騎士団長は、実はナメられているらしい
グレイさんと話していると、スタンの刺すような視線を感じた。思わず彼を見ると、机の上で手を組んで、恨めしそうにこっちを見ている。
「グレイ」
それで焦った騎士が彼を呼び止めた。
「それ以上彼女と仲良く話すと、また団長の理不尽な八つ当たりを受けるぞ」
グレイさんははぁっとため息をついた。
「ハイハイ、そうでしたね。
彼女に手を出すような勇者は、誰もいませんよ」
そして彼は私に向き直る。
「本ッ当面倒な団長ですが、よろしくお願いします。
団長がここにいると面倒なので、もしよろしければゲストルームで二人で話されてきてください」
そんなグレイさんに苦笑いを隠せない。スタンは尊敬される騎士団長のはずなのに、相変わらずの扱いを受けているのだ。
だが、当の本人は気にもしていないらしい。グレイさんの言葉に、嬉々として立ち上がる。そして笑顔で私に告げた。
「エルザ、あっちで話をしよう」
スタンは反則だ。そんなに優しい顔で見つめられると、従うしかないと思ってしまうのだ。私はこうして、どんどんスタンにはまり込んでいく。
部屋の扉を閉める前に、スタンは改まって騎士たちに告げた。騎士モードの口調で。
「ゲストルームを覗くのは禁止だ」
だが、すっかりリラックスモードの部下は、団長を軽くあしらう。
「ハイハイ、行ってらっしゃい」
「もう戻ってこなくてもいいから」
そんなわけで、無駄に広いゲストルームに案内される。そして扉を閉めるなり、ずどーんと沈み込むスタン。今となってはお決まりのパターンだ。
「見苦しいところを見せてごめん。……引いたよね? 」
引くはずがない。騎士たちがスタンを受け入れてくれていて、むしろ安心したくらいだ。
「ほんと? 」
その綺麗な顔で子犬のように見上げられるのは反則だ。放っておけなくなってしまうから。
私は笑顔でスタンの横にしゃがみ込んだ。そしてその頭を、騎士たちがしていたようにそっと撫でる。
「今日も騎士団長、お疲れ様。
今日もスタンはかっこよかったよ」
スタンは泣きそうな顔で私を見る。そして抱きつきそうな勢いで、両手を広げた。
(これはまずい。また、ほだされてしまう)
身の危険を感じた私は、咄嗟にスタンに話題を振った。
「お兄が、魔術師不足で、騎士の人たちが苦しんでいるって言ってた」
すると、スタンは驚いたように目を丸くする。
(推しのこの表情、たまらないんですけど!! )
だけどスタンはそのまま、悩ましげに告げた。
「確かに苦しんでるんだよね。魔術師団が支援して魔物を弱らせてくれないと、僕たちが全て受け止めなきゃいけなくなるし。
実際死んでしまった部下もいるし、僕も部下を守りきれなくて不甲斐ない思いをしてる」
その口調は穏やかだが、スタンの騎士団長としての苦悩を感じ取る。そして、部下が亡くなるということは、スタンだって死んでしまう可能性もある。
(そんなの、嫌だ)
絶対に嫌だったのに……魔物なんて怖いし、目立ちたくもないし、平和に暮らしたかったのに……私は咄嗟に口走っていた。
「私、魔術師団の試験、受けようかなあ」
その言葉が出た理由は、スタンともダミアンとも知り合いになってしまったという事実があるのも確かだった。
(推しと繋がってしまったから、いまさら感もあるんだよね。
それに、試験に受かるとも限らないし)
だが、私はこんなにも悩んで決断を下したのに、スタンは泣きそうな顔をする。
「それはやめて……」
「なんで? 私はスタンのことを知ってるし、今さらスタニスラス騎士団長に悶えることもないよ」
表面上は。だが。
そしてはっと気付いた。私はまだ、ダミアン応援グッズを持っているのだ。ピカピカ光る、赤色うちわを。
咄嗟にそれを後ろに隠す。
「私は、ダミアン魔術師団長のファンなんかじゃない」
スタンは弱々しい顔で、私を見ている。市民には決して見せない、その顔で。
そんな子犬のような瞳で縋るように見られるから、私は言わずにはいられなかった。
「スタニスラス騎士団長を応援していたの。でも、スタンと繋がってしまったから、なんだか恥ずかしくて……」
言えば言うほど、顔が真っ赤になる。
「す、スタンのファンにも、申し訳なくて……」
(私、なんてことを言っているのだろう)
顔から火を吹くほど恥ずかしい。真っ赤になって下を向く私の髪を、その大きな手がそっと撫でた。
「ありがとう、エルザ」
優しくて甘い声。その声で話しかけられると、女の子で良かったと思う。こうやって、スタンに甘やかされて。
「僕はファンなんていらないと思っていた。騎士としての僕は、ただ職務上そうしているだけだから。
でも、エルザがダミアンのうちわを持っているのを見たら、酷く焦ったんだ」
見上げると、その優しい瞳と視線が絡まる。
(その顔は反則だ。かっこよすぎて、顔から火を吹きそうだよ)
だが、スタンは悲しげに告げた。
「それでも、エルザに魔術師団には入って欲しくない。
エルザを危険な目に遭わせたくないんだ」
私の髪に触れるスタンの手が震えている。こうも甘い瞳で見つめられて、低くて心地よい声で話しかけられ、不安で震えてくれている。そんなスタンが、全身で「好きだよ」と言っているようにすら思える。ただのファンの妄想に他ならないのに。
「エルザ……僕ね……」
スタンが何か言いかけたとき、コンコンと扉がノックされる。そして、騎士たちがひょこっと顔を出した。
「団長、お取り込みのところすみません」
申し訳なさそうにするのに、彼らはニヤニヤ笑っている。絶対にスタンの反応を楽しんでいるのだ。
スタンの甘い空気は消え、今やいつも以上の凍える瞳で彼らを睨んでいる。
(うわっ、怒ってる……)
だが、彼らはニヤニヤしたまま告げた。
「団長。見回りに出ていた者が、怪しい集団を捕らえました。奴らは必死で抵抗しているため、援助が必要だと思われます!」
スタンは大きくため息をついた。そして、少しイラついたように答える。
「分かった。すぐに行く」
彼は乱れた銀色の髪をそっと直し前を見た。その表情は、いつもの絶対零度のスタニスラス騎士団長で、ファンとしては悶絶する勢いだった。
だが、彼は扉の前で私を振り返った。そして、優しい笑みを浮かべて告げる。
「行ってくるよ、エルザ。
部屋には鍵をかけておくから、外のことは気にせずにゆっくり眠ってね」
「うん……気をつけてね」
そう告げると、彼はまた幸せそうに笑ったのだ。
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