12.イノセント・ブルー
ログインすると目の前に見慣れた姿があった。
ばっちり目が合ったので向こうは片手を上げ「よぉ」と短く挨拶をしてきた。不意を突かれた私は声を裏返しながら挙動不審に「ぅおう!」と返事をする。
「おい、声裏返ってんぞ」
ジーンがにやつく。
「そりゃあびっくりするよ。ずいぶんと早いインじゃないか」
「おー。今日は休みだったからな。にしてもよぉ、お前いつもこの時間なのか? うらやましいこった」
と、このとおり初っ端から憎まれを叩く私たちであったが、ジーンが「ところで」と唐突に話を切り出した。
「お前、暇ァ? ちと俺フィオさんに用があんだわ。ついでに来る?」
「はあ。いったい何の用事だ」
「そりゃあ決まってんだろ。ギルドだよギルド。入れてもらおうと思ってんの。俺もお前も初心者だし、入っておいた方が得じゃねえか」
「これまた急な」
「世話になったんだし入ろうぜ。これもまた何かの縁だ」
彼が見せた律儀な一面に驚きを隠せなかった私は、みっともなくぽかんと口を開けた。おっといけない。
この手の強引さは嫌いではないけれども、なんとなく現実世界の友人佑香に似ているような……。まぁいいや、こうなったら流れに身を任せよう。そうとなると決断は早かった。
「フィオさんとは長い付き合いになりそうだしな。一緒に入ってやる」
「そうこなくっちゃな」
善は急げである。ジーンはすぐさまフィオさんと通話を始めた。
隣でジーンがフィオさんにアポイントメントをとっている最中、手が空いていた私はちらちらと視界に入る魅惑の尻尾を目で追っていた。触ってくださいと言わんばかりに揺れるそれを、無遠慮にむんずと掴む。「ひょわっ」とジーンが奇声を上げた。なにすんだよてめえ、身ぐるみはがすぞと不穏な言葉が飛んできたが私は構わず尻尾を撫でた。
ふわふわもこもこしているものに目が無い私の格好の餌食となったジーンはフィオとの通話中不機嫌そうに目を眇め、今にも刺しかねない勢いで私を睨むのであった。
そして通話が終わるやいなや、彼は私の両肩を掴む。
「カノンちゃーん。やめようね? 俺の堪忍袋の緒が切れる前にィ」
「ただ撫でてるだけじゃないか。……駄目?」
私は小首を傾げた。
「駄目に決まってンだろぉ! 尻尾触られるとゾワゾワすんだよ。この感覚慣れねえったら……」
彼曰く、耳を触られるよりもこそばゆく、非常に敏感なところなのだそうだ。お手軽にもふもふ出来るかと思ったが残念である。私は渋々手を引っ込めた。
そして、問題なくアポイントが取れたということでジーンとともにフィオさんがいるハウスに向かうことにした。
教えてもらった座標へ転移すると門の前でフィオさんが待ち構えていた。
昨日会ったときと同じやわらかな笑みを浮かべ「どうぞ中へ」と言って家の中に案内された。不機嫌そうに眉間に皺を寄せているジーンとは社交性が雲泥の差である。ほんの少しでいいから愛想というものを分けてほしいと思う。しかしかくいう私も無愛想な人間なので人の事をあれこれ言えた義理ではないが。
リビングに招かれ、流れるような動作で椅子に座らせられた私たちは丁重にお客様としてのおもてなしを受けることになった。目に優しい色調の家具が並び、テーブルに飾られている小物は手作り感があってかわいらしい。ところどころにさりげなく観葉植物が置かれており、カフェ風の落ち着いた雰囲気を醸し出していた。家主の温かい心遣いが感じられる。
「カモミールティを淹れてみたんだ。これでも飲んでゆっくり話そうじゃないか」
テーブルに三人分のティーカップが並べられる。それから、フィオが思いついたようにキッチンからクッキーを持ってきて小皿に盛りつけた。「チョコチップクッキーと胡桃入りクッキーなんだけど……食べられるかな?」
私は頷いた。
「どちらも大好きです」
よかった、とフィオさんが笑う。
「早速本題入るんだけどよ。俺たちをフィオさんところのギルドに入れてくんねえ?」
「うん。さっきも聞いたんだけど、本当にうちでいいのかい? 他のところを見てから決めてもいいんだよ」
「あー、それなぁ。考えたけど探すのめんどくせぇし、大所帯は嫌いだし……知ってるやつのところに入るのが安心だろ?」
