26.科学者は完成された世界の夢を見る(1)
フィオさんから「現地集合で」と言い渡された私は、ソランと共に件の研究所前まで転移した。
ジーンとフィオさんはもうすでに到着していて、私たちの姿を認めるなり間髪入れずパーティー申請を飛ばしてきた。その勢いに少し気圧されながらも、ポップアップされたメッセージを目で追う。内容はこの通りである。
『フィオ・エルスターからパーティー申請がきています。承認しますか?』
無論、イエスだ。それ以外の選択肢はない。
承認すると視界の隅にパーティー一覧が表示され、計4名の名前がずらりと並んだ。私はそれらを回復の優先順位が高い順番に素早く並び替える。
『カノン・アンデルセン
ソラン・クロウ
ジーン・キッドマン
フィオ・エルスター』
「これでよしっと」
準備が整ったので、集った顔ぶれを眺めようと近くまで歩み寄る。
その時、私は気付いた。彼らは揃いも揃って体格が良く、それぞれ違ったベクトルで人間離れしていることに。
もふもふムキムキ担当であるジーンは相変わらずデカくて獣じみているし、魔王の如し出で立ちのソランは身長もまた魔王級で、ぱっと見た感じだと2メートル近くある。細身のフィオさんですら、ジーンと並ぶくらいの背丈だ。つまるところ、私が一番チビだった。
参考までに我がアバターの身長は現実に合わせて175センチに設定しているのだけれど、皆少々盛り過ぎではなかろうか。
「おい、見事に野郎ばっかじゃねーか。女子が一人も居ねえとか聞いてねえぞ」
「知らないよ。勝手についてきたのはそっちだろ」
ソランの期待とは裏腹に、本日は清々しいのくらいメンズデーだ。さらっと私を野郎枠に入れた罪は重い。
「君があの<ワールドエンドのソラン・クロウ>か。お手柔らかに頼むよ」
フィオさんが人好きのする笑顔で言った。
「ふん。そいつはアタッカー次第だな。チンパン野郎は容赦なく見捨てるぜ。悪く思うなよ」
ソランの辛辣な態度に私は思いっきり顔を顰めた。
「おまえさあ。なんでそういう言い方しか出来ないわけ? 感じ悪いぞ」
「うっさいなぁ。俺はコミュ障で不器用なの。それくらい察しろ」
「不器用の域超えてるっての。この阿呆」
世間ではそれを他力本願というのだ。
フィオさんは「噂どおりだなぁ」と苦笑し、
「君さ、掲示板に晒されてるのはもちろん知ってるよね? あんまりひどいようだと運営からお叱りを受けちゃうし、最悪垢BANもあり得るんだよ。少しは身の振り方考えなさいな」
とやんわりと諌めた。
「ハァ〜? 不正とか迷惑行為してんならともかくさぁ。俺は正論しか言わない。それのどこが悪いってんだ。下手に情をかけるからクリアできるのもできなくなる。エンドコンテンツなめんなよ」
嘲るような口調でソランは言った。大したご挨拶である。
そんな鼻持ちならない彼の態度に業を煮やす者がいた。ジーンだ。
「いけ好かないやつだな。いっちょしめるか」
言い分はごもっともだが、普段の破天荒ぶりを鑑みるとジーンだって他人のことはいえないし、そもそもここは表である。
「ジーン、落ち着け。いろいろと問題あるヤツだけど根っからの悪人ではないんだ。多めにみてやってよ」
「はっ、だいたいの人間はそうだろうよ。だが俺にゃあ見過ごせねえんだ。お前もお前だ。アイツの肩を持つなんてらしくないぜ」
「らしくないって何だよ。お前こそらしくないじゃん。ヤキモチか?」
「ばっか、ちっげーよ! 誰が焼くかっ」
毛を逆立てながらギャンギャン喚き散らすジーンを私は適当にあしらう。
やっぱかわいくねぇだの絶対泣かすだの滅茶苦茶なことを言われたが、そんなの知らんぷりだ。
「はぁ……これ以上言っても拉致あかねえし、もういいわ。ところでお前さん、ヒーラーなんて出来んの?」
散々喚き散らして気が済んだのか、ジーンが本題を切り出した。
「さあね。こればっかりは実際やってみないとわかんないよ。いずれにせよ無茶は禁物だぜ? 無回復スキル持ってるとはいえ回復量は本物のヒーラーと比べたら雲泥の差なんだ。流石のお前でもわかるだろ」
あくまでも私は盾だ。MPだって他の物理職より多めだけれど、気休めみたいなもので無限じゃあない。立ち回り次第ではすぐに底が尽きるだろう。回復が出来なくなってしまえば最後、パーティーの全滅は免れない。被弾は極力避けたい。
かくして、今回の攻略の鍵はヒーラーの、つまり私のMP管理と言っても過言ではなかった。
「わーってるって。回復アイテム多めに持ったし、あとは成るように成るだろ。初めての変則パーティーなんだ。楽しもうぜ」
「もちろん。そのつもりだ」私はジーンの肩を叩いた。「あとは頼んだぞ」
「おう。任せろってんだ!」
