推し変したことに嫉妬される
街灯の灯りに照らされた道を、騎士服姿のスタンと並んで歩く。それが信じられない。
普段はあんなに囲まれているのに、あんなに近付けないのに、今は彼がすぐ隣にいる。
何度も彼を見上げて、彼の本当の姿を見る。銀色の髪に、透き通るような肌。整った顔。
スタンは人に見せない、ふにゃっとした笑顔を浮かべる。
「そんなに見ないでよ」
だけど、見せて欲しい。いつもは見られないのだから。
「スタニスラス様を独り占めだね」
くくくっと笑うと、スタンも幸せそうに笑う。そして、甘ったるい声で告げる。
「何言ってんの。僕はとっくにエルザのものなのに」
「……え!? 」
動揺する私を、彼は切なげに見つめる。その青い瞳に吸い込まれそうになる。
「エルザだって……ダミアンのものにならないでよ」
「えっ!? 」
「僕は弱くて頼りないかもしれないけど、ダミアンよりもエルザを大切に出来るよ? 」
その言葉が嬉しくて、胸が熱くて。だけどこれ以上雰囲気にのまれてはいけないとも思う。万が一スタンと何か間違いが起これば、後悔するのは私だ。
「ふふ、ありがとう」
さらっとかわそうとする私に身を寄せ、スタンはそのマントの中に私をすっぽりと包む。スタンの体温と鍛えられた肉体に包まれた私は、頭が沸騰して倒れてしまいそうだ。
「エルザ」
甘い声で囁かれると、体に震えが走る。
「僕だけ見ていてよ……」
切なげに告げられると、頷かずにはいられない。こくりと頷く私を見て、スタンは満足げに笑った。そしてマントに私を包んだまま、その立派な建物の扉を開けた……
立派な扉から光が漏れ……
「団長、お帰りなさい!! 」
夜中だというのに、元気な騎士たちの声に迎えられる。
「あぁ」
スタンは静かに返事をして、そのまま歩き去ろうとするが……痛いほど視線を感じる。そして騎士たちは、わざとこっちを見ないように目を逸らすのだ。
(もしかして私、嫌われてる!? )
一瞬そう思ったが、それは間違いだということにすぐに気付く。というのも、ドキドキしっぱなしで頭が真っ白になっていたが、私は今すごい状態なのだ。
スタンにぎゅっと抱き寄せられ、そのマントにすっぽりと入っている。
その状況を理解するや否や、慌ててスタンから離れるが、時すでに遅しだ。騎士たちは真っ赤な顔でいそいそと掃除をし始めるし、焦ってガシャーンとグラスを割るし。これがあのかっこいい騎士たちかと思うと驚きを隠せない。だが、原因がスタンにあるのは明らかだった。
そんな騎士たちに、スタンは告げる。もちろん、騎士モードの凛とした声で、だ。
「事情があり、今夜一晩彼女を泊めることになった。
誰一人として、彼女に指一本触れないこと」
「「はっ!! 」」
騎士たちは敬礼するが、目が完全に泳いでいる。そして私はなんだか恥ずかしくなる。
スタンはちらりと扉を見て、鍵が閉まっていることを確認する。そして、幾分柔らかな声で告げた。
「……それでは、ただいまから休憩時間に入る」
スタンは途端に気が抜けた表情になる。その素のスタンに動揺を隠せない。だが、動揺しているのは私だけのようだ。
「酷いんだよ。
ダミアンがエルザの家を乗っ取って、エルザを家から追い出したんだよーッ」
完全ないつものスタンに、騎士たちは動揺一つしない。途端に砕けた表情になり、尊敬する騎士団長に茶々を入れる。
「マジっすか? ダミアンさん、相変わらずの暴君っすねー」
「それよりも団長、彼女に会えて良かったですねーッ。
団長が入ってきた時、痴漢かと思いました」
(な、何なんだこのフレンドリーな雰囲気は。そして、スタンを痴漢呼ばわりしている。
さっきまでの張り詰めた空気が一瞬で緩んでしまった)
ぽかーんとする私を前に、コントみたいなやり取りが繰り広げられる。
「あっ、でも彼女、ダミアン推しなんでしょ? 」
「しーッ!! 団長がまた荒れ狂っちゃいますから」
「みんな……うるさいよ本当に。
僕、泣いてもいい? 」
スタンはぺたんと机にへばりつき、へたれた表情で目を閉じる。
完全にいつものスタンなのだが、大丈夫なのだろうか。そして、青狼スタニスラスのへたれた姿が目に毒すぎる。だが、騎士たちは受け入れているようだし、楽しそうでもある。
「団長、今日も頑張って騎士団長しましたねぇー」
騎士たちはスタンの頭を撫で回す。まるで犬でも撫でるように。
「俺たちは、団長の勇姿に笑いをこらえるので精一杯でしたー!! 」
「わんっ!! 」
最後のわんは、もちろんスタンだ。なんだか眩暈がしてきた私は、ふらふらと部屋の端の壁にもたれかかった。
(スタンの本性は知っていたけど……
本性を知っているのは私だけかと思っていたけど……
騎士団の内部が、まさかここまで狂っているだなんて)
もう、騎士を憧れの目で見られないような気さえした。そう、もっと身近で親しみのある目で見てしまいそうだ。
げんなりする私に、近くにいたグレイという名の騎士が教えてくれる。
「団長はいつも外では気を張っていますから、内輪ではリラックスして欲しいんです」
彼は優しげな瞳で、ヘタレているスタンを見ている。
「団長から聞いていますか?
私たちは市民の信頼を得るため、外では立派な騎士でなければなりません。
ですが、私たちもただの人間なのです」
グレイさんの言葉はもっともだ。そして、騎士団長スタニスラスとして、感情を押し殺して必死に仕事をしているスタンもよく知っている。だからこそ、私はスタンの癒しの場であり、ヘタレたスタンも受け入れるべきなのだろう。
そんなことを考えると、目の前で繰り広げられる大騒ぎが愛しいものだと思えてくる。騎士として頑張った団員は、こうしてただの人間に戻るのだ。
「団長がここに連れてきた女性は、エルザさんが初めてです。
だから団長を……お願いします」
その言葉が嬉しかった。私は満面の笑みで、彼に返す。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
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