19.魔王の純情と狂ったお茶会
空中で睨み合うこと数秒。
間近で見るスレイプニルは雄々しく、気高い。ペガサスと比べ筋肉質でとてもがっちりとしていて、某世紀末覇者が乗っていそうな風格だ。黒くて長いたてがみをゆさゆさと揺らして駆ける姿は畏怖の念を抱かずにはいられないだろう。
その主人であるソランはというと鬼族と呼ばれる特徴的な角を持つ種族で、牡牛のような立派な角を持っている。
余談だが鬼族はキャラメイクの際、角の形も選べるので牡羊のような角にすることも出来るし、山羊のような角にすることも可能だ。
あと、鬼族といっても日本的な赤鬼、青鬼のような風貌ではなく、どちらかというと西洋の悪魔に近い。スレイプニルに騎乗し、黒騎士の漆黒の衣装を纏った姿はまさに魔王だった。
しかし外見がどんなに貫録があったとしても、だ。中身はただのすけべ野郎であることに相違はない。
「ちょっと。なんでさりげなく隣に並んでんの」
あっちいけよ、と私は手で払う仕草をした。
「話がある」
「いやいやいや。話すことなんて一つもないし」
「いいからちょっくら顔かせや。別に何もしない」
胡散臭すぎて、試験前の常套句「全然勉強してな~い!」という台詞と同じくらい信用が出来ない。
そういうやつに限ってしれっと平均より上の点数を取っていたりする。そう、試験前からすでに心理戦という名の狡知な戦いが始まっているのだ。中には本当に勉強してないやつもいるけれど。私だ。
それはさておき、私はおもむろにペガサスを走らせた。
「あっ、てめ」
悪いがとんずらさせていただくよ……って。
物凄い剣幕で追いかけてくるではないか。その姿は紛れもなく魔王である。
お父さんお父さん、魔王がいるよ!
「逃げんな」
ソランは烏のような長い黒髪を風に遊ばせ、深紅の眸をぎらぎらさせながら距離を詰めてくる。軽くホラーだ。
こっちくるなよぅ、と私は涙目で訴えた。
「クソが。何もしねぇって言ってんだろうが。……あーなんだ。茶でも奢ってやるから大人しく連行されろ」
悪態付きながらも彼なりに私の警戒心を解こうとしているらしく、危害は加えませんアピールがお茶の誘いにまで発展した。もう少しましな誘い文句があっただろうに、不器用すぎるだろ。私は呆気にとられた。
別にとって喰われるわけではないのだし、何やらご馳走をしてくれるみたいだし……食べ物につられたわけじゃないけれど、私は観念してソランについていくことにした。
ソランは売りの子のお姉さんからクレープを受け取ると、ぶっきらぼうに私へと押しつけた。
「一番端っこ空いてっからそこで待ってろ」
餌付けされた私はただただ従うのみで、言われた通り端っこの席に腰を掛けた。間もなくしてソランが二人分のドリンクを持ってやってくる。
目の前にグラスが一つ置かれたのでちらりと彼の様子を窺ってみると、ばっちり目が合った。「オマエの分だ」と言ってソランは顔を背ける。私は恐る恐る手に取り、ストローを吸ってドリンクを飲む。甘酸っぱくて、ほろ苦い、グレープフルーツの味がした。ソランは私の向かいにある椅子を引いて、どかりと座った。彼の手に握られているドリンクの色はイメージに反してピンク色。苺スムージーだろうか。見るからに甘そうなので、意外に甘党なのかもしれない。
「単刀直入に聞くけどオマエ、リリィの何なの」
話題は想定していたどおり、リリィの事だった。正確に言うと、リリィと私の間柄についてだが。
「幼なじみだよ。幼稚園からの仲で小学校三年生くらいまで一緒だった。それ以降は離ればなれになってしばらく疎遠だったけど、偶然高校で再会したんだ。そして、今に至る」
ありのままの事実を述べて、私はクレープに噛り付いた。ソランはストローでちゅうちゅうと音を立てながらドリンクを啜っていた。一呼吸ついて「そうか」と呟いたあと、
「幼なじみって最高だよな」
と心情を吐露した。
「はあ?」
何言ってんだ、こいつ。
口には出さなかったが、たぶん顔には出ていたと思う。目は口ほどに物を言う。けれど、ソランはそんなのお構いなしといったふうに語り続けた。
