第二十一話 司令官との対面
俺たちは、そのまま、もう一部屋。もう一部屋と前に進んでいく。
ただ、明らかに敵の数が今までの部屋に比べて減っている。中には一体もいない場所もあったぐらいだ。
「……不穏ですね……」
モモカさんがそうつぶやくが、俺も同じ意見だ。明らかに敵は何か企んでいる。
相手の司令官は、魔物にしては相当な賢さを持っているらし……。
「あー、そろそろ進行を止めてくれませんかね?」
は?なんだ、この声?え?どこから声が聞こえてきているんだ?前の部屋からか?
「え……?人の声?」
ユイともモモカさんとも顔を見合わせる。どういうことだ……?
「いえ。人ではありませんよ。私、骸骨司令官のカイルと申します。初めまして。人間の皆さん」
は?骸骨司令官……?
魔物がしゃべってるってことか?
「戸惑っていらっしゃるようですが、人語を話すのは人の特権だとでも思っていらっしゃったのですか?魔物だって一定の賢さがあれば人の言葉ぐらい理解できます」
カカカと笑い声が聞こえる。本当に魔物が……?
「そんなことあるわけが……」
「いえ……珍しい例ではありますけど、人語を解する魔物の存在は確認できています。例えば、魔王なんかはその例に当たります。これだけの軍を率いている魔物であればそういった進化を遂げている可能性は十分に考えられます……」
モモカさんがそう言う。マジかよ。確かに魔王は人の言葉もしゃべるだろうけど、それは相当なレベルを持っていればってことだよな……。
「理解のある方がいらっしゃるようで助かります。それでは、いかがでしょう?このまま立ち去っていただく交渉をするわけにはまいりませんか?」
そう言いながら、今まで声だけだった骸骨が姿を現す。
見た目は普通の骸骨……?いや、服を着ているか。しかも、その服が他の個体よりもしっかりした生地に見える。そして、確かに普通に口を動かしてしゃべっているところをみると、本当に話せる魔物ということなんだろう。
「は?何言ってんだ、あんた」
骸骨司令官……カイルだったか。そいつは何かおかしなことを言っている。俺たちがここまで来て引き下がれと?そもそも、今は俺たちの方が押しているわけで、ここで帰る理由なんてあるはずがない。
「いえいえ。本気ですよ。もちろん、こちらに利益があるだけではなく、そちらにも利益はあります。交渉をするのに、交渉材料を持たないのは愚か者のすることですから」
「は?こちらに利益?どういうことだよ」
こちらの利益という話を耳にしてしまっては話を聞かないわけにはいかなくなる。
「ええ。賢い皆様方なら、我々骸骨軍がここ9階層以外の場所に出ていかなかった理由はご理解いただいていると思います」
「それは、8階層のベヒーモスのことか?」
そう。既に考えていたことだ。8階層にベヒーモスがいたから、骸骨たちは9階層にいるしかなかったということ。そのことを言っているんだろう。
「ええ。さすがです。その通り。我々はあの怪物と戦うのを避けて、ここを自分たちの巣にしていました。幸い、9階層ぐらいになりますと、他の魔物も発生しやすく、我々の栄養となる魔物の魂にも事欠きません。我々としては一昨日までの生活に十分満足していたのです」
「だとしても、お前たちは俺たちがベヒーモスを倒したら8階層にまで来ていたじゃないか。そのまま放置していたら7階層、6階層と進んできてただろ」
そう。8階層は完全に骸骨たちのものになっていた。満足していたというなら、そのままずっとこの場所にいればよかったじゃないか。
「それは、ベヒーモスが倒れたことですさまじい量の魂が行き場をなくしていたから仕方がないのです。我々の軍の一員にしていなかったら、どのような魔物が生み出されていたか分かりませんよ?むしろ、全てを骸骨にしたことを感謝していただきたいぐらいです」
「は?魔物に感謝しろって?何言ってんだお前は」
「まぁまぁ、コウヘイさん、そんなに怒らないでもう少し話聞いてみましょうよ」
俺が怒ってそのまま飛び出しそうになるのをユイが止める。
「え?なんでユイ、止めるんだよ」
「なんか面白そうじゃないですか。魔物が交渉してくるなんて。最後まで話聞いてみたいなぁって」
「そちらのお嬢さんは話が分かるようだ。続き、よろしいですか?お兄さん」
何なんだよ。こいつは。人間よりも人間らしい話し方しやがるな……。
「さて、我々が8階層に出ていかなかったのは、ベヒーモスを避けるためです。では、我々が9階層にいることで同じことが起きているとすると、どうです?」
ん?何を言っているんだ?こいつは……。
