11.日常
ごほん、とフィオさんが気まずそうに咳払いをした。
「お取り込み中に申し訳ないんだけれど、そろそろダンジョンを脱出しないかい?」
しまった。和やかな雰囲気で忘れがちだがここはダンジョン内である。
「すみません。気が抜けてしまって。一刻も早くここを出ましょう」
私はジーンから身を離した。リリィが遠くで「カノン君こっちよ」と大きく手を振っている。彼女の脇には祭壇がある。メインストーリーを進めるには祭壇を調べなくてはいけないらしい。
リリィの傍まで駆け寄ると、彼女は誇らしげに微笑んで抱きついてきた。
「初ダンジョンお疲れ様! ジーンを庇ったんでしょう? かっこよかったわよ」
「ううん。みっともなかったよ。結果的には何もできないまま倒してもらったし」
「違うわよ、カノン君」
ぴしりとリリィが言い放つ。
「一時的に動けなくなったとはいえ戦闘不能にはなっていないから出荷ではないわ。紛れもない、カノン君自身の力で掴みとったものよ。もちろんメンバーありきのクリアだけれど、きちんとカノン君が役目を果たしてこそそれは成り立つのよ。それに、いちいち気にしていたら身が持たないと思うわ。特に盾役は風当たりが強いから、下手に出ているとアタッカー陣に舐められるわよ。戦犯扱いされたら元も子もないし……。どんと構えてなきゃ!」
「う、うん」
出荷? 戦犯? 聞き慣れない言葉に私は困惑する。それをよそにリリィがうんうんと大きく頷いた。
「盾はね、図太いくらいがちょうどいいのよ。それでいておおらかだとなお良いわ」
はあ、と私は気の抜けた返事をする。一気に言われるとよくわからないが、要するにあまり気にするなってことだろう。これは現実ではない。あくまでゲームなのだ。私はコアなゲーマーではないし、ましてや本日で二日目だ。最初から何もかも出来る方がおかしい。一生懸命やるのは結構だが、切羽詰まってやるよりは楽しまなきゃ損だよな。
「ありがとう。リリィ」
礼を言うと、どういたしましてと彼女は言う。
「さて。カノン君はメインストーリーを進めなきゃね。それが終わったら帰るわよ」
私は頷いた。
メインストーリーのイベントを終え、無事帰還した私たちは街の広場で解散した。ジーンと一緒にギルドへ赴き、報告を済ますと私はすぐにログアウトする。明日は平日。学校に行かなくてはいけない。
瞼は重いというのに、その夜は案の定ミイラのせいで上手く寝付けなかった。朝日が昇り、カーテンの隙間から光が差し込んできたのを見て気を失ったかのように眠りにつくがそれは束の間だ。一時間後に目覚まし時計が地獄の使者の如く私を起こしにかかる。現実は常に無情で容赦がない。
本日何度目かの欠伸を噛み殺し、船を漕ぎつつ数学の授業を終えた頃。
ノートには途中まで計算した跡と書いた覚えのない謎の象形文字が記されていた。気を付けたつもりだが寝言とか言ってないだろうな、とどきどきしたけれど誰も授業中の事に触れないので特に問題はなかったのだろう。というかそう思いたい……。私はそそくさとテキストとノートを机にしまいこんだ。
「小泉ィ。お客さーん」
佐々木佑香が間延びした声で私を呼んだ。教室の入り口には佑香と、もう一人見知った顔があった。
「ああ。昨日の」
体育の授業で倒れた少女だ。私は席を立ち、入口まで歩く。
傍まで来るとそわそわと彼女は居心地悪そうに佇んでいた。あの、とかええと、とか遠慮がちに私の顔を見ては目を逸らす。その挙動のせいでクラスメイトの好奇の視線を思う存分浴びる羽目になる。不躾な目で見るなよな、と私は内心毒づいた。
「体。大丈夫?」
少女はこっくり頷く。
「う、うん。昨日はありがとうね。重かったでしょう?」