「女子高生で幼なじみ、放課後一緒に遊んだり互いの家行き来したり、そんでもって朝は起こしてもらったりとかするんだろ。羨ましくて死ぬわ。というか死ね」
「待って。あんたが想像してるような関係じゃないんだけど。私の話ちゃんと聞いてた?」
あと、ソランの描く幼なじみ像がおかしい。
「そうなのか?」
「そうだ。漫画の読みすぎだっつうの。それに私はーー」
女である。リリィとは、ソランの想像するような浮ついた関係ではないのだ。断じて。
私は口を噤んだ。
このような匿名性の高いゲームで個人情報を露呈するのは些か躊躇われた。暗黙の了解なのか、ギルドメンバーはみだりに現実世界の話はしなかったし、程よい距離感を保ったまま一ヶ月過ごしてきたのだ。
急にだんまりになった私を訝しく思ったのか、ソランがじろじろと不躾にみつめてくる。
「……なんだよ」
居心地が悪くなって、じとりと睨んだけれどソランは気にしたそぶりもなくけろりとした顔で、
「もしかしてオマエ、女?」
と歯に衣着せぬ発言をかましてきた。
「な、そんなわけ……!」
正直に答えてやる義理はない。そう思い否定してみたものの、声があからさまに上擦ってしまい、かえって挙動不審な態度が浮き彫りになってしまった。ソランにとって肯定と捉えるにはじゅうぶんだったらしく「ふうん、なるほどね」と品定めするように私の顔を眺めた。
「珍しいことではない。どっちかっていうとネカマのほうが割合的に多いけどな」
「だから! 何を根拠に……」
「根拠? そんなん勘に決まってんだろ。アンジェリカの種馬と呼ばれたこの俺が間違うはずがない」
本当に何言ってるんだ、こいつは。私は絶句した。
「ちょ、馬鹿なの?! 信じられない」
「だが悪いな。俺はてのひらにフィットするくらいが好みだ。絶壁には食指が動かん。つーことでリリィ紹介しろ」
お前の好みなんて聞いてないし!
もう最悪だ。しかも、見られても触られてもいない胸のサイズを当てられるだなんて。なんたる屈辱。泣きたい。
「ふざけんな。絶対あんたなんかに紹介するものか。というかもげろ、もげてしまえ」
「つれねえやつだな。ちょうど歳も近いんだし仲良くしようぜ」
「いやだね。そもそもあんたのこと全然知らないし、余所あたってくれ」
これ以上彼のペースにのまれてはたまらない。私は無心になってクレープを食した。一刻も早くこの場から去りたい、切実に。
ソランはばつが悪そうにため息をついた。
「冗談だっつうの……半分はな。俺が知りたいのは、その、リリィのことだ。俺なりにフォローはしたつもりだが、結局ギルド抜けちまったし。説得しようにもメッセージ全部無視されるしよ。俺、もしかしたらアイツに……き、」
そこで言葉は途絶えた。『き』? もしや、「嫌われているのではないか」ということだろうか。
突然ソランが神妙な面持ちになったかと思えば、言いにくそうにストローを齧って黙りこくってしまった。その様子は不器用な恋をするただの青年であり、等身大のソランであった。
私はクレープを食べる手を休め、彼の言葉に耳を傾けた。デリカシーのない最低なやつではあるが、不思議とだんだん憎めなくなってきた。
彼の言う通り、私とたいして年齢は変わらないのだろう。だって、あんなにも怖かった魔王が今では迷子の子どもみたいに頼りないのだ。
面倒事は大嫌いだというのに、こういう一面を見てしまうと放っておけなくなる自分がいる。つくづくちょろいよな、私。
だがソランよ。私を絶壁といった件については断罪する。それとこれとでは話が別なのである。
「どうした。リリィの事が好きなんだろ」
「別に好きじゃねえし。俺は単におっぱいが触りたいだけだ」
どんな理屈だよ、それ。
「あーはいはい、わかったよ。ていうか胸なら別にニナって子でもいいじゃん。リリィにこだわる必要なくない?」
「はぁ? 何言ってんのオマエ」
ソランがむっつりとした顔で言い放つ。
「アイツ、男だけど」
私は耳を疑った。
俺の勘がそう告げているし、実際そうであるとソランは断言する。
私は非常に頭を抱えたくなってきた。
どうかしてるよ、まったく。




