推しと朝チュン
部屋に残された私は、ダミアンから聞いた衝撃の事実で頭がいっぱいだった。そして、大軍に襲われたのも偶然ではないと知ると、今さらながらに恐怖に襲われる。
私はリヴィエール家の者だけど、大魔術師として生きてきた訳ではない。平凡に暮らし、スリースターズの追っかけをする、ただの女の子だった。それなのに私の周りは目まぐるしく変化し、今この状況にいる。
「エルザ、家まで送ってくよ。
……あ、もちろん変装してね」
スタンはピアスの飾りを取り出すが……
「スタン、わがまま言ってもいい? 」
振り絞る私の声は震えていた。
「……一人になりたくない」
それには、もちろん邪な理由などない。ただ単に、一人になるのが怖かったのだ。
(山奥で一人で暮らしていたのに、この賑やかな街で一人になるのが怖いだなんて……)
スタンは頬を染め、口元をきゅっと結んで額に手を当てる。
「あのね、エルザ。
エルザは気にしてないだろうけど、僕だって一応男で……」
「そんなの、とっくに気にしてるよ!! 」
スタンに告げるとともに、ぽろぽろと涙が溢れていく。
私はこうもスタンが好きなのだ。スタンに焦がれて止まないのだ。だが、泣いているのはそれが理由ではない。一人になるのが怖くて、自然と体が震えるのだ。
(分かってよ、スタン……)
スタンは遠慮がちに私に手を伸ばす。そしてまた、そっと私を包んでくれる。
「泣かせてごめんね。今夜はずっと、エルザといる。
エルザ、辛かったね。ずっと一人で抱え込んでいたんだね。
僕は、エルザのこと、何も知らなかった。両親が亡くなったことも、大軍に追われたことも……」
甘く優しい声。こうやってぎゅっとされ、諭されるように囁かれると、彼が男性であることを意識しないはずがない。
そして、泣いてスタンを困らせてしまったことに、罪悪感を感じる。
「エルザ、もう一人じゃないんだよ」
スタンの男らしい手が、そっと私の涙を拭う。
「この街にはフィリップさんもいるし、ダミアンも僕もいる。
僕はエルザの支えになりたいんだよ」
見上げると、神々しいほど美しいスタン。彼は優しく私に微笑みそっと告げた。
「寂しくなったら、いつでも僕のところにおいで」
こうして私は、スタンと一夜を明かした。もちろん関係を持つことはなく、ふかふかのベッドに横になり、スタンの胸に顔を埋めて眠った。
眠っている私の唇に、スタンがそっと自分の唇を重ねたことなんて、私は知るはずもなかった……
そして翌朝……
目を開けると、スタンの顔が間近にあってびっくりした。その瞳は閉じられ、銀色の髪がはらりと顔にかかっている。
(綺麗……)
思わず髪に触れようとすると、その青い瞳がぱっちりと開く。そしてそれは幸せそうに私を捉える。
「おはよう、エルザ」
スタンはふにゃっと笑い上体を起こした。シャツの胸元が少し開いており、立派な胸元が覗いている。
「うわっ。推しと朝チュンしちゃった」
真っ赤な顔で思わず言うと、
「推し!? 朝チュン!!? 」
いつもの調子で飛び上がるスタン。こうして、私はまた日常へと戻っていく。
(ファンにバレたら殺されちゃうな)
そう思いながらも、ファンとして禁忌を犯し続ける自分に驚くばかりだ。
まさか、自分がスタニスラスに本気で惚れるはずがないと思っていた。そして、スタニスラスの瞳には、私が映ることはないと思っていた。だが、彼はしっかりと私を見ている。
「エルザ、送るよ。今日はこのまま送ってもいい? 」
「だっ、駄目だよ!! 私、ファンに殺されるよ。
あっ、でも騎士モードのスタンを見るのは眼福……」
うっとりする私を見て、スタンは苦笑い。
「じゃあ、やっぱり騎士モードで家まで送るよ」
「そ……それはやめて!! 」
私は真っ赤な顔で叫んでいた。
部屋を出ると、爽やかな笑顔の騎士たちに囲まれた。
「団長、おめでとうございますッ!! 」
騎士たちは口々に叫び、中には薔薇の花びらを撒き散らす者までいる。
そして私は、すぐに勘違いされていることに気付いた。
「あの……」
真っ赤な顔で彼らに告げる。
「何もないんです……」
「「「は!? 」」」
騎士たちは私とスタンの顔を交互に見る。そして苦笑いを浮かべる。
「何もない!? ……一晩篭っていたのに!? 」
彼らはあきれたような表情を浮かべる。
「マジで!? 」
「やっぱり団長、天然記念物だわ」
そんな部下に向かって、
「うるさいなぁ!! 」
声を張り上げるスタン。そして、
「もう、今日こき使ってやる!絶対こき使ってやる!! 」
ぶつぶつ呪文のように唱え始める。
そんなスタンを見ながらも、少しずつ距離が近付いていることを感じている。はじめは信じられなかったが、今はスタンの気持ちだって信じることが出来る。私もスタンに大好きだと伝えたい。
だが、推しとそういう関係になってしまったら……その最後のひと踏ん張りが踏み出せない。
だからもう少し、このままの関係でいさせて……ーー
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