18.白と黒
駅でさゆりと別れたあと、私は帰路についた。
駅前の賑やかな街並みとは程遠い、閑静な住宅街に我が家はあった。昔は山間地域だったところなので、その名残りのせいか例年ヒグマが出没し、ニュースでたびたび報道されていたりする。
例えば、車で走行している最中。「おや、何か轢いたな」と思って見てみると蛇でしたというオチがざらにあるのだ。あと友人宅へ遊びに行けば窓の向こうには鹿が悠々と歩いてたり、なんてことも。
そういえば昔、さゆりがアオダイショウを首に巻いて遊んでいたっけ……。
「蛍ちゃんみてみて~」と満面の笑顔で寄ってきたときは恐怖のあまり、ちびりそうになった。もちろん、全力で逃げたけれど。思い返せばあいつ、超アグレッシブなやつだったな。女ジャイアンの名は伊達じゃない。
つまるところ、我が家周辺はものすごく田舎なのだ。
バスに揺られ、途中で乗り継いで一時間、バス停から歩くこと五分。やっと山に――我が家に帰ってきた私は、いそいそと制服を脱いでゆったりとした部屋着に着替えた。夕飯を食べ終えたあと、風呂場で一日の汚れと疲れを流した。
「さてと」
アンジェリカオンラインにログインする前に、私は考えなくてはいけないことがある。
「職業どうしようかな……」
さゆりが加わることによって、よりいっそうギルドは盛り上がるだろう。その流れに便乗しないわけはない。
スタートブックを手繰り寄せ、職業が紹介されているページを開いて眺める。
私に与えられた選択肢は二つ。白騎士と黒騎士のどちらかだ。いずれにせよ盾役なのに変わりはないが、両者から受ける印象は真逆だ。
ここは深く考えず、我が欲望の赴くままに選ぶとしよう。
白騎士はペガサスに乗れるんだっけ。黒騎士はスレイプニル、か。ところでスレイプニルってどんな馬なのだろう。
ページをぺらりとめくる。
「脚が八本……だと……!?」
しかも黒くてごつい。ダークサイドって感じでかっこいいけれど、シューベルトの魔王がもれなく脳内で再生されそうだ。うっ……夢に出たらどうしてくれよう。
「白騎士だな」
ペガサス綺麗だもんね。
馬で決める私であった。
ログインするとアットホームな雰囲気の滲み出る、イノセント・ブルーのハウスのリビングだった。そういえば昨夜はここでログアウトしたんだっけ。
テディさんが脚を組んでソファーにゆったりと腰を沈め、くつろいでいた。私はギルドチャットで挨拶をする。反応があったのは目の前にいるテディさんだけで、今現在ギルドメンバーでログインしているのは彼だけだと推測する。
「はろーん、カノンちゃん。今日はね~フィオちゃんが会議でぇ、ロリババアは飲み会だってぇ。私たち二人きりよ~」
「こんばんは、テディさん。よくみんなのスケジュール把握していますね」
「日記に書いてあるじゃない。見てないのぉ?」
「日記? みんなブログでもやってるんですか」
私の愚直な問いに、テディさんからインスタントメッセージが送られてきた。そこにはURLが添付されていた。
「アンジェリカオンライン公式のSNSよ。プレイヤーのキャラ情報が閲覧できたり日記書いて近況を知らせることが出来るの。暇な時見てみるといいかも~」
「はあ。今度見てみますね」
おそらく見るだけで自ら日記を書くことはないだろう。何せ筆不精なのだ。そうして、私はメッセージボックスを閉じた。
「で、どうする? アタシちょう暇なのよね。なんだったらこれからレベル上げ手伝うわよ」
「あ、すみません。せっかくなのですが今日はちょっと用事があるんです。それが終わったらぜひお願いしたいのですが……」
「それなら物づくりして待ってるわ」
「あと、フィオさんが来たら伝えてほしい事があるんですけど……リリィがギルドに入ってくれるみたいです。多分、今夜あたり話をしに来ると思う。迎え入れてくれませんか?」
「え!?」
テディさんはソファからがばっと立ち上がった。
「まじでぇ!? じゃあリリィちゃん交えて塔攻略出来るじゃないの。ん~盛り上がってきたぁん!」
「はい。そんなわけでさっそく、職業クエストやりにいこうかと」
「オーケー! じゃあアタシ、カノン君のジョブチェン祝いにとびっきりかわいい服作ったげる。楽しみにしててねん」
「あ、はい。楽しみにしてますね……」
テディさんのいう、とびっきりかわいい服とやらに一抹の不安を感じつつも、私は白騎士クエストを受けるべくその場を後にした。
白騎士のクエストは聖都セヴ・ルーで受けられるらしい。
厳かな顔の中年男性、というド直球なネーミングのNPCに話しかけることによって発注することが出来る。
「そこの冒険者の青年。なかなかの剣の使い手と見受けられるが……」
いいえ、冒険者歴一カ月の超初心者です。と答えたい気持ちは山々だが、ゲームの都合上そういう設定なので仕方ない。
「冒険者のはしくれとしてある程度は」
「折り入って話したいことがあるのだ。聞いてくれぬか」
年齢相応の皺が刻まれた貫録のある顔をひと際険しくさせながら、男は話を進める。
「わが名はヴォルフガング。戦の女神エルフリーデを信仰する白騎士団の一員だ。さっそく本題に入るが近年敬虔な騎士が減少しているなか、由々しき事態が起きていてな。各所で神獣ペガサスが惨たらしく殺されているのを目撃されている。おそらく人の手によるものだ」
「いったい誰が。何の意図があって?」
「女神エルフリーデの愛馬であったとされるペガサスは白騎士の象徴でもある。その象徴たる神獣を無差別に殺めるという行為は女神への冒涜と捉えられるし、白騎士団に対する侮辱ともとれるのだ。我が騎士団の威信にかけて、なんとしてもペガサス殺しを阻止し犯人をあぶり出したい。そのためには外部の、腕の立つ冒険者の力を借りたいのだ」
外部の、というところに引っかかるものを感じる。十中八九物語の伏線であろう。厄介事に巻き込まれるのがみえみえだが、話の都合上、手を貸さないわけにはいかないので私は渋々依頼を受けるのであった。
「流石私が見込んだ男だ。カノン=アンデルセンというのだな……。良い名だ。そして実に透き通った良い目をしている」
トントン拍子に話は進んでゆく。おっさんから露骨に褒めちぎらた