ジーンは得意げに鼻を膨らませ、私の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「さて、お二人さん。これから攻略するのは初見殺しで有名なダンジョンだ。準備はいいかな?」
「準備は出来てますけど……その、初見殺しとは何なんでしょう」
「んー。それは見てからのお楽しみかなあ。なぁに、慣れればどうってことないさ。要は避ければいいんだもの」
フィオさんは事も無げににっこりと笑う。
「アンタいい根性してるよ。見たほうが早いっつうのには同感だがな。初心者ども、くれぐれも背後には気をつけろよ。持っていかれるぞ」
フィオさんの隣でソランが物騒なこと言った。
「ものすごーく嫌な予感しかしないんだけど。何で肝心なところぼかすのさ。ちゃんと教えてよ」
私は切々と訴えたが、経験者二人は曖昧な返事をするだけで具体的なことはまるっきり教えてくれない。脅かすだけ脅かしといてあんまりだと思う。
「往生際が悪いぜカノンちゃん。いい加減腹ァ括ろうや。別に命持ってかれるわけじゃねえんだしよ。男に二言は?」
「ううっ。ありません」
ついにはジーンに説き伏せられ、半ば引きずられるような形で彼の地へと乗り込むことになった。
こうして長い夜は始まりを告げ、戦いの火蓋が切られたのである。
重たい扉を開くと、広々としたエントランスホールが視界に飛び込んできた。
研究所内は不気味な静寂に満ちていて、ねっとりとした闇がこちらの様子を注意深く伺っている。
『彼ら』にとって私たちは研究所の安寧を乱す侵入者に過ぎない。
鬱々とした雰囲気にあてられながらも私は目を凝らして周囲の状況を探った。
「なあカノンちゃんよ。俺を盾にして進むのやめてくんねえ? 動きづらいんですけど」
「だだだって怖いんだもん」
「はいはいビビりすぎ。えーっと、今回のクエストは……引きこもり科学者の捜索と研究内容の調査だったかァ?」
「うん。要するにガサ入れだね」
ジーンの問いに、フィオさんが簡潔明快に答えた。
人里離れた山奥にひっそりと身を隠すようにしてこの研究所はあった。何やら最近良からぬ研究をしているとのことで、訝しく思った役人たちが調査に乗り込んだものの、その後誰一人帰らず消息が途絶えてしまったそうだ。
そんなこんなで冒険者ギルドを経由して調査依頼が舞い込んできたわけだが、情けないことに早くも腰が引けている。私は私自身にひどく失望した。
「意外だな。こういうの苦手なのか」
ソランがしみじみと言った。
「わ、悪かったな。だってしょうがないじゃん……苦手なんだもん」
「誰も悪いとは言っとらんだろ。ならばこうしよう。各自とっておきの暴露話をしながら進むんだ。気が紛れるし、おちょくるネタも増えるしで一石二鳥じゃん。どうよ」
「やだよ。笑い者になるのが目に見えてるのに誰が話すのさ」
「まあまあ。カノン君。ここは彼の話に乗ってみようじゃないか。お互いのことを知るいい機会だよ」
私は耳を疑った。常識人のフィオさんが、あろうことかソランの提案を受け入れるだなんて。
「フィオさん本気で言ってます?」
「うん。本気です。何なら僕から話そうか?」
「オーケー。じゃあ、トップバッターヨロシク」
「う、嘘でしょう? ジーンも黙ってないでなんか言ってよ!」
「いーんじゃないのォ? 別に。それよりもどっちに進めばいいんだ。右か? 左か?」
「こら。誰が先頭に立てと言った。盾より前に出るんじゃない。これだからチンパン野郎は嫌いなんだ」
「あ? お前今なんつった」
「そこ! ギスギスすんの禁止っ。まったく……先が思いやられるよ」
エントランスホールを抜けて、わずかな明かりを頼りに一同は薄暗い廊下を歩く。
得体の知れぬ恐怖心は未だ私の中でねちっこく渦巻いていたけれど、最初の頃に比べたらいくらかましになってきた。
というのも、いつドンパチが始まってもおかしくないジーンとソランの様子に「私が止めずして誰が奴らを止めるのだ」と今更ながら妙な使命感と、新たな危機感を抱いてしまったのが主な要因である。
こんな湿っぽいところで仲間割れなんて御免だし、ぐだくだになって攻略が長引くのはもっと御免だ。私は一刻も早くここから出たいのだ。そのためなら、なんだってしてみせる。人はありとあらゆる局面でいかようにも変わってゆける生き物なのだ。
「舎利子色不異空空不異色色即是空空」
「大丈夫か、こいつ。急に念仏唱え出したぞ」
「般若心経だよ。だいぶ参ってるみたいだし君たちもほどほどにね」
「ほう。とうとうイカれたか」
失礼な。私はいたってまともだ。
「あっ。そうだ。とっておきの話なんだけど」
フィオさんが軽やかな口調で、おもむろに語り始めた。
「僕は以前、なんの謂れもなくGM部屋に連れていかれ、謂われなき罪に問われたのち裁きを受けた。これってものすごく不条理だと思わない?」




