第69話 立ちふさがる篠田悠真
四人が扉に手をかけようとした、その時だった。 扉の前、暗闇の中からゆらりと一つの人影が姿を現した。
「ようこそ。僕と同じ『帰還者』の皆さん」
それは若い男性だった。しかし、その姿は異様だった。人間の青年としての輪郭を保ちながらも、その肌は青白く、瞳は月光のない夜のように黒く、そして瞳孔だけが猫のように縦長に光っている。彼の影は、時折おぼろげな四つ足の獣の形に揺らめいた。
「篠田...悠真さん!」 ユイが彼の名を呼んだ。その姿は、かつて呪われたパソコンの画面で見た顔と一致していた。
「ああ、覚えていてくれたんだね。嬉しいよ」 悠真は穏やかに微笑んだ。だが、その笑みには一切の温かみがなく、まるで精巧に作られた人形のようだった。
「コレクター様がお待ちかねだ。でも、その前に少し話をしよう。特に——」
彼の黒い瞳が、翔太を捉えた。
「君とね。藤原翔太くん」
「俺を...知っているのか?」
翔太が警戒しながら問いかける。
「もちろん。君のことはよく分かるよ」
悠真は一歩、また一歩と近づいてくる。足音は全くしない。
「君も僕と同じだ。承認欲求という終わりのない渇きに苦しんでいた。数字に一喜一憂し、他人の評価に怯え、本当の自分を見失っていた。違うかい?」
翔太は言葉に詰まった。図星だったからだ。
「疲れただろう?もういいんだよ、翔太くん」
悠真の声は、悪魔のように甘く響いた。
「この先にあるのは『救済』だ。名前も、個人も、苦しみも、全部いらない場所。みんなが一つになって、永遠に認め合える世界。君が本当に求めていた場所だ」
「違う!」 翔太が叫ぶ。
「俺が求めていたのは、そんな偽りの楽園じゃない!本当の仲間だ!」
「仲間?」 悠真は心底不思議そうに首を傾げた。
「仲間なんて、いつか裏切る。離れていく。でも、ここでは誰も離れない。永遠に一緒だ。それこそが真の絆じゃないか」
「あなたも、魂喰いの環に操られているだけです!」
美久が陽の光を放つが、悠真はそれを片手でたやすく払いのけた。
「操られている?違うよ、陽の巫女。僕は自ら選んだんだ」
彼の周囲の空間が歪み始める。
「僕は真実を知った。人間でいることこそが苦しみであり、病なんだ。僕は、この恐ろしい病から人々を解放する、新しい世界の案内人になったんだよ」
その時、ユイが彼の心の奥底にある、悲痛な叫びを翻訳した。
『助けて』 『本当は怖い』 『帰りたい。でも、もう帰る場所なんてない』 『僕の記録を、研究を、誰か認めてくれ』 『おばあちゃん...ごめんなさい...』
「嘘です!」 ユイが叫んだ。
「あなたは本当は怖がっている!助けを求めている!あなたの魂が、泣いています!」
悠真の穏やかな表情が、一瞬だけ苦痛に歪んだ。 「黙れ...」 彼の体から黒い瘴気が立ち上り、その姿がさらに異形へと変貌していく。
「おしゃべりは終わりだ。さあ、最高の『素材』になってもらおうか!」




