24.我が矜持は気高き青為りて
リリィが加入して以来、ギルドはよりいっそう賑やかになり、何かと会話が絶えない日々が続いている。
そのせいか自然とギルドメンバーと絡む機会が増え、幾分かおしゃべりになった私は、ぽつらぽつらと自身の事を話すようになった。とは言っても最近はまってるお菓子だとか、気になる映画だとか、毒にも薬にもならないしょうもないことばかりだけど。
その変化を一番に喜んだのはフィオさんだった。
「カノン君、最近笑顔が増えたよね。おしゃべりもするようになったし。ようやく馴染んできたみたいで嬉しいよ」
「はは……。ありがとうございます」
私は返答に迷い、やや引きつった笑みを浮かべた。
どうやら心配されていたらしい。
恥ずかしい話だが、彼らの好意を一身に受けとめられるほど、私は素直なやつではなかったのだ。大事に大事に扱われるのは嬉しくもあったし、こそばゆくもあった。そして、それ故に負い目を感じていた。
少しでも彼らの恩に報いるため、私がとった行動といえばストイックにレベリングをしたり、自分なりに盾役の立ち回りを研究し、プレイヤースキルを磨いたりすることだった。
しかし、リリィがやってきて以来、その独りよがりはやめにした。時には好意を受けることも大事なのだと彼女に諭されたからである。
「謙虚と言ってしまえばそれまでなんだけど、僕たちにはずいぶんと遠慮がちだったし、よそよそしかったでしょう。これからはもっと頼ってよ。頼りないギルドマスターかもしれないけどさ」
「滅相もない。みんな親切なので、決まりが悪かったんです。今の私じゃあ何も返せないから……」
私がもごもごと口ごもっていると、フィオさんは「君ってば律義なんだな」と言って微笑んだ。
「返さなくったっていいんだよ」
「え……?」
「いいんだよ。気持ちだけで、じゅうぶん。そのかわり、困っている人を見かけたらさ、手を差し伸べてあげてよ。かわいい僕らの騎士。君にしかできないことが、きっとある」
「きっと?」
「そう。きっと」
フィオさんは力強くうなずいた。
「フィオさん」
私の唇は明確な意思を持って、彼の名を紡いだはずなのに、どうしてか声にならなかった。まるで魔法をかけられたみたいに、喉の奥へと引っ込んでしまったのである。
彼は小さな子どもを宥めすかすような仕草で、私の頬を撫でた。
その手は優しく、あたたかで。恥ずかしくてしょうがなかったけれど、不思議と嫌じゃなかった。
「昔から大好きだった本があるんだけれど、どういうわけか君を見ていると、ふっと思い出す。宝石箱をひっくり返したみたいな、綺麗な言葉が印象的で……ええと確か――いちばんたいせつなことは」
フィオさんはそこまで言いかけて、はっと口を噤んだ。
「やっぱ今のなし! だって僕、変だもの。なんだか恥ずかしくなってきた」
「変じゃないですよ。ちょっと変わってるけど」
「うわぁ。たった一言ですごい矛盾。君の発言って、時々切れ味抜群だよね」
「そりゃどうも」
奇妙な掛け合いに区切りがつくと、フィオさんは「ここだけの話なんだけど」と急に声を潜めた。
「このままだと僕の沽券に関わるから、言うね。僕おっさんじゃないから」
「ええぇ……何なんですか。藪から棒に。この前アンナさんに言われたこと、相当根に持ってません?」
「そのとおり。僕はひじょーーに傷ついている。だってまだ二十七歳だよ? ピチピチの二十代にむかって、おっさんはないでしょう」
新事実が発覚。なんと、フィオさんは二十七歳だったのである! この状況で私の十個上ですね、などと口走った日には二度とバフをかけてもらえなくなる恐れがあるので「仰る通りです」と慎重に同意したのだった。
だってフィオさんの目、本気だったんだもん……。