なあ? とジーンは隣に座る私を小突いた。
「まぁ……ジーンの言うことに同意です。それと、私は初心者だしフィオさんみたいな経験者が傍にいてくれたら心強いと思って。あと……」
「あと?」
フィオさんがオウム返しをする。
「あと、すごく楽しかったんです。またみんなとパーティーを組みたいと思った。これからもきっと、たくさんお世話になると思います……だから。私たちを入れていただけませんか?」
ティーカップを手に取り、私はカモミールティを口に含んだ。じんわりとカモミールの香りが口内に広がる。とても落ち着く香りだ。カップを回し、しばらく香りを楽しんだあと、私はカップをそっと静かにソーサーへ置いた。
「ふふ。うれしいよ、君たちみたいないい子が入ってくれるなんて」
フィオさんがクッキーに手を伸ばし「聞いたかい? 新しいメンバーの仲間入りだよ」と誰かに話を振った。
後ろから黄色い歓声が上がった。私とジーンはぎょっとして思わず振り返る。そこには二人の男女が立っていた。
「きゃーー!! やだぁ、二人ともかわいこちゃんじゃなぁい。アタシこっちの子が好みーィ」
と一人はジーンに抱きつき、もう一人は、
「ついにウチらに後輩が出来るとはなぁ。しっかり教育せなあかんな」
にやっとした笑顔で私に握手を求めた。私はその小さな手を握る。
この人たち、いつのまに後ろにいたのだろう。
呆気に取られているとフィオさんがにこにこと彼らの紹介を始める。
「紹介するよ。テディとアンナだ。テディはヒーラー、アンナはアタッカーだよ。わからないことがあればなんでもきくといい」
フィオさんが男女に目配せをした。我先にと男が身を乗り出す。
「テディでーす! アイドルやってます。よろしくねん」
テディと名乗った人は、艶やかな小麦色の肌をしたベリーショートのストロベリーブロンドを持つヒュームの男性だった。そう、どこからどう見ても男である。立ち振舞いや言葉遣いこそ女性的ではあるが。
彼はジーンにしな垂れかかり、挨拶と言わんばかりに肉厚でセクシィな唇をジーンの頬に落とした。ちゅっと軽やかなリップ音を響かせたのと同時に、ジーンの精神ががらがらと崩壊していく音も聞えたような気がする。
「テディやりすぎや。新入り思いっきりドン引きしとるやろ。せっかくギルドに入ってくれるのに即抜けされたらどうすんの。あ、ウチ、アンナっていいます。よろしく」
ぺこりとお辞儀をされた際、ピンクのツインテールの髪がふうわりと揺れた。
アンナと名乗った小柄な少女の耳を見るに、おそらく種族はフィオと同じエルフだろう。愛らしい容姿とは裏腹に剣呑な雰囲気を纏いながら辛辣な言葉と視線をテディに送る。可愛いのに、怖い。小さな少女からの視線をテディはものともせず、やれやれと肩をすくめてみせた。
「あんたこそさぁ。その見た目と中身のギャップどうにかしたほうがいいわよ? 口開けばおっさんみたいなことばっかいってるじゃない。それだからロリババァだとかネカマだとかいわれるのよ」
「うっさい! これでもまだまだ若いし、花も恥じらう乙女やで。オカマなんかにいわれとうないわ」
「オカマって失礼ね! オネエっていいなさいよ」
「どっちも同じやろ!」
ぎゃいぎゃいと目の前で口喧嘩がおっぱじめられ私は仲裁に入るか傍観を決め込むかで考えあぐねいていた。助け船を出してもらおうと、フィオさんに視線を送ってみるが彼は相も変わらず静謐な湖畔のような目で彼らの様子を見守っていたのだった。
「いつもこんな感じで騒がしいけれど、そのうち慣れるさ」
フィオさんは言う。
「ええ」
私は頷く。
「改めて自己紹介をさせてもらうよ。僕はフィオ=エルスター。ギルドマスターをしています」
アナウンスが流れ、画面に文字が表示された。
『フィオ=エルスターからギルドへの勧誘を受けました。勧誘を受けますか?』
答えは勿論イエスだ。私は迷うことなく受け入れた。
『カノン=アンデルセンはイノセント・ブルーに加入しました』
フィオさんは微笑んだ。
「ようこそ『イノセント・ブルー』へ! 僕たちは君たちを大いに歓迎する」




