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10.そして彼は初めて名を呼んだ

 そもそも、私たちがここにきた目的はメインストーリーを進めるためだったはずだ。

 そのための遺跡調査である。冒険者ギルドから受注した詳細な依頼内容を思い返す。

 

 近頃遺跡内で増加しているNPC冒険者の変死及び謎の失踪の調査をせよ――ありがちな設定。誰かに殺されたのでは? と当初はさして気にしていなかったけれど、開けてみてびっくり。まさかのホラー展開である。

 

 眠れない夜になりそうだと内心げんなりした。

 カーテンの隙間から見えちゃいけないものが見えたり、ベッドの下から何かが這い出てきたり、押入れの中から物音がしたり……などと変な想像力が働いてしまうのだ。

 お化けにビビっちゃうようなこんな盾、頼りないだろうなあ。情けないだろうなあ。とほほ。

 自分でいうのも何だが、きりりとした貌の青年アバターが中身のせいで全て台無しだ。


 最奥へ辿り着いた。

 そこには祭壇が置かれていて、それを守護する半獣の姿があった。頭部が犬で、身体は人間。周りには棺が五つ。昔、本で読んだことがある。古代エジプトに出てくる神様みたいな容姿。たしかその神は死者を守り冥界へと導くのだ。


「さあ。お待ちかねのボスよ」とリリィは言う。「準備オーケー?」

「僕はいつでも」

 フィオさんが答える。

「あとはお前次第だぜ」

 そして、ジーンが私の背中を叩いた。


 私は深呼吸をした。

 いつまでも怯えてなどいられない。だから、まずは落ち着こう。息を吸う。吐く。それの繰り返し。そのたび身体の芯が震えた。

 それは恐怖? それとも武者震い? わからない。

 だが覚悟は――決めた。


「行くよ」


 私は剣を強く握り、地を蹴った。ボスを正面から叩きファーストアタックを取る。

 敵を奥へと誘導する。そいつの背が味方に向いた。よし、これでいい。

 するとボスの背後はがら空きになり、より味方が攻撃しやすくなる。それを見計らったかのようにアタッカー陣が攻撃を仕掛けた。

「ナイス誘導! 乱れ突きと乱舞をお見舞いするぜ!」

 ジーンは力強く、生き生きと槍を振るった。

「僕は歌をうたうよ。戦友の狂想曲ラプソディ

 フィオさんが弓を撫でる。すると、驚いたことに弓は弦楽器ハープに変化する。細い指先でかき鳴らされる弦。その旋律は、激しく、したたかでどこまでも自由だ。

 吟遊詩人はアタッカーでもあり貴重な支援職でもある。フィオさんの歌によって一時的であるが物理攻撃力が跳ね上がる。物理職の私やジーンに効果絶大だった。

「いい歌だね」

 私は素直に称賛した。

「お気に召した?」

 フィオさんは得意げ微笑む。

 戦闘はまだ始まったばかりである。

 半獣の魔法が猛威を振るう。青い炎が眩い光を放ち、目前で爆発した。私は盾を構え、衝撃に耐える。まだ大丈夫。何故ならば、リリィが差し込みでヒールを入れているからだ。流石ベテランヒーラーと呼ばれるだけあって鋭い爪が襲ってこようが、猛毒の息を吐かれようが、迅速に回復し浄化してくれた。あとは私がしっかりとヘイトを取り、痛い攻撃の時は防御スキルを行使し、みんながダメージを受けないようにすればいい。

 そんな時である。


「ん……?」


 半獣から鬼火らしきものが解き放たれた。その数、五つ。嫌な予感がする。

「その魂を倒すのよ!」リリィが叫んだ。「ジーン、急いで!」

「へいへい」


 ジーンが一つ一つ魂の核を壊していく。傍らでフィオさんが矢を放ち、そしてまた矢をつがえる。

「歌の効果はもう消えている。うかうかしてられないね」

「アタッカー陣、早く! 一体取りこぼしているわよ!」

 リリィの言う通り、一体の魂が棺のほうへと吸い寄せられていた。私はあいにくだが、ボスのヘイトを稼ぐのに精一杯だ。間に合うか!?

