08.照れ隠し
東の森に到着した。
クルックというモンスターを実際目の当たりにしてみるとダチョウをまるっと太らせたみたいな、ずんぐりむっくりの飛べない鳥であることがわかる。こいつが稀に落とす卵を狙っているわけだが、何度倒してもなかなかドロップしてくれない。別の意味で苦戦を強いられている私であった。
「ようやく六個……」
やっとの思いで卵を六個集めきった私は、その倍以上のクルックの肉が所持品リストに加わったことに気付いた。確かクルックの唐揚げが作れるはずだ。思いがけないところでもう一品増やせると知った私の顔はだらしなく緩んでいたであろう。それこそ苦労した甲斐があるというものだ。
「もうこんな時間か」
現実の時間にして、時計の針は午後七時を回っていた。
早いところ街へ戻り調理してしまおう。どうしよう、とてつもなく心が躍る。
足取りは軽く、鼻歌を歌っていたことにしばらく気づかなかったくらい私は浮かれていた。存外お気楽な人間である。
街へ戻るとリリィから通信が入った。
『今、どこ』
『ちょうど街に戻ってきたところで、これから調理しようかなって……』
『それなら、私の個人宅においでよ。調理場を貸してあげる』
なんと、リリィは個人宅を持っているのだそうだ。
ゲームとはいえそれなりに財力がないと家など購入できない。すごいなあと感心する。
私はリリィから指定された冒険者居住空間へと飛んだ。景色が移り変わり、白い外壁に赤い屋根のシルバニアファミリーを彷彿とさせる洒落た家が姿を現した。入口を通り玄関までのほんの少しの距離を歩くと、中庭に咲き乱れる色とりどりの花たちが訪問者である私を出迎えてくれる。
「いらっしゃい」
扉が開かれたので、はっと面を上げる。そこには白衣姿の金髪美少女が立っていた。
「リリィか。昨日と雰囲気が違ったからびっくりした」
「ふふん。どう? 似合っているかしら」
「うん。とても」私は率直な気持ちを述べ、「でも何で白衣?」と訊ねる。
「私も生産職を上げている最中なのよ。庭で薬草が採れるからそれを使って薬を調合しているの。そのための装備」
なるほど、そういうことか。
「カノン君こそ、新しい装備似合ってるじゃない。かっこいいわよ」
褒められると悪い気はしないが、少々照れくさい。柄になく動揺した私は、すぐさま話題を切り替えた。
「さっそくだけれど、キッチン借りていいかな」
どうぞどうぞと家の中に通され、調理場まで案内された。調理なんてゲーム上、道端でもどこでも出来るのだが、落ち着ける環境で作業が出来るに越したことはない。
私は買ったばかりの調理器具を取り出し、材料を並べた。
最初のうちは可もなく不可もなくといった出来栄えだったが、後半になるにつれ通常より良いものが作れるようになった。とんとん拍子でレベルが上がっていくし、レベルが上がるとレシピが追加されるのでレパートリーも増える。良いペースである。
私が密かに達成感を噛み締めている傍らで、リリィは薬草らしいものをすり潰したり、切り刻んだり、童話に出てくる悪い魔女みたいに鍋をかき混ぜたり……黙々と作業に打ち込んでいた。
「何作ってるの」
「んー。毒薬」
ずいぶんと物騒なものを作っているのだな、リリィよ。
「プレイヤー相手には使わないわよ。敵に投げるの」
どうやら顔に出ていたらしく、リリィが呆れた声で言った。
「あと、残りは市場に流すかなぁ。小遣い稼ぎにはもってこいよ」
「市場といえば、今日ギルドに入らないかって勧誘されたよ。時間がほしいからっていって保留にしたけど」
「あら、お目が高いこと。カノン君は期待の新人さんだし貴重な盾役だものね。欲しがる気持ちはわかるわ」
