07.エルフの青年フィオ
パソコンを立ち上げ、ヘッドギアを被りアンジェリカオンラインにログインする。
さゆりの言う通り、メールボックスを確認してみると新着が一件届いていた。相手は言わずもがなリリィだ。件名には『盾ができました』と書いてある。
本文を開き、ざっと目を通した。
『カノン君へ。
ついつい勢いに任せて誘ってしまったけれど、どうかな? 楽しんでもらえたかな。
私はね、カノン君と一緒に遊ぶことができてうれしかった。もしよろしければこれからも遊んでください。そしてまた、昔みたいに仲良くしてください。
あと、約束の品ができましたので添付します。ついでに倉庫に眠っていた防具も贈ります。(私は見ての通り魔法職だし、使わないのよ)
それではまた。リリィより』
『アイテムを受け取ります。よろしいですか?』
迷うことなくイエスを選択する。
アイテムを受けとり、そっとメールボックスを閉じる。せっかくだし、もらった防具に着替えてみよう。
「ん。HP増えた」
初期装備の軽装から一新して、胸当てのついたサーコートにタイトな皮のパンツ。剣が握りやすいように指の部分が露出している手甲。膝下の長さだったブーツは今では膝上まで成長を遂げた。そして約束の品、盾を装備して完成だ。
しかしまあ……ゲームだからいいけれど夏に見かけたら暑苦しいよな、この格好。
とはいえ防御面が一気に上がったし、これで思う存分安心して前衛ができる。
リリィにお礼のメールを書かなくては。
『ありがとう。しっかりと装備を受け取りました。おかげでしばらく装備に困らなさそうだ。ところで今は無料お試し期間だが、期間終了後も続けていこうと思う。これからもよろしく』
我ながら味気のない文章だと思う。誤字脱字がないか確認し、送信。
さて、新しい防具で気分が上がったところだし、楽しみにしていたメインストーリーを進めようではないか。
物語の導入部について。そもそも、私たち冒険者はそれぞれの夢または野望を叶えるため大陸アンジェリカに足を踏み入れた、という設定だ。その設定のもと、物語は展開されてゆくのだが……。
女神アンジェリカが守護するこの大地には多くの伝承と文明の跡が残されている。その一つにアーティファクトと呼ばれる古代遺産がある。
滅びた文明の単なる道具にすぎないが、中にはとてつもない力を秘めたものや歴史的資料になるものがあるため、多くの冒険者がこぞってアーティファクトを求めるのだ。
冒険者の支援、管理、育成を目的とした団体及び機関を総じて冒険者ギルドと呼ぶ。まず、冒険者としての活動をするにはギルドに登録するのが義務付けられており、そこから受注できる依頼をこなしていくとより危険度の高い依頼が舞い込んでくるわけである。
その中にアーティファクトの調査もあるので、物語を進めるにあたって多くの依頼をこなしランクを上げる必要がある。
あれこれしているうちにプレイヤーである私たちは、アーティファクトをめぐる数多の陰謀に巻き込まれていく……というのが主なストーリーだ。
これはあくまで一般的にゲームをするための本筋であり、遊び方は人それぞれである。戦闘そっちのけで生産職を極めるもの(これはある程度戦闘職を上げる必要があるが)、採取をするもの、いやはや会話がメインだというものもいる。ようするに本人の自由だ。
今日はNPCの騎士っぽいキャラが私の前に立ちはだかったところで留めておいた。続きはまた明日にしよう。
もう一つ、やりたかったことを消化する。
生産職を上げようと思う。
「調理でいいか」
昨夜、寝る前にスタートブックをみて決めたのだ。
調理品を食べると、一定時間ステータスアップの恩恵が受けることができる。
つまり、効果によっては戦闘を有利になる。食べてよし、売ってよし、プレゼントにしてもよし。消費するものだから気軽に他人に贈れるし。そんなわけでまずは調理道具を購入だ。
市場を物色しながら回り、お目当ての道具屋へ辿り着く。
店員に話しかけ、私が装備できる調理器具を選んでもらった。
「こちらでよろしいでしょうか」
私は頷く。
金額にして、200マルク。私は硬貨を店員に渡す。マルクとはアンジェリカでの金の単位である。今の所持金は1520マルク。残り1320マルクとなった。
ふむ、あとは材料か。
昨日倒したブラッディベアからドロップしたベアの肉を使った料理にしようと考えていた。
調べたところ、ブラッディベアサンドというものが作れるとの事だったので、その残りの材料を探すことにした。少々名前がおどろおどろしいがHPとクリティカル発生率、経験値獲得率が僅かに上昇するので作って損はないだろう。
「ええと。材料は……クルックの卵に、ジューシートマト、フレッシュレタス。ふんわりブレッド」
ほとんどが市場でお求めやすい金額で出回っていたため、比較的財布に優しい買い物ができた。ただ、一つを除いては。
「クルックの卵。なんでこんなに高いんだ?」
一つ、100マルク。現在の所持金860マルク。六つ使いたいので合計にして600マルクだ。これでは一気に財布が寂しくなってしまうではないか。
どうしたものかと店の前で購入を渋る私。その様子を見かねたのか、通りがかりのエルフの青年がぽろっと耳寄りな情報を口にした。
「ああ、クルックの卵ね。フィールドに出て狩るのが一番いいんじゃないかな。ここだと、東の門をくぐってすぐに森がある。そこに生息しているよ」
それも具体的に。親切に。
「クルック自体は臆病でそんなに強くないし、君のレベルだと楽勝だろう」
「ありがとう」
私はお辞儀する。青年はどういたしましてと人の良さそうな笑顔で返す。
よくよく見ると、とんでもない美丈夫だったことに私は気付く。
長く艶やかな亜麻色の髪。丁寧に後ろで纏められているけれど、風が吹こうものなら、さらさらと音が聞こえてきそうだ。
眼鏡の奥に潜むは知的な輝きを宿した灰色の眸。今は上品に細められている。
ゆったりとした若草色のチュニックの上からでも想像出来る、しなやかな肉体。細やかな刺繍が施されたマントを羽織っており、その肩には弓が担がれている。吟遊詩人だと一目でわかった。
「実は下心があって声をかけたんだ。君、初心者だろう? うちのギルドに入らないかなあって。どうかな」
「ギルド……? 冒険者ギルドにはもう登録済ませたが」
私は丁重に断ったけれど、青年は「んーん」と首を振った。
「君のいうギルドとは違うギルドだよ。プレイヤー同士の交流メインのギルド。わかりやすくいうと、サークルとかそんなかんじかな。うちはライト勢ばかりだから初心者の君にはうってつけだよ」
「ふむ」
私は考えた。正直なところ急にそんな話題を振られても判断しかねる。
ここは無難に「時間が欲しい」と答える。
「じゃあさ。フレンド申請させてよ。考えがまとまったらでいい、連絡もらえないかな。まあ、入るにせよ入らないせよ、お誘いならいつでも駆けつけるよ。友達として、ね」
「わかりました」
こうして私たちは友達になった。
彼の名は、フィオ・エルスターという。のちに私の良き相談相手、良き理解者となる人物なのだが、そうなるに至るまで、少し時間を要することになる。




