22.最果ての恋人
とあるギルドでの出来事である。
ギルドメンバーの中でも、とりわけ仲が良いグループ内でオフ会をすることになった。誰の言葉が発端なのか今となってはわからないが、ごく自然な流れだったのだろう。
そして当日、男性五名と女性三名の計八名が会場に集った。場所は都心にあるアンジェリカオンラインの公式カフェ。その日は日曜日で、様々な客――休日仕様の冒険者でごった返し、満員御礼の大盛況だったとか。そんな雑然とした中で彼らは取りとめのない会話をしたり、ふざけ合ったりして親睦を深めていた。
「と、ここまでは普通なんだけど……」
フィオさんが私とジーンを交互に見た。
「大人数でカフェとか変な感じしねえ? 普通に居酒屋とかでいいだろ」
「人それぞれですからねぇ。あ、でもアンジェリカオンラインファンなら一度は行ってみるといいかも。月替わりのメニューとかあるし、展示品もなかなか見ごたえあるし、ってカノン君聞いてるかい。さっきから上の空だけど」
「ええ、ちゃんと聞いていますよ。どうぞお構いなく」
「本当? 眠かったらきちんと布団に入って寝なさいね。話ならいつでもしてあげるよ」
「眠くないです。続けてください」
先ほどの事故のせいで気が動転しているため、内容がきちんと頭に入るかどうかは怪しいが。
幸か不幸か、唇が触れあったのはほんの一瞬だったので、当人以外はただの転倒事故という認識だ。
それからというものの私はジーンと口をきくどころか、まともに顔を見ることすらできていない。自分が招いた結果とはいえ、非常に気まずい。
「オフ会は滞りなく円満に行われました。問題は解散後。オフ会に参加していた女子高生が行方不明になってしまったんです。彼女のご両親はすぐさま警察に捜索願を出しました。しかし、それから三日後、同じオフ会に参加していた会社員の男が住むマンションの一室で、少女は遺体となって発見されたのでした。しかも、遺体は一つだけではなくて、部屋の主である男の遺体もあったんだ。この二人はグループ内でも特に親密な仲だったみたいで、ニュースでは心中事件だのなんだのって報道されたけど……一部では、かなりきな臭い噂が立ってるんだよね」
「それってもしかして、例の『都市伝説』?」
離席していたリリィが戻ってきた。
「ずいぶんと長いトイレだったな」
「ほんっとデリカシー無いやつね。ついでに飲み物を取りに行っていたのよ」
「おかえり。ジーンは思ったことすぐ口に出るよね。少しはカノン君を見習ってみては」
「えーこいつ口に出さないだけで、めちゃくちゃ顔に出てるじゃん。普段はすかした態度してっけどよぉ。絶対むっつりだぜ」
「さりげに私をディスるのやめてくんないかな。あとむっつりじゃないから。……ああ、もう話が逸れた。ええと、噂、でしたっけ? それはリリィの言う『都市伝説』と絡んでいるのでしょうか」
私は話題を戻した。
「うん、まあそんなところかな。現在、アンジェリカオンラインでは三十二の世界が稼働していて、その中の一つに僕たちはリンクしている。だけど、巷ではそれが全部じゃないって囁かれているんだ。もう一つ、誰も知らない、隠された世界があるってね。仮にその世界を『最果て』と呼ぶとしよう」
「最果て」
私は呟く。
「みんな好き好きに呼んでるけどね。エデンとかエリュシオンだとかアヴァロンだとか」
「ああ、はい。つまりは理想郷を指してるわけですね。わかります」
そういった単語は心擽られるものがある。一種のロマンだ。
「その『最果て』に、死んだはずの二人が存在していたとしたら――どう思う?」
「それ、オカルトってやつですか」
「胡散臭ぇな」
私とジーンは怪訝な顔をする。
「だいいち、誰も知らない世界なんでしょう。矛盾してるじゃないですか。どうしてそんな噂が」
「ある日の昼下がり、某匿名掲示板に例の亡くなった二人が仲睦ましくアンジェリカ聖誕祭に参加している画像が突然投稿されたんだ。聖誕祭っていうのはアンジェリカオンラインの二周年記念のイベントで、特別な衣装がもらえたり、アイテムがもらえたりで期間は一週間あるんだけれど、二人が亡くなったのは聖誕祭の前。それに参加してるなんて、おかしいでしょう?」
えっと。それはつまり……。
私が唾を飲み込んだところで突然、ガシャン! と足元でグラスの割れる音がした。
「うっひゃああああ」
「あ、悪ぃ。手が滑った」
「て、手が滑っただぁ? お、驚かすんじゃねえよ」
