彼の実家へ行くのも一苦労です
「そんなわけで、お茶菓子を買いに来ました!」
私が『Alice’s cafe』に寄ると、アリスさんは驚き慄いている。
「ちょっと、エルザ、よく考えなよ!
相手は貴族よ!スタニスラスよ!! 」
「えっ!? 」
思わずたじろいでしまう。
「貴族への手土産といったら、ウチみたいな庶民的な店のものじゃなくて、もっと高級なものにしなきゃ!! 」
そう言ってアリスさんは青ざめて私を店外に押し戻そうとする。
(困ったなぁ。スタンは、いつものお菓子じゃなきゃ嫌だと駄々をこねるし……)
だが、アリスさんの言うことには一理あるだろう。私は何を隠そう、僻地ランダルの出身だ。貴族の嗜みなんて知るはずもないし、アリスさんの言うことに従っておくのが賢明だろうと思う。
(スタンには悪いけど、大恥かくのも嫌だからさぁ)
「それなら、何かおすすめはありますか? 」
アリスさんに聞いた時だった。
「エルザ。まさか僕との約束を破ろうとしているの? 」
恨めしげな声が聞こえ、ビクッと飛び上がる。振り返ると、そこには本当に恨めしげな顔をしたスタンが立っていた。体全身に影が落ちているような暗ささえ感じる。
「僕はこの店のマカロンがいいって言ったよね?
この店のマカロンよりも美味しいもの、食べたことないよ? 」
「そんなこと、あるに決まってるよ!」
私は叫びながら、改めてスタンを見る。
今日の彼は、いつものブルーグレーの騎士服ではなかった。かと言って、いつものラフなシャツ姿でもない。珍しく今のジャケットを着て、ピシッとしたパンツを穿いている。
(うわっ、いい男のスーツ姿、眩しすぎるよ!! )
そんなスタンと私を見比べて、アリスさんは真っ赤な顔で怒鳴っていた。
「エルザ!! まさかあんた、彼の実家に行くっていうのに、その普段着のまま行くわけじゃないよね!? 」
いや、行くつもりだったなんて、鬼の形相のアリスさんに言えるはずもない。
「ごめんね、スタンさん!! このままじゃあなたも、ご両親に絶縁されてしまうわ!
エルザ、はやくお洒落なドレスを買って着替えるのよ!! 」
「で……でも……」
私は戸惑うようにスタンを見上げる。そしてスタンは苦笑いしている。
僻地出身の私は、色々と一般常識が欠如しているらしい。貴族の婚約者の家に挨拶に行くためには、高級なドレスとお茶菓子が必要なのだ。
スタンは困ったように告げる。
「それなら、ドレスは買いに行こう。でも、お菓子は譲れないから」
「……もう!なんでそうなるの!? 」
このカフェの庶民的なマカロンを持っていって、恥をかくのは他でもないスタンだ。だが、スタンがあまりにも嬉しそうで譲らないので、仕方なく一番高いマカロンを買うことにした。
そうこうしているうちに、いつの間にか街には人が溢れ賑やかになっている。このカフェにも人が集まり、次々に注文をしていた。私の代わりに働き始めた従業員も店頭に出る。人々は決まってスタンを見て、顔を真っ赤にして目を逸らすのだった。
(スタンは相変わらずの人気っぷりだね)
だが、私はもう嫉妬しない。スタンが人気なのは変わらない。その人気者のスタンと私が並んでいても、私は僻まれたり悪口を言われることもなかったからだ。
むしろ、私は知らなかった。あれだけ無表情のスタニスラスが私に対してだけ笑っているだとか、私の隣にいる時だけ穏やかな顔をしているだとか。人々はそんな噂話に花を咲かせるのであった。
マカロンを買った後、スタンに連れられて洋服店に入る。スタンを見て頬を染めた店員に、彼は静かに告げた。
「彼女に似合う、華やかなドレスを」
それから……私は、スタンに着せ替え人形のごとく、何着も何着もドレスを着させられた。スタンは初めこそ騎士モードでキリッとしていたものの、ドレスを変えるたびにテンションが上がっていく。そしてしまいには、先人の忠告を忘れてしまったのか、完全にいつも通りのスタンに戻っていた。
「……エルザ!! なんて美しい……」
「あぁ、可愛い。今すぐにでも抱きしめたい!」
「悩ましい。こっちのドレスも可愛いけど、あっちのドレスもよく似合ってる!! 」
「あーッ!! もう頭パンクしてきた!!
全部買っちゃえ、全部ッ!! 」
いくらするのだろうと値札を見ると、なんと想像よりも三桁多い。こんな高価なドレスを衝動買いしようとするスタンは、よほど給料をもらっているのだろうか。
だが、庶民的なカフェで働いており、今月魔術師団に正規入団したばかりの私には、そんな大金持っているはずもなかった。
「あのね、スタン……
私、お金が……」
すると
「大丈夫だよ」
スタンはすっと札束を出し、店員に渡した。
「!? 」
そのあまりに早技に驚きを隠せない。それに、こんな高価なものをたくさん買ってもらうのは申し訳ない。
「給料が入ったら、必ず返すから」
正規の魔術師団員の給料で返せるものなのかも分からないのだが。だが、スタンは口元を緩めて私に告げた。
「どうせ結婚するんだし、黙って僕に奢られててよ。
愛する人に払わせるなんてこと、僕には出来ない」
こうして私は、スタンに必要以上の多くのドレスを買ってもらい、その中でも比較的動きやすそうな一着を着て外に出る。
……というのも、店外にはすでに馬車……ではなく、白馬が到着している。そして、苦い顔の騎士が手綱をスタンに手渡した。
「団長……あれほど馬車で行ったほうがいいですって言ったのですが」
「何を言っている。マカロンが腐ってはいけないから、彼女に全力疾走させるんだ」
そう言って、スタンは白馬の馬を撫で、馬に大切そうに言う。
「エルザ、愛してるよ。
今日も頑張って走ってくれ」
「!? 」
私は、何の疑いもなく白馬に笑いかけるスタンを凝視していた。
(何かの聞き間違い……だよね? )
そんな私の前で、騎士が大きなため息をついた。
「団長は片時もエルザさんの側を離れたくないため、この馬を勝手にエルザと呼び始め、愛ではじめたのです」
そして、申し訳無さそうに付け足した。
「すみません……」
まったく、スタンの溺愛には困ったものだ。自分の馬に私の名を付け、あたかも私であるように愛でているだなんて。だが、そんなところもスタンらしいと思い、笑ってしまうのだった。
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