彼と花火と、甘い時間
私の心配をよそに、スタンは何も問題なく店員をしている。
「いらっしゃいませ」
笑顔で客に挨拶し、
「100Gです」
お金をいただき、お釣りを返す。いくら変装していても、スタンは美形だ。そして、今のスタンは人当たりもいい。それで、多くの女性が頬を染めてスタンにお金を払っていた。
「推し氷、どの味がおすすめですか? 」
「そうですね……ダミアンのイチゴ味なんてどうでしょう? 」
「茶虫のチョコレート味も気になっているのですが……」
「チョコレート味は……ちょっとおすすめしません。
食べていいのは僕だけですから」
そんなやり取りを聞き、目が飛び出しそうになる。
(スタンが部下に茶虫パフェを食べさせなかったのは、本当なんだ……)
何だか恥ずかしいような、嬉しいような、それでいてやめて欲しいような感情が入り乱れる。
ひと通り接客を楽しんだら、次は調理がしたいらしい。ワクワクしてテントの奥に入ったスタンは、私が描く無数の魔法陣を見て愕然とした。
「こんなの、僕に出来ないよぉ……」
弱々しく告げるスタンに、私は提案する。
「推し氷のてっぺんに、氷の彫刻なんて乗せたらどう? 」
そして、スタンに小さなナイフを渡す。
「うん……」
スタンは不安そうな顔をしたが、私は騎士団長の腕を完全にナメていた。スタンは短時間でしゅぱぱぱぱっと氷を削り、本物そっくりの氷の彫刻を作ってしまう。
(うわー……これはリアルすぎて、食べるのがもったいないよ)
「スタニスラス騎士団長に、ダミアン魔術師団長、ロラン大神官ね」
アリスさんは目を輝かせて彫刻を見ている。まるで動き出しそうな本物そっくりの三人の隣……いや、スタニスラス騎士団長の隣にあるものは……
「これは? どう見てもエルザそっくりなんだけど」
アリスさんが考え込む。すると、満面の笑みでスタンが言った。
「茶虫です!」
(……げっ!!? )
急に焦った私は、スタンのシャツを掴んで迫っていた。
「わっ、私は茶虫じゃないでしょう?
ちゃ、茶虫はおに……じゃなくて、フィリップでしょう!?
ああッ!! でも、姿は非公表なんだっけ!! 」
焦る私を見て、スタンは飼い主に懐いている犬みたいににこにこしている。そんな悪気のない嬉しそうなスタンに、やめてだなんて言えなくなってしまう。
結局、茶虫氷は食べて欲しくないスタンの狙い通り、茶虫氷のみ彫刻は無しとなった。そのため、茶虫氷以外の三種類が飛ぶように売れた。
「スタンさんの彫刻のクオリティがすごいから、値上げしちゃったよ」
アリスさんは嬉しそうに言う。そして、私たちを見て目を細めた。
「二人って、本当に仲良しなんだね。理想のカップルでお似合いだわ。
エルザもいい人を見つけたね」
その言葉は本当に嬉しい。だが、スタンがスタニスラス騎士団長だと分かった時、アリスさんはどう思うのだろう。笑顔でお似合いだなんて言えなくなるに決まってる。
夕方になり、日が沈んで辺りは涼しくなってきた。そのため、推し氷の売れ行きも少しずつ落ちてきた。
「スタンさん、エルザ。本当にありがとう。
店も落ち着いてきたから、二人でデートに行ってらっしゃい」
アリスさんが心底申し訳なさそうに言ってくれて、私はとうとうスタンと店を後にした。
夕闇に並ぶ無数の屋台。手に食べ物を持った人が、たくさん行き交う。両親に手を繋がれた子供。同性の友達の集団。そして、恋人。皆が大切な人とこの夏祭りを楽しんでいる。
魔術師団のローブを着た人もたくさんいる。騎士たちはスタンを凝視して、その後知らないふりを決め込んでいる。そんな中を、私たちは手を繋いで歩いた。
「ねえ、スタン? 次の勤務はいつから? 」
離れたくない気持ちでいっぱいになる。スタンは甘い瞳で私を見て、そっと告げる。
「花火が終わってからだよ」
「そっか。じゃあ、花火まではスタンをひとりじめだね」
くすくす笑うと、不意にぎゅっと抱き寄せられる。そのブルーグレーの騎士服に頬を付け、呼吸をするのも精一杯だ。
「エルザ、離れたくないよ」
甘く優しく言われると、愛されていると思ってしまう。こうやって隣にいられるのが、すごく幸せだと実感する。
勤務が始まれば、スタンはまた皆の騎士団長に戻ってしまう。私は遠くから、彼を見ることしか出来ない。
「エルザ。花火を見るのに、とっておきの場所があるんだよ」
スタンは優しく告げ、私を抱き寄せたまま歩き始める。周りの人が、私たちを見て熱いね、なんて言う。だが、今の私たちは人の目なんて気にしない。
普段人前でイチャイチャ出来ないことを我慢していた分、今こうしてお互いを確かめ合っている。
スタンに連れられて螺旋階段を上がると、目の前にはニーズの街が広がっている。下方には屋台が立ち並び、人々の騒がしい声が聞こえる。だが、今の私たちの周りは静寂で包まれている。
「エルザ。ここが特等席だよ」
スタンが言った瞬間、目の前に大きな花火が広がった。
「わぁ!! 」
思わず声を出してしまう私を、スタンは後ろからぎゅっと抱きしめる。
次々に上がる、大きな花火。そして後ろには、大好きなスタン。私はスタンに告げていた。
「スタン、大好きだよ」
花火が上がる。
「スタンが意を決して誓ってくれたのに、台無しにしてごめんね」
私に回される腕の力が強くなる。
「本当は嬉しいんだ。スタンにこんなにも愛されて、大切にされて。
でも、好きすぎて不安なんだ」
ひときわ大きい花火を前に、私は愛しい彼に告げる。
「スタンが私に忠誠を誓ってくれるのなら、私もスタンに忠誠を誓う。
どんな時も、ずっとスタンの隣にいるって」
スタンは私のローブに顔を埋めた。背中に彼の温もりを感じる。じんわりした湿度も感じた。
「僕は泣きそうだけど、泣かないよ。騎士だから」
スタンの声は震えていた。
そのまま私を抱きしめ、背中に顔を埋めたまま弱々しく告げる。
「今、本当に幸せだよ。
僕を受け入れてくれてありがとう、エルザ」
スタンがどんなに人気でも、どんなに有名でも、もう後戻りは出来ないのだと思った。
いつも読んでくださって、ありがとうございます!




