第8話 気づいたら猫でした
時間不明 場所不明 ニャンタジア大陸
暖かい。
それが、ユイが最初に感じたことだった。
全身を包み込むような、母親の胸に抱かれているような、深い安らぎ。痛みはない。恐怖もない。ただ、静かで穏やかな暖かさだけがあった。ふわふわとした毛布に包まれているような、でも毛布よりもずっと心地よい感触。まるで、羊水の中に浮かんでいるような、原初的な安心感。
(私......生きてるの?)
恐る恐る目を開けてみると、そこには見たこともない光景が広がっていた。
透き通るような青い空。綿菓子のようにふわふわした白い雲。そして、自分の周りに広がる緑の草原。風が運んでくる花の香りは甘く、鳥のさえずりが空気中に響いている。太陽の光は暖かく、でも刺すような強さはない。まるで、絵本の中の世界のような完璧な美しさ。
草の感触が体に心地よい。一本一本の草が、柔らかいクッションのように体を支えている。風が吹くたびに、草が優しく体を撫でていく。どこかで小川のせせらぎが聞こえ、その音が心を落ち着かせる。
(ここは......天国?)
ユイは起き上がろうとして、愕然とした。
自分の手が——手のはずのものが——小さな、黒い毛に覆われた前足になっていた。肉球のプニプニとした感触、鋭い爪の先端、指というより足指の形。これは確実に、猫の足だった。
「にゃ......にゃあ?」
自分の口から出た声に、ユイは更なる衝撃を受けた。人間の言葉ではなく、確かに猫の鳴き声だった。喉の奥から響く、高い音程の声。でも、その声には確実に自分の意思が込められている。喉の振動の仕方が、人間とは全く違う。
(嘘でしょ......私、猫になってる?)
恐る恐る近くの小川を覗き込むと、水面に映っていたのは小さな黒猫の顔だった。金色に光る瞳、ピンク色の小さな鼻、そして首元に見覚えのない不思議な模様。ひげがぴくぴくと動くのも感じられる。耳が自然に動いて、周囲の音を捉えようとしている。
首元の模様は複雑で美しく、まるで古代の紋章のようだった。それは確実に、生まれつきのものではない何か特別な印のように見えた。金色の線が複雑に絡み合い、太陽の光を受けると微かに光る。
(夢......よね?これは夢......)
しかし、草の柔らかい感触、風の涼しさ、花の香り、鳥の声、全てが現実のようにリアルだった。肉球で地面を踏む感覚も、尻尾を振る時の重心の変化も、全てが新鮮で確実な現実だった。四本の足で立つ時のバランス感覚、今まで経験したことのない視界の低さ、全てが本物だった。




