匂わせは厳禁です
戦場での出来事が嘘だったかのように、私は楽しい日常を過ごしている。
もちろん、料理のために全力で魔法陣を描きながら。
『メテオの使い手』の噂は、瞬く間に広まった。そしてそれは『茶虫兄妹』だということも。ただ、肝心なこと、『茶虫兄妹』が誰を指しているのかということを知る人はほとんどいなかった。不幸中の幸いだった。
私の勤務先のカフェに来るようなファンは真っ先に逃げてしまったし、メテオを唱えた時、私はかなり前列にいたからだ。
そんなわけで、私は何変わらぬ日常を過ごしている。
変わったことといえば、茶虫グッズが売れるようになったことと……
「うわっ!! スタニスラスがいる!! 」
アリスさんが黄色い悲鳴をあげる。そして私はビクッと飛び上がる。そして、窓から上を見上げた。
このカフェの向かいには、突如として騎士団の見張り塔が建設された。そしてそこには四六時中騎士が待機し、街を見張っている。
(街というより、私が見張られているのだろう)
ため息をついていた。
ダミアンの話を聞いたスタンは、酷く動揺していた。もちろん私にはその動揺を隠していたが、何となく伝わってきた。そして突貫工事を行い、数日で見張り塔が完成してしまったのだ。
この見張り塔、周りに目隠しなんてしてある。人が集まるのを嫌うスタンが、周りから見られないようにと付けたのだろう。だから、多くの人が彼の存在に気付いていないのだ。
見張り塔を見上げた私と、頭の上で見張っているスタンの視線がぶつかる。スタンは誰も見ていないことを確認すると、口角を上げて小さく手を振った。
(目に毒だわ……)
私は頭を抱え込んだ。
スタニスラスに手を振られているところをファンに見られたら、一巻の終わりだ。アリスさんにバレたら、何て言い訳すればいいのだろう。
見張り台の完成に伴い、騎士の来店も増えた。……というより、働く私を見に来ているのだろう。
彼らは決まって私を知らない人扱いし、よそよそしい態度を取るのだ。
そして、
「オムライスのテイクアウト、五つ頂きたい。
団長がご所望だ」
「忙しいところすみません。
団長がご所望なので、オムライスの予約をしてもいいですか? 」
わざわざ毎回団長団長と強調する。これにはとうとうアリスさんが気付いてしまって、
「団長って、スタニスラス騎士団長!? 」
悲鳴を上げている。
さらに私をバシバシ叩き、
「エルザ、やったわね!! スタニスラスがオムライス食べてくれてるんだって!! 」
大騒ぎする。何を今さらと心の中で思ってしまったが、そういう慣れが怖かった。
もしあの日、スタンがカフェに来なかったら、私たちの運命は交わることがなかった。スタンはずっと憧れの的であり、私はずっと推し活をしていたのだろう。
ある日の夕方、見張り塔の勤務交代の時間だった。店の前の掃除をしていると、見張り塔のほうから会話が聞こえてきた。
「団長。街の中の動きが活発化しているように思います」
「そうだな」
ちらりと見ると、ブルーグレーの騎士服姿の男性が数人話しているのが見える。そこにはもちろん銀髪の姿もあり、通行人がそれに気付いてきゃあきゃあ言い始める。
「私も気になっていた。革命軍が何らかの情報を手に入れているのだろう。
見回りを強化し、怪しい動きをする者、複数で集まって不審な話をしている者は全て警戒せよ」
「はっ!! 」
その会話を聞くと、どこか不安になってしまう。そして、騎士モードのスタンにドキドキしっぱなしだ。
そんなことを知らないスタンは、ひと呼吸おいて聞く。
「……今晩、茶虫は? 」
唐突な茶虫登場によって、飛び上がりそうになる。
「団長、茶虫は勤務です!! 」
「そうか……」
彼は考え込むように口元に手を当てた。
「それでは、私は後ほど茶虫を迎えに行く。
騎士団に残るものは、ゲストルームの掃除をしておくように!! 」
「はっ!! 」
飛び上がりそうになる。私に聞こえるように、わざと言っているのだろうか。そして、それが嬉しくもあった。
「そこ、ニヤニヤ笑うな」
「はっ!! 」
「今は勤務中だ。騎士団員として相応しい態度で臨むように」
「申し訳ございません、団長!」
嬉しいけど、何だか頭が痛い。これじゃあスタニスラスが茶虫と繋がっているのは明らかだし、茶虫が私だとバレれば一巻の終わりだ。
(アイドルにとって、匂わせは厳禁だよ)
そんなスタンたちの会話を、ファンたちはもちろん聞いている。そして、スタンが歩き始めようとすると、スタンに声をかけようとする猛者までいる。
「スタニスラス様ッ!! 勤務お疲れ様でした!」
その声援を、やはり無視して歩き始めるスタン。アイドルとして信じられない塩対応だ。
「スタニスラス様!! 茶虫と仲良しなんですね!? 」
その問いにも無視を決め込むかと思ったが、
「あぁ」
彼は声のトーンを落として頷く。
「茶虫とは、とても親しくさせてもらってる」
「!? 」
思わず振り返ってスタンを見ていた。彼は何食わぬ顔でこちらに歩いてくる。そして、数人の騎士とともに私の後ろを素通りし、ファンを従えて行ってしまった。私は真っ赤な顔でその後ろ姿を見て震えていた。
(駄目じゃん!!
ああいう時は、「知りません」とか、「ただの友人です」とか言うのが普通だよ? )
でも、それが嬉しくも思った。私たちはまだ恋人ではないと認識している。だが、スタンの言葉は、紛れもない交際宣言だったのだから。
「へぇー。スタニスラス、茶虫と仲良しなんだ」
いつの間にか隣にいるアリスさんの言葉に、飛び上がった。そしてバクバク音を立てる心臓に手を当てている。
「そ……そうなんですね」
かろうじて答えた私に、アリスさんは告げる。
「スタニスラスは茶虫とどんな話をするんだろう。
茶虫も冷たいスタニスラスに気を遣っているんだろうなぁ」
ますます何も言えなくなってしまう私。だが、何とか察した。スタンの言う『茶虫』は、人々はお兄のことだと思っているのだろうと。その『茶虫』が時には私を指していることもあるが、一般的に『男性の友人』だと思っているようだ。
(アリスさんに何て説明すればいいのだろう……)
考えると頭が痛くなるのだった。
いつも読んでくださって、ありがとうございます!




