方針を含めること。
なお、今年度の査定において評価基準の一部が見直された。
改訂後の基準書を添付する」
俺は添付の基準書を開いた。
「精神干渉技術の段階評価」という項目が、改訂されていた。
従来の基準では、「器の深さ」と「干渉精度」の二軸で評価されていた。
改訂後は、「器の深さ」「干渉精度」に加えて、
「実務への応用実績」という第三の軸が追加されていた。
俺はその一文を、三度読んだ。
そして、ほくそ笑んだ、
「実務への応用実績」。
これは——使える。
* * *
ルナが降りてきた。今日はクリームパンを持っていた。
「おはようございます! ししょー、なんか難しい顔してますね」
「してない」
「してますよ。眉間のシワがいつもより三本多いです」
「数えるな」
「数えましたけど!」
べーっと、軽く返してくる。
今日も、元気でよろしいですな、お嬢さん。
でも。
でも、今日の俺は寛容だから。
許してあげよう。そうしよう。
俺は文書をルナに見せた。
「上役から中間報告の要求が来た」
「中間報告?」
「査定前に、育成の進捗を報告する書類だ。《ノクス》の月の十五日が締め切りだ」
「......えっと、今が《ヴェスタ》の八日で、《ノクス》の十五日は......」
「三十七日後だ」
「三十七日! 早いですね」
「早い」
ルナが、クリームパンを一口食べながら考えた。
「わたし、何か書くことありますか?」
「お前が書く必要はない。俺が書く」
「そっか。......でも、何か役に立てることありますか?」
「今まで通り感知の訓練をしろ。それが一番の役に立ち方だ」
「はい!」
ルナが、元気よく棚の巡回に向かった。
俺は、添付の基準書を、もう一度読んだ。
* * *
「実務への応用実績」という評価軸の追加は、俺にとって想定外だった。
いい意味での、想定外だ。
従来の基準なら、ルナの「精神干渉の才能ゼロ」という事実は、
査定において致命的だった。いくら「器の深さ」が規格外でも、
「干渉精度」がゼロなら評価のしようがない。
俺はそこを、「器の深さ」の印象だけで乗り切る算段を立てていた。
しかし「実務への応用実績」が加わったことで、状況が変わった。
ルナの遺物感知による実績は、この評価軸に当てはめることができる。
違反遺物の発見。
封印異常の早期報告。
記憶の残滓の安定化モニタリング。
これらは、精神干渉の才能とは別の軸で「実務への貢献」として評価されうる。
問題は——「実務への応用実績」の評価基準が、
まだ具体的に定義されていないことだ。
新しく追加された評価軸だから、
査定官もまだ判断基準が固まっていない可能性がある。
そこに、俺のやり方が入る余地がある。
十分に、だ。
「遺物管理における精神波感知の実務応用」として、ルナの実績を定義する。
査定官が「そういう評価軸もあり得る」と認識する前に、
こちらが「これが実務応用だ」という枠組みを提示してしまう。
認識の先取りだ。
これは嘘ではない。
ただし、非常に、手が込んでいる。
* * *
昼過ぎ、ルナの訓練を見ながら、俺は報告書の骨格を考えていた。
言語化訓練は、今日で八日目だ。最初の日に比べれば、
確実に精度が上がっている。「左から三番目」まで特定できるようになり、
「苦い焦げ」と「湿った焦げ」の区別がつくようになってきた。
ルナが振り返った。
「ししょー、さっきの棚の、なんか揺れてる感じの箱——あれって、
前からあそこにあったと思いますか?」
「在庫目録を確認しろ。棚番号がついている」
「棚番号ってどれですか?」
「棚の正面、右上の角に書いてある」
「あ、ほんとだ。……えっと、B列の七番で、上から四段目の……三番目?」
「B-7-4-3だ」
「それを調べればいいですか?」
「そうだ」
ルナが在庫目録を取りに来た。
重そうに抱えて、ページを探した。
「……あった。B-7-4-3。搬入日が……読めないです。字が小さくて」
「貸せ」
俺が受け取って、確認した。
搬入日は三年前だ。
俺がここに来る前からある遺物だ。
「三年前からある」
「じゃあ、わたしが感じてた揺れって、三年前からずっとあったんですか?」
「そうなる」
「すごい。ずっと揺れてたんですね」
「揺れ方が変化していないなら問題ない。変化したら報告しろ」
「はい! ……あの、ししょー」
「なんだ」
「在庫目録って、わたしも読んでいいですか」
俺は少し、考えた。
「好きにしろ」
「やった!」
ルナが、在庫目録をめくり始めた。
字が小さくて読めない、と言いながら、
熱心にページを追っている。
俺は報告書の骨格の続きを考えた。
* * *
夜。
ルナが帰った後、俺は机に向かった。
報告書の作成を始めた。
三十七日後の締め切りに向けて、今から骨格を作っておく。
いつものように、まず正直に書いた場合のシミュレーションをした。
「弟子・ルナ。精神干渉才能:ゼロ(変化なし)。干渉精度:測定不能。
訓練成果:精神干渉方面では皆無。」
それを眺めた。
それから、本当のことを書き始めた。
今回の報告書は、これまでより一段、複雑な構造が必要だ。
「実務への応用実績」という新しい評価軸に合わせて、
ルナの実績を再定義する必要がある。
そのためには、実績の「フレーミング」を先に決めなければならない。
フレーミング、というのは——
同じ事実を、どういう文脈に置くか、ということだ。
ルナの食感知による遺物の異変感知は、
「偶発的な現象」として書くこともできるし、
「精神波感知能力の実務応用」として書くこともできる。
どちらも嘘ではない。
ただし、どちらのフレーミングで書くかで、査定官の印象は大きく変わる。
俺は、後者を選ぶ。
そのためには、「精神波感知の実務応用」という概念を、
報告書の中で一つの体系として組み立てる必要がある。
ルナの食感知がどういう原理で機能しているか。
それが遺物の精神波の変質をどう検出するか。
その精度と信頼性がどの程度か。
実際の事例でどう機能したか。
全部、事実だ。
ただし、これまで誰も「体系」として整理していなかっただけだ。
俺は夜の間、それをやった。
俺は完璧主義だからな。
そうだろ?
* * *
夜半を過ぎたころ、俺は筆を置いた。
骨格ができた。
あとは肉付けだ。
実績の数字を入れて、
事例の詳細を加えて、
適切な言葉で包む。
それは時間の問題だ。
在庫目録を開いた。
《ヴェスタ》八日。
・中間報告の要求、受領。締め切り:《ノクス》十五日(三十七日後)。
・評価基準の改訂確認——「実務への応用実績」追加。この軸を最大限に使う。
・報告書の骨格:作成完了。
・フレーミング:確定。
・嘘:ゼロ。
・ズル:相当に手が込んでいる。
・弟子の訓練:言語化精度、着実に上昇中。
※在庫目録に興味を持ち始めた——活用できるかもしれない。
・胃痛:本日は高め(焦りのため)。*
ページの端に書いた。
(付記)焦りは認める。ただし、手はある。絶対にだ。
中間報告、締め切り三十七日。
ギルは焦りつつも、夜を使って骨格を作りました。
ルナは相変わらず元気で、在庫目録に興味津々。
地下三階は今日も平和です。




