第79話 小さな統合の始まり
魂喰いの環崩壊から2週間後 祢古町役場 朝9時
春の穏やかな朝、祢古町の小さな役場に関係者が集まっていた。
会議室は20人も入ればいっぱいになる広さ。古い木造建築特有の軋む音が時折響き、窓から見える桜並木は五分咲きで、鳥のさえずりが心地よく聞こえてくる。テーブルには、シロコが朝4時から起きて作ったという手作りクッキーと、美久が淹れた挽きたてのコーヒーが並んでいる。クッキーからはバターとバニラの香りが漂い、コーヒーの湯気が朝の光に照らされて金色に輝いていた。
参加者は、町長の田沼、商店会長の佐藤、美久、ユイ、ルナ、クロード長老、そして防衛省から派遣された黒田大佐。それぞれの表情には、期待と不安が入り混じっている。
「では、これからの祢古町について話し合いましょう」
町長の田沼が穏やかに切り出した。60代の温厚な男性で、この町で生まれ育ち、町の歴史を誰よりも知っている人物だ。彼の祖父の代から、実は猫人間の存在を知っていたという。
「魂喰いの環が消えて、地下の猫人間たちも、古代王国の方々も、もう隠れる必要はなくなりました」
「しかし、問題は山積みです」
田沼が資料を開く。そこには、具体的な課題が列挙されていた。
・住民票の問題(猫人間の戸籍をどうするか)
・教育の問題(子供たちへの説明)
・仕事の問題(猫人間の就労)
・住居の問題(地下街の今後)
・医療の問題(猫人間の診療)
クロード長老が黒い毛並みを整えながら発言する。
「私たちも、できれば地上で普通に暮らしたいです」
「しかし、300年以上地下で暮らしてきた者にとって、太陽の光は眩しすぎます」
「段階的な移行が必要でしょう」
佐藤会長が現実的な意見を述べる。彼は商店街の顔役として、住民の反応を一番よく知っている。
「正直なところ、町の人たちの反応は半々です」
「『面白い』『一緒に暮らしたい』という人もいれば」
「『怖い』『今までのままがいい』という人もいます」
美久がアミュレットを無意識に触りながら提案する。
「私の猫カフェを、交流の場として使ってもらえませんか?」
「最初は、理解ある常連さんだけを招待して」
「少人数から始めて、徐々に輪を広げていく」
「お茶を飲みながら、自然に交流できる場所にしたいんです」
ユイが美久の膝の上で付け加える。
「私も翻訳で協力します」
「猫語と人間語の架け橋になれれば」
黒田大佐が、防衛省からの公式見解を伝える。
「政府としては、祢古町を『異文化共生特区』として申請する準備があります」
「ただし、条件があります」
彼は書類を取り出した。
「月に一度の定期報告」
「問題が発生した場合の即時連絡」
「そして、他地域への無断での拡大禁止」
「つまり、あくまで祢古町限定の実験ということです」
ルナが銀髪を揺らしながら発言する。
「古代王国としても、全員が一度に来るわけではありません」
「まず、私のような若い世代から」
「興味がある者だけ、少しずつ」
「シロウ皇帝も、急激な変化は望んでいません」
会議は2時間に及んだ。
具体的な計画が次々と決まっていく。
第1段階(1ヶ月):猫カフェでの小規模交流
第2段階(3ヶ月):商店街での試験的な共同営業
第3段階(6ヶ月):学校での異文化教育開始
第4段階(1年):正式な共生社会への移行
「焦らず、でも確実に」
田沼町長がまとめる。
「これが、祢古町の方針です」