「疾風」

 フィオさんが狙いを定め、矢を放つ。

 矢は狙い通り、核へと命中する。緩やかに落ちてゆく鬼火。ああ――間に合った……かと思いきや、それは甘かった。クリスマスケーキの上に乗っているサンタの砂糖菓子より甘かった。

「おや、こりゃ仕留め損ねたかな……」

 ばつが悪そうに、フィオさんは呟いた。

 私はHPバーを凝視する残りHP1。で、出たー! 妖怪イチ足りない! 風前の灯火の如く、そいつは生き延びていたのである。

「うそだーー!」

 我がパーティの不運を呪った。


 棺に吸収されていく魂。

 がたがたと蓋が開き、その隙間から手がにゅっと出てくる。そういうギミックだったのね……泣きたい。


「お前の好きなやつでてきたな」

「好きじゃないし! むしろだいっきらいだ!」

 間髪入れず、ジーンに突っ込みを入れた。


「気をつけて! カノン君。そいつのタゲも取るのよ!」

「う……了解」

 私は嫌々棺から這いずり出てきたミイラの標的になった。

 何度か傷めつけてみるが、一向にHPが減らない。私がもたもたしてるうちに、そいつは四つん這いになって私の両足首を掴んだ。

「ひっ」

 思わず情けない声が出てしまった。

「ジーン、フィオさん。そいつを倒して! そのまま生かしておくと厄介よ」

「うるせえ。わかってんだよ」

「もちろんです」

 涙目になりながらも必死になってひたすら身体を捩ってみたが、びくともせず。

 アタッカー陣がミイラを倒すまでの間、同時にボスの攻撃も受けなくてはならない。怖い。だけど、そこはじっと我慢だ。いつかは終わる。

 足首を掴む手がようやく消えた。


「よし」

 私は息を吐き、ボスと向き合った。あとはこいつだけ。

 しかし、今度は珍しくフィオさんが叫んだ。

「二人とも、今すぐ離れて! 範囲魔法攻撃がくるよ!」

「はあ!?」

 私とジーンの声が被さる。

 ボスを見るとすでに詠唱は始まっていた。駄目だ。間に合わない。

 せめてジーンだけでもと思い、私は力を込めて彼を突き飛ばした。


 ジーンはすぐに振り返って私を見た。スローモーションになったみたいに、その瞬間はひどくゆっくりに感じたのだが、私としては彼の驚く顔をしっかり拝めたので清々していた。私はニヤッと笑い「ざまあみろ」と悪態をつく。

その時に見開かれた彼の眸は夜空に浮かぶお月様みたいに綺麗で、とても印象的だった。


 敵が詠唱を終えると、刺すような雷光が一帯を駆け抜けていった。直にそれを受けた私はひとたまりもなく、目の前は真っ暗になる。一時的行動不能――気絶スタンしてしまったのだ。もちろんそれはあくまでゲーム上の出来事なので問題はない。


 やれやれ、やってしまった。

 回復役のリリィがいるから大事には至らないとは思うが……。ボスの残りHPは僅かだったし、何とかなるだろう。ジーンはともかく、ベテランが二人もいるのだ。


「おい起きろ!」 


 しばらくして、ジーンに叩き起こされた。瞼をそっと開けると、金色の眸とばっちり目が合った。私は彼の腕に抱えられていた。

「ん……ジーン。大丈夫?」

「それはこっちの台詞だろ。俺はぴんぴんしてる」

「敵は?」


と私が尋ねると、ジーンが「はぁあ。お前なあ」と言って深いため息をついた。


「倒したっつの。だから心配すんな」


彼の安心しきった顔を見て、戦闘が滞りなく無事に終わったのだと悟る。


「そっか、よかった。無事なら、いい……。あーあ。一緒にクリアしたかった、なあ」


 どうせならちゃんと立った状態でクリアしたかった。私はとても残念に思い、笑った。

 お前なあ、とジーンが呆れたふうに言う。


「お前なあ、ギャップ激しすぎんだよ。かわいくねーと思ったら意外とかわいいところあるし。お固いやつだなって思ったらなんだよ、ふにゃふにゃした顔しやがって。ツンデレか? え?」

「はあ」


 わけがわからない。しかもふにゃふにゃって何だ。つまり頼りないってことだろうか。さっきまでのびてたし。ミイラにビビってたし。だけど、かわいいって言われると少し反応に困るというものだ。なにせこの姿である。彼は私を男だと認識してるはずなので、弟分扱いされたのかもしれない。


「うん。ちょっと情けなかったかも。次は立ってクリアしたい。頑張る」

「いや、そういうことじゃなくてだな……」

 ジーンは物言いたげに口をもごもごしていたけど、「もういいや」と言って私の頭を撫でた。


 「お疲れ――カノン」





 

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