聡明叡智の黄虎、ロラン大神官
大聖堂に来るのは初めてだった。
立派に聳える建物の上部には、煌びやかなステンドグラスが嵌められている。そして、大きな扉の両側には、白い法衣を着た神官が立っている。
「あの……エルザと申します。
あの……スタニスラス騎士団長がここにいると聞きまして……」
スタニスラス騎士団長と発した部分だけ、酷く震えていた。そして、その発言をしても良かったのか、周りに聞かれていないのか、ビクビクする。
神官は首から下げたロザリオの前で手を合わせ、丁重に頭を下げる。そして、深みのある温かい声で告げた。
「エルザ様。ダミアン魔術師団長から聞いております。
どうぞ中へお入りください」
大神殿は、緩い騎士団やミーハーな魔術師団とはまた違う雰囲気だった。重厚で厳かな、ピリッとした空気が漂っている。
神官は私の先をゆっくりと歩き、私を大神殿の後へと案内した。そして重い扉を開くと、中は白一色の病室のようだった。清潔なベッドの横にはロランと数人の神官がおり、ベッドに横たわる人物を見る。
そしてベッドに横たわっているのは……
「スタン!! 」
神官がいるというのに、私は彼の名を呼んで、彼の元へと駆け寄っていた。
大好きな彼は、普通に眠っているようだった。その綺麗な瞳は閉じられ、先が青みがかった銀髪がはらりと顔にかかっている。ブルーグレーの騎士服に覆われた胸は、微かに上下している。
その美しい寝顔に見惚れてしまうところだった。彼が何らかの術にかかったという事実さえなければ。
その透き通るような色の大きい手を握る。そして、私は大神官ロランをすがるように見た。ロランは知的な瞳で私を見、そして首を横に振る。
「様々な術を試しましたが、彼が回復することはありませんでした。
何か、禁書に載っている、禁断の術を受けたのかもしれません……」
禁書に、禁断の術……どうしても、ランダルの家にあった蔵書を思い出してしまう。
メテオやイクリプスは、禁断の術ではない。ダミアンに言わせれば、『伝説の術』だ。それ以外に、確かに禁断の術というものはある。
(両親が研究していたのも禁断の術だって、ダミアンが言っていたよね)
ただ、私たちは幼い頃から禁断の術を使うなと教えられてきた。だから実際、それらの術を知らないし、禁書を見たこともない。
(私、もっと勉強しておけば良かったんだ)
だが、今さら後悔してももう遅い。
「スタンは、目を覚さないのですか? 」
涙を必死に我慢し、ロランに聞く。すると、彼は静かに淡々と告げた。
「禁書の類は、私ももちろん読んでいます。禁断の術の多くは解除する手段がありません。それゆえ、禁断の術なのです。
また、その術を発動するためには、自らの命を犠牲にします。それゆえ、術をかけた者はすでにこの世にいない可能性が高いでしょう。
『全治全能の石』があれば、おそらく助かるのでしょうが……」
「全治全能の石? 」
思わず聞き返す私の瞳をしっかり見つめて、ロランは頷いた。
「ええ、全治全能の石です」
静まり返った室内。目を閉じたまま、身動き一つしないスタン。そして、必死に涙を堪える私。
「スタンの術を解除できるものがあれば、私が取りに行きます。
遠くへも、敵陣の中でも、たとえ地獄へでも!! 」
最後は叫び声に近かった。そして、体全体が震えている。
「お待ちなさい、エルザさん」
私はこんなにも動揺しているというのに、ロランは驚くほど冷静だ。その冷静さがかえって憎らしく思えるほどに。
「全治全能の石は、伝説上のものです。……伝説上のものだと思われています。
ですが、ここ最近の研究で、実在していることが分かりました」
「じゃあ、その場所を……」
すがる私に、ロランは静かに告げた。
「公式発表はありませんが、今は亡きとある大魔術師が、全治全能の石の作成に成功しているようです」
大魔術師。それを聞いて、体が震えた。
(もしかして……
もしかしなくても……)
ロランはぐるっと辺りを見回し、ロランの後方に控えている神官たちに告げる。
「皆さんは下がってください。
ここからは、私とエルザさん二人で話しましょう」
(やっぱり、リヴィエール家の魔術師のことを言っているんだ)
私はスタンの手を握ったまま俯いていた。
スタンはなおも目を閉じて眠っている。その美しい顔を見て、出会った頃のことを思い出していた。
スタンの騎士姿を見た時、この世の人とは思えない美しさに驚いた。そして、一瞬でファンになった。
その後、変装をした彼が店に来た。かっこいいのに、おっちょこちょいなところだとか、美味しいと満面の笑みを浮かべるところだとか。スタンはどんどん私の心を侵食していった。
それから私は彼の真実を知り、彼も私を受け入れてくれている。この甘くて心地よい距離感が、ずっと続くと思っていた。
(スタン……)
大好きな彼の名を呼ぶ。そして、両手でぎゅっとその手を握った。その手がまだ温かいのは、彼が生きている印だろう。だが、生きていても彼は目覚めない。その瞳で私を見てくれることもないし、名前も呼んでくれない。
(そんなの、嫌だよ……)
いつも読んでくださって、ありがとうございます!