「つうかお前動揺しすぎ。これだからお子ちゃまはよー。落ち着きねえのなんの。あとさぁ、ちゃっかりお兄さんの服掴むのやめてくんねぇかなー。まーた事故って恥ずかしい思いをしたいんでちゅかねーカノンきゅんはよぉ」
「うわぁああやめろぉお! いっそのこと殺してくれぇえ」
羞恥心でどうにかなりそうだ。もうこの際だから闇の炎でも業火の炎でも何でも良いので抱かれて死にたい。もしくはふわふわしたかわいい動物に癒されたい。
「仲良いねぇ二人とも」
「どうしよう、カノン君が壊れた」
「とりあえず落ち着きィや、カノンちゃん。話が進まんから」
「アタシも混ぜて~」
なんとか冷静さを取り戻した私は、身近にある唯一のふわふわ要素、ジーンの尻尾を断りなく掴んだ。「おい、俺の尻尾さわんなっ」とジーンは非難の声を上げたが私はそれを無視した。
先ほどまでの気まずい空気が和らいだ。
いや、そう思っていたのは私だけで、ジーンはとっくに切り替えていたのだ。むしろ気にしてすらいないのでは。
そうだ。私は男友達の一人としてカウントされている。ならば、このままでいいじゃないか。後腐れのない、単純な関係。彼が与えてくれる騒がしくも居心地の良いこの環境に身を置くとしよう。
「とまあ、掲示板に上がったその画像はいろいろと物議を醸したわけですよ。悪戯にしては性質が悪いからね。亡くなった二人のアカウントが使用された形跡はないし、良く出来た合成なのか、はたまたそっくりに作ったアバターなのか。アップロードした人が特定出来ないから、真実は闇の中だよ」
ティーカップを片手に、フィオさんは囁いた。
「様々な憶測が飛び交った。それはもう実しやかにね。隠された世界、謎の組織、その陰謀に巻き込まれた恋人たち。うーん。いろいろと妄想が膨らむよね」
「なるほど。それで『都市伝説』か」
「かーーっ、アニメの見過ぎだろ。まさかフィオさん信じてんのぉ?」
いやあ、ロマンじゃないですか、謎の組織! と言ってフィオさんは照れ臭そうに頬を掻いた。
「真偽はともかく、ちょっと神経質になっちゃったんだよね。カノン君高校生だし、ただでさえ運が悪そうなのに、変なやつに絡まれて事件に巻き込まれでもしたら僕、トラウマになりそう」
ただでさえ運が悪そうって。真っ向から言われると非常に傷つくな。というか、ものすごく聞き捨てならないのだけれど。
「あーでも、昔から変なやつに縁があったので慣れてます。その点は大丈夫ですよ」
不本意だが、昔に比べると随分と扱いには長けたものだ。主に佑香の。
「えっと、それは本当なのかい?」
「風評被害とか、うん。もう慣れましたし」
「あーあれね。カノン君ってその手の話題尽きないわよねぇ。ハーレム、だっけ?」
「リリィ、誤解を生むからその言い方はやめて。おかげでクラスの半分は敵みたいなもんだよ。いつか野郎に刺されるかも」
「すでに手遅れじゃねえか」
「やっぱり大丈夫じゃないじゃん!」
私は大袈裟ですよ、根も葉もない噂に翻弄されているだけなんです、と言ってフィオさんを宥めた。
「それならいいんカノン君が人並みに幸せを掴めるよう祈ってるよ」
「思春期の娘を持つ父親かっつうの。あと今余計な設定増やしたな。人様であんま妄想しすぎるの良くないで」
「あらぁ、妄想するだけならタダじゃない。心の狭い女はやぁねえ。その窮屈な感じが男を殺すのよ。わかる? 海のように広ーい心を持つアタシを見習いなさい」
アンナさんの顔がだんだん険しくなってゆく。どうやらスイッチが入ってしまったようだ。
「へえ~~? 旅行中のバリ島で男に騙された挙句、捨てられたやつはどこのどいつだったかな」
不敵にほくそ笑むアンナさんを傍らに、テディさんが思いっきり舌打ちをした。
「このクソ女! その話は内緒だってあれほど言っただろうが! フィオちゃん、こういう性悪女とは絶対付き合っちゃだめよ。綺麗なあなたが毒されちゃうわ」
「えっ?」
「フィオは関係ないやろ! あんたなんか男に刺されてしまえ!」
「はん! そこは情熱的と言ってほしいわね。愛は狂気なの。ケツのため……違った愛のためならばアタシ、どこまでも追いかけるわ。むろん――地の果てまで」
一瞬、ものすごくドスの利いた声が聞えたのですが……。ちらりとジーンを盗み見る。予想通り、可哀想なくらい震えていた。
「骨だけは拾ってやるよ」
「何で俺を見た?」
ジーンの顔色が真っ青に染まったのは言うまでもない。