ちらりと時計を見ると、時刻はすでに午後の九時を回っていた。フレンドリストを展開し、私は数少ないフレンド情報を確認した。待ち人の名前は依然としてオフラインであることを示していた。
「ところでジーンはいつ来るんだろう。いつもならとっくにログインしてるのに」
「まだ仕事中なんじゃない? 彼、営業さんだしなにかと忙しいみたいだよ」
「営業? アイツが?」
またしても新事実が発覚。ジーンはれっきとした社会人だったのだ。しかも営業ときた。
「世も末だな」
「言うねえ」
大の男をつかまえてひどい言い草かもしれないが、今までの行いを考えるとにわかに信じ難い。
傍若無人唯我独尊。空気なんてぶち壊してなんぼのアイツに、営業職が務まるなど到底思えないのだ。
「お忘れですか? 我々が受けた数々の仕打ちを。己の快楽のためにパーティーメンバーの身を危険にさらした挙句、いらん戦闘を増やした男ですよ? その後も廃坑とか、墓所とか妙にじめじめしたダンジョンに誘ってきては、経験値稼ぎと称して雑魚まとめ狩りを提案しだすわ、それはもう、蜂の巣をつついたような地獄絵図でしたよ。リリィがヒーラーじゃなきゃ死んでた。あと、アンデッド系はもううんざりです」
「いやぁ。まとめ狩りの件はアンナから聞いたよ。悲しい事件だったね。僕も見たかった」
「同情と見せかけてそれかいっ。とにかくですね、僭越ながら物申しますが、あんな規格外な男が客商売だなんて想像つきませんよ」
アイツがサラリーマンだなんて、柄じゃなさすぎる。
「そうねえ。彼、飾らなさすぎるというか、ちょっと突き抜けたところがあるものね。そういう意味では君と同じ、『混じり気がない』人間だ。こんな世の中じゃ、さぞ生きにくいだろうね。だけど……」
「だけど?」
「僕たちは常にどこかに属し、その枠に身を置いて生活している。当人が望んでいようがいまいが、満足していようがいまいが関係なしにね。枠の中は安全かもしれないけれど、人によっては窮屈に感じるだろう。しかし、だからといって安易に出ていくわけにもいかないのさ。枠から外れた人間てのはそうそう生きてはゆけないからだ。ありったけの自由はそのぶん孤独がつきまとう。死の病みたいに、ぴったりと忍び寄ってくる。彼はそれをちゃんと理解している。彼なりに折り合いつけて、なんとかやってるんじゃないかな」
今日のフィオさんはやけに饒舌だ。そして、やけに意味深長な口ぶりで謎めいた言葉を囁いている。
「『混じり気がない』がどういう意味かは、なんとなくわかりました。しかしあの男と一緒くたにされては、あまりいい気はしませんね」
ふん、と私は鼻を鳴らした。
「ええっ。褒めたつもりなんだけどなぁ」
「冗談です。フィオさんとは趣味が合いそうだと確信しましたし、また話し相手になって頂ければ幸いです。……私も、好きですから」
「えっ」
「――たいせつなことは目に見えない。ですよね? 身近なところにファンがいてびっくりです」
話題が合う人はそんなに居ないのだ。ついつい口元がほころんでしまう。
「参ったな。ほんとう、君には敵わない。こんなはずじゃあなかったのに」
「またまたぁ。フィオさんだって、ゆるふわ系の皮を被った策士じゃないですか。とてもじゃないけど敵いませんって」
「なぁにいってんの。この無自覚小悪魔はっ。ああ~早くこの子なんとかしなくちゃ。あとあと取り返しつかなくなるやつじゃんか……心配だよ。君、いったい僕をどうするつもりなの」
「えぇ……? どうもこうもしませんよ」
なんだろう。フィオさんの様子がちょっとおかしい。
「いいかい。良くも悪くも君は純粋なんだ。故に、イノセント・ブルーの名に相応しい。皮肉だがね」
「それって褒め言葉ですよ」
イノセント・ブルー。
無垢なる青。潔白の青。未熟な青。私は清らかで尊いこの響きを愛している。
野郎祭り序章。ゆるふわ策士おじさんから始まりました。おじさんは☆の王子さまが大好きです。