「それは、つまりこういうことですか?同じように10階層にも強大な魔物がいる。けれど、ここに骸骨の軍隊がいるから、その魔物が下の階に出ていくのを抑えていると」
モモカさんが考えるような顔でそう話す。なるほど……そうなるのか。
「ええ!ご理解いただけたようでなによりです。その通り。我々の軍がここにいるからこそ、10階層の魔物はそこから外に出られなくなっています。つまり、我々の軍が滅びるとそれすなわち10階層の魔物が解き放たれることを意味するのです」
カイルの話のトーンが一段階上がった。自分の言いたいことが通じたことが嬉しそうな雰囲気だ。……しかし、納得はできない。
「そんなもん、俺たちがそのまま倒してしまえばいいんだろ。その10階層の魔物も」
「ええ。倒せるのでしたら、そうすればよろしいかと」
何だ?その言い方……。
「10階層にいる魔物は、エビルゴースト。聞き覚えのある方は皆様の中にはいらっしゃいませんか?」
エビルゴースト……?少なくとも俺は聞き覚えがない。ユイは……知らないって顔だな。
「エビルゴースト……。確か、大変目撃例は少ないですが、大型で物理攻撃が通用しないタイプの……」
モモカさんは自分の記憶を思い出すように上を見ながらそう話す。
「おお。ずいぶんと知識がおありのようだ。その通り。10階層にいるのは、物理攻撃が一切通用しないタイプの魔物です。皆様にとっては天敵ではないでしょうか?」
……確かにそれはその通りだ。俺たちは基本的に攻撃手段を物理攻撃しか持っていない。そりゃそうだ。攻撃魔法を使えるのが一人もいないんだから。
本当にそんな物理攻撃が通用しない魔物なのだとしたら、絶対に俺たちでは勝つことはできない。
「今までの皆様の戦いを見る限り、魔法での攻撃手段を持たない方々のようだ。そうなると、我々がいなくなった場合困ることになるのはそちらのはずです」
「それは確かにそうだけど……魔物の言うことなんてどこまで信用できるのか……」
そうだ。そもそも、そんな話は信用できない。少し賢い魔物が命乞いに嘘をついている可能性だってある。
「なるほど。確かにその通りです。ただ、我々としては信用していただくしかありません。10階層に行っていただくのが早いのですが、正直、10階層への階段は我々の作り上げた魔法で扉を閉じておりまして……。それを開けると我々の被害も甚大になるので開けるわけにもいかないのです」
カイルはそう言って笑う。いや、実際はただの骸骨だ。表情の変化などないのだけど、笑っているように感じた。
「少し待ってくれ。話し合う」
「ええ。構いませんよ。我々としては退いていただけるのであれば攻撃は仕掛けないとお約束いたしましょう」
カイルの余裕さに少し腹は立つが、ここはこらえなくてはならない。実際にそのような魔物がいる場合、俺たちでは絶対に対処できないのは確かだ。
「……どう考える?」
「どこまで信用していいかは分かりません。ただ、事実だった場合のことを考えると、持ち帰ってギルドで相談するというのが一番早い気がします」
「私は信用できないと思うなー。負けそうだからこんなこと言ってるんでしょうから」
モモカさんとユイの見解は違うみたいだ。うーん……。そもそも俺たちに向き合っても余裕に見えるあの姿を見る限り、すぐに負けそうって感じもしないんだよな。
「おい、カイル。どうしてお前は俺たちにこんな提案をしてくるんだ?別に戦って俺たちを殺せばいいことだろ?」
「それはそうですが……我々が勝つかどうかは現時点では五分五分だと考えていますので。そして、勝ったとしてもこちらの被害は甚大。そうなると、10階層に通じる扉を守り切れるか分かりません。そうなっては我々もどちらにしても全滅ですから」
うーん……言いたいことは分かるな。
「そちらからの要求は?こっちが退くだけでいいのか?」
「我々としては、9階層だけというのは少し狭くてですね。6階層まで……せめて7階層まで我々の巣としてお認めいただきたい」
「なっ」
その要求は……どうなんだ?
「……要求に従うかどうかも含めて俺たちが判断できることではないよな……。実際にエビルゴーストがいた場合俺たちでは勝てないのは事実だし……。モモカさんの提案通り一旦ギルドに持ち帰ろう……」
とりあえず現時点ではそれが最良の手段であるように思える。
「ありがとうございます」
「ただ、結果的にもう一度戦いに来る可能性はあるからな。そうなっても謝罪なんてしないぞ」
「もちろんです。ただ……その際にはこちらも防備は完全にしておくのでそのつもりで」
カイルは今度こそ、本当に笑った……気がする。




