09.かわいいひと
待ち合わせ場所へ向かうとフィオさんははすでに待機していた。「お待たせしてすみません」と言って私は彼に駆け寄ると、人の良さそうな笑顔で「そんなに待ってないよ」と返してくれる。
「急でしたよね。だけど、頼れる人がいなくって……」
「いやいや、ちょうど暇をしていたところだ。お安い御用だよ」
そう言って彼は私の肩をぽんぽん叩いた。私たちのやり取りをリリィは夢見るようにうっとりと眺めている。
「目の保養だわ……」
リリィが悩ましげにため息をついた。
確かに、フィオさんは美青年といって差し支えのない容姿の持ち主であるし、やわらかな言葉づかいや上品な立ち振舞いはエルフとして相応しい神秘的な雰囲気を醸し出していた。ついついため息をつきたくなるのも頷ける。
「おや、彼女は……?」
フィオさんの視線がリリィへと移った。
「私をこのゲームに誘ってくれた友人です」
「リリィ=ベルです。見ての通りヒーラーよ。よろしくね」
リリィはローブの裾をひょいと摘まみ、可憐にお辞儀をしてみせた。
「リリィ=ベル。もしや君、あの『ワールド・エンド』の白き癒し手かい?」
リリィは首を振る。
「今はもう関係ないけどね。あそこ人多いし気疲れしちゃうから抜けたわ。しばらくソロでのんびりするつもり」
「そっか。合う合わないは人それぞれだしね。そんなこともあるさ」
なるほど。聞くところによるとリリィはこの界隈では知名度が高い優秀なヒーラーなのだそうだ。初ダンジョンで有名人とパーティ組めるだなんて、私はかなり恵まれている。
「おっす。待たせたな」
ジーンが遅刻してやってきた。
「遅いぞ。ちゃんと準備は済ませたんだろうな」
私がぴしりと言い放つと、もちろんだぜ、と悪びれもせずにジーンは答えた。
「んで。その眼鏡の優男がお前の知り合い?」
ジーンの失礼かつ乱暴な言葉に気を悪くしたふうでもなくフィオさんは微笑んだ。
「フィオ=エルスターです。吟遊詩人をやっているよ。アタッカー同士がんばりましょう」
フィオさんから差し出された手をジーンは力強く握る。
「おう。初めてだからよくわかんねえけどよろしくな」
自己紹介も済んだことだしパーティを組んでいざダンジョンへ、と言いたいところなのだが、ここで一つわかったことがある。
「じゃあ、羽根を使うよ」
「羽根……?」
「テレポート出来るのよ。知らなかったの?」
そう、羽根の存在だ。この世界の設定では天使の導きという名目上、一度足を踏み入れた場所は羽根を使うことにより何度でも私たちは転送することが出来るのだそうだ。私とジーンは今の今まで知らずにいたのである。
「そういえばこの前報酬でもらったような」
所持品一覧を見るとそこそこ持ち合わせがあることがわかる。
「そうそう。報酬で貰うか、あとはルピスと交換で入手できるわ」
「ルピスって時々敵からドロップする宝石みたいなやつだろ? そういう使い道だったのか」
ジーンも同様にルピスの所持数を確認している。
「二人とも、なかなか育て甲斐がありそうだよね。なんだか楽しくなってきた」
フィオさんは灰色の眸をきらきらと輝かせた。どうやら彼のやる気スイッチを押してしまったらしい。
私、しごかれるのかな……。
パーティ組んだ時に表示されたフィオさんのレベルを見て怖気がついてしまった。何と彼のレベルは100だったのだ。つまりカンストしているのである。これはが俗に言う廃人というやつか。ライト勢とはなんだろう。ついつい辞書を引きたくなる私をどうか許してやってほしい。
敬虔な有神論者ではないが、どうかフィオさんが優しく手ほどきしてくれますようにと祈るばかりである。
ダンジョンの中はほの暗かった。
道中、食人植物に襲われたり、トラップの毒矢をすんでのところでかわしたり、なかなか肝が冷える体験をさせてもらった。
つい先ほど、皮膚が腐り落ちているミイラに足元を掴まれた時は流石に心筋梗塞を起こしかけたが……例えるならリアルなお化け屋敷。もういやだ、帰りたい。
極めつけにぬちゃぬちゃと何かが這いずりまわるような粘っこい音が聞こえてくる。私は必死にやつらを引き付け、囮になり、ひたすら攻撃と恐怖を耐え忍び、アタッカーのジーンとフィオさんが敵を片付けてくれるのをまだかまだかと待ち続けた。そうしてるうちに、ようやく行き止まりに辿り着いたのだった。
「お。宝箱じゃん」
ジーンが宝箱に手を伸ばす。あかん。それは宝箱やない、棺や! 触ったら祟られるぞ!
