第43話 ナイルの不安と制御不能の兆候
同日夜 神社の境内
満月の光が境内を銀色に染めている。ナイルは一人、月明かりの下で瞑想していた。
しかし、その表情は苦悶に満ちている。額には脂汗が浮かび、体が小刻みに震えていた。
「なぜだ...ハーモニー・コアが、私の制御を超えている」
彼の周りに展開される虹色のオーラが、不規則に脈動している。まるで、それ自体が生き物のように。
彼の力は確かに住民の感情を「調整」していた。
しかし、調整された感情はどこかへ「流れて」いく。まるで、見えない管を通って、どこか深い場所へ吸い込まれていくように。
「これは...私の力じゃない」
「もっと古い、もっと深い何かが...」
ナイルは気づき始めていた。自分の力が、何か別の存在に利用されていることに。
ハーモニー・コアを発動するたびに、人々の感情が集められ、それがどこかへ送られている。そして、その行き先は...
ナイルの足元の地面に、いつの間にか奇妙な文字が浮かび上がっていた。
地面の土が、ひとりでに動いて文字を形作っている。子供の字のような、拙い文字。
『おなかすいた』
『もっと たべたい』
『ナイルおじさん ありがとう』
『おいしい きもち あつめてくれて』
ナイルは震えた。
自分が何か恐ろしいものを呼び覚ましてしまったのではないか。いや、もしかしたら最初から、これは罠だったのかもしれない。
「私は...また利用されているのか」
虚無の神だった頃の記憶が蘇る。あの時も、自分では正しいことをしているつもりだった。でも、結果的に世界を破壊しかけた。
「今度こそ、正しいことをしようと思ったのに...」
涙がナイルの頬を伝った。
その時、風に乗って微かな歌声が聞こえてきた。
子供の声のような、でも人間の子供ではない何か。
『らんらんらん ごはんのじかん』
『みんなのきもち おいしいな』
『1000ねんまえから まってたよ』
『コレクターさまの ごちそうだ』
ナイルは立ち上がった。
「美久様たちに、伝えなければ...」
しかし、その瞬間、ナイルの体が動かなくなった。
見えない糸に操られるように、体が勝手に動き始める。
「なっ...何だ、これは...」
『だめだよ ナイルおじさん』
頭の中に、直接子供の声が響いた。
『まだ おなかいっぱいじゃないの』
『もうすこし がまんして』
『おまつりのひまで まってて』
ナイルの意識が薄れていく。
最後に見えたのは、地面の下から伸びてくる、無数の黒い触手だった。