期待の新人かはともかく、盾役は少ないのは何故だろう。リリィの翠の双眸がぱちりと瞬かれた。
「盾は謂わば敵のサンドバックだもの。好んで敵に殴られに行く人はそうそういないでしょう。味方を守らなければならないわ先導しなくちゃだわで何かと気を遣うロールよ。俺TUEEE! がしたいならアタッカーやるわよね」
さもありなん。ファンタジーの王道といえば剣だ! などと安易に選んでしまったのがいけなかった。後悔するも時すでに遅しである。
「ギルドについてはまあ、始めたばっかりだし落ち着いたころにまた考えればいいんじゃないかな」
「リリィはどこかのギルドに入ってないの?」
「入ってたけど、抜けたわ。なんだか疲れちゃって」
リリィはため息交じりに呟き、視線を落した。
私は何も訊かず、ぱちぱちと燃え盛るかまどの火を眺めながら、もうじきやってくるであろう白銀の狼の事を考えることにした。
余計な詮索をして、微妙な空気にしたくなかったのだ。そんなことより人を喜ばせたり、楽しませることを考えている方がずっと有意義だと思う。場の空気を盛り上げるだなんて、万年ユーモア欠乏症の私にはかなりハードルが高いけれど。いつか出来たらいいな。
ジーンがログインしたのは午後八時十分を過ぎてからだった。
彼をリリィの個人宅に招き入れ、三人は額を集めて今夜の予定について語り合う。
「おお、レベル10になってんじゃん。そういやさ、メインストーリーで遺跡の調査しろって言われなかったか」
「うん。変な騎士出てきたあたりなんだけど、冒険者ギルドからの調査依頼きてた」
「おう、それそれ。推奨レベル10以上だし俺ら基準は満たしてんじゃん。どうせだし行かね?」
メインストーリーを進めたいし、断る理由も特にないのでジーンの提案に乗る。
「行こうか」
ジーンはにやりと笑い、ご機嫌に尻尾を揺らした。
「決まりだな」
「私もついてくよー。二人とも初ダンジョンだし。楽しみね」
リリィがすかさず手を挙げる。そして、少し考え込むように俯き、
「だけど、あと一人欲しいわね。誰か心当たりある人いる?」
と、問うた。
「居ねえよ。俺、一昨日始めたばっかだぜ」
「三人じゃ駄目?」
「初めてなら安全に行きたいじゃない。それにライトパーティを経験しておいた方がいいと思うしね」
リリィ曰く、四人編成が望ましいのだそうだ。
心当たりなら、一人。フィオ=エルスターがいる。
「じゃあ知人を誘ってみる」
思い立ったらすぐ行動。こちらから誘うからには丁寧に、かつ慎重にメッセージを送る。返事は一分もしないうちに返ってきた。
「行きます。だって」
二つ返事で了承してくれた。わあっと歓声が上がる。
「よし! ちょいと装備揃えてくる。街の広場で待ち合わせな」
勢いよくソファから身を起こすジーンに、私は、あっと短い声を漏らした。
「ちょっと待って。これあげる」
所持品から先ほど作ったばかりのブラッディベアサンドとクルックの唐揚げを取り出してジーンの懐に押し付ける。ジーンは目を丸くして私の顔をまじまじと見た。
「これ、おまえが作ったのか」
改めて問われると途端に恥ずかしさがこみ上げてくる。作りすぎてしまったし戦闘が有利になるから貰っておけと早口で捲し立て、そっぽを向いた。その時のジーンときたら、面白いものを見つけた時のいたずらっこのような顔をしていたと思う。
「いけすかねー野郎だと思ってたけど、意外とかわいいところあるじゃん」
「早く準備しろよ。フィオさん待たせてるんだから」
私はふん、と鼻を鳴らす。ジーンは人狼族独特の鋭い犬歯をちらつかせ、にんまり笑顔をこちらに向けた。そして私の髪を乱暴に撫で回し、耳元で囁いた。
「ありがとな」
不覚にもどきっとしてしまったなんて、ぜったい、内緒だ。