豪華な装飾が施されているけれど、紛れもなくそれは棺桶なわけで。絶対、中に何か入ってるだろ……。
「あ、それは……」
フィオさんが慌てて制止するが、時すでに遅し。
ミイラさんのお出ましだ。想像していた通りの展開である。
「馬鹿! 怪しいのわかってて開けるやつあるかー!」
私が叫ぶと、ジーンが裏声で「キャー怖〜い」と言って囃し立てる。
あとでしめる。絶対許さん! と私は心に誓ったのだった。
「はあっ」
ファーストアタックをとった。
よし、敵はこちらを見ている。続いて連撃。これで確実に私以外の誰かに敵視は向かない。それがわかるとアタッカーの二人は一斉に攻撃を仕掛けた。フィオさんが矢を《乱れ打ち》し、ジーンが薙ぎ払う。あっけなくミイラは消滅した。
「おいお前。私が言いたいことはわかってるだろうな?」
我慢ならず、口調が荒くなってしまう。じろりと恨めしげにジーンを睨むと、彼は肩をすくめた。
「お前の驚く顔が見たくって……つい出来心で」
「そんな理由で!? 私のリアクションを求めていたわけ!?」
「だって、お前、ここ来てからずーっと怯えっぱなしだったし? スカした面に一発かましてやりたくなってよ」
「信じられない……私がどんな思いで……うっ」
膝を折って私は打ち拉がれた。
「ジーン。カノン君をいじめるのはやめてあげて。初めてのダンジョンで慣れないのに、一生懸命先頭を歩いてくれているのよ」
リリィのフォローが胸に沁みる。フィオさんもやれやれと半ば呆れていた。
「これ、ゲームだとはいえとてもリアルに作られているし、実際不気味だからね。苦手な人は苦手だよ。どうやらカノン君はお化けとかダメみたいだから、あまりいじめたらダメだよ。……気持ちはわかるけどさ」
最後、フィオさんの口から腹黒い発言がちらっと聞こえたような気がするけれど、多分気のせいだ。
「これから先思いやられるな。盾役続けられる自信がない」
「大丈夫よ、カノン君。初めてなのに誘導も、防御スキル使うタイミングも完璧! これってすごいことなんだから」
「そうそう。並みの初心者だとこうもいかないよ。自信を持っていいと思う」
ベテラン二人の熱い励ましを受け、私は少しだけ持ち直した。
「ほら。頑張ってるカノン君にご褒美が出たよ。剣! カノン君武器初期装備のままでしょう?」
リリィが棺桶の中から剣を取り出した。うれしいやら悲しいやらで私の装備が更新されるに至ったが、私が武器を取り変えている隣でジーンがおもむろにブラッディベアサンドを頬張りだした。ここまで果敢として我が道を行かれると、かえって尊敬の念を抱いてしまう。
ごうごうと燃えていた怒りの炎もみるみるうちに鎮火されてしまった。
「よくこんなグロいところで食事できるな、あんた……」
「おまえが戦闘前に食えって言ったんだろ。今思い出したから食ってる」
「そうか」
変に納得してしまう自分がいる。いや、呆気にとられているといったほうが正しい。
「先……進もう」
「カノン君」
「リリィ。わかってる」
ほんの少し、疲れただけである。
気遣わしくもリリィは私に寄り添ってくれた。その後ろで麗しきエルフの青年フィオさんと人狼族の青年ジーンが肩を並べて歩いている。
「ジーン。もう少しカノン君に優しくしてやっては? 嫌われますよ」
「ああん? 別にあいつそこまで女々しいやつじゃないだろ。女じゃあるまいし。気にすんなって」
「いえ、そうじゃなくって……。もう、何でもないです。その鈍さが仇にならないといいけれど」
どういうことだよ、とジーンは顔を顰める。
「あいつの動揺する顔かわいいじゃん? なんかこう、めちゃくちゃにしてやりてえっつうか」
「だから……君は小学生ですか」
フィオさんは深いため息をついた。
私はといえば後ろでそんなやりとりをしていたとは露知らず、一心不乱になって大股で歩く。
とにかく明るい場所に出て平常心を取り戻したい。
すでに露呈してしまっているが何を隠そう私はホラーが大の苦手なのだ。