「ん、別に。気にしないで」
そこで会話は途切れた。ああ、ちょっと素っ気なかったかな。だけどこれ以上何を話せばいいのだろう。私は口下手なのだ。一人で悶々としていると、少女は可愛らしくラッピングされたピンクの小包を差し出してきた。ふわりとほのかに甘い香りがした。
「あの、ね。家庭科の授業でお菓子、作ったんだ。小泉さん甘いもの食べられる?」
「甘いもの、スキだけど……」
「よかったあ。もしよかったら受け取って」
「あ。ありがと」
特に拒否する理由が無いので素直に受け取った。少女は顔を綻ばせ「じゃあ、戻るね」と言って自分のクラスへと帰っていく。その後ろ姿が遠ざかると佑香がにんまりと悪餓鬼のような笑顔を浮かべ、私の手からピンクの小包を奪い取った。
「さっすが小泉。モテモテじゃーん。おーい野郎ども、見てるー? 息してるかー?」
「小泉、マジ男の敵。去年のバレンタインのチョコだけでは飽き足らず……。惨い。惨すぎる……」
「ぜってーあの子小泉に恋してたって。何で小泉ばっかり……くそっ」
どこからともなくギャラリーが湧き、負のオーラをまき散らしている。矛先はもちろん私である。
佑香この野郎。勝手に男子煽ってんじゃねえよ。昔っから彼女は余計なことをして私を困らせた。そのたびに周りにからかわれ、皮肉を言われ続けてきた私は紛れもない被害者で、やつはそれを楽しんでいる。いったい私が何をしたというのだ。佑香から小包を奪い返し、ギャラリーを追い払う。
「見世物じゃないんだから。散った散った」
「えーつまんねえの。ノリ悪いよぉ小泉」
佑香がぷっくりふくれっ面を作るが、全然可愛くない。私は思いっきりその頬を掴む。
「なんか言ったか? ん?」
「いひゃい! 小泉変形する! 変形するからやめてえ」
「ジュースおごってくれたら考えなくもない」
「オーケー! ジュースおごっちゃる、この佑香様が! コーラでどうだ!」
んー、と私は考える。
「今日はレモンティーの気分なんだが」
「オマエ、図々しいね!? いだだ急に力入れるのやめて! わかった。レモンティーで手を打とうではないかっ。だから離してぇ」
佑香の頬から手を離す。「もうお嫁に行けない……」と彼女は頬をさすりながら泣きごとを言うけれど、私の場合、風評被害でお嫁に行くどころか彼氏すら出来ないんですがね。こっちが泣きたい。愚痴っぽくなってしまうが以前仲良かった男友達の片思いの相手(女子)に告白され、その現場を当人に見られてしまったという修羅場をネタにされた日には登校拒否しそうになった。それだけにやつの罪は深い。
それにしても何故女子が寄ってくるのだろう。スカートはきちんと穿いているし、髪だって肩までの長さだ。どこからどう見ても私は女だろうに。
「女子力が足りないのだろうか……」
ふと、思ったことが口に出た。
「小泉ってさあ、自覚ないよねえ。見た目に無頓着っていうか。一度身の振り方考えた方がいいよー?」
佑香が気だるげに言う。
何だよ身の振り方って。むむ。
「ま。わからないままのほうが私は楽しいし? 素がイチバンだよぉ」
尤もらしいことを佑香が言う。私は頷く。
「それはそうと、佑香。レモンティー」
「ふぇ」
「え? さっきいったこと、忘れたとは言わせないよ」
佑香がじとりと私を睨んだ。
「ほんと図太くなったよねぇ。小泉……」
あんたには負けるがな。と私は内心突っ込みを入れた。
ちなみに少女からもらった小包の中にはカップケーキが入っていた。なんだかんだ言いつつも他人からの贈り物はうれしい。
そういえば、あいつも喜んでいたっけ。いけすかないあの男の明け透けな笑顔が脳裏を掠めた。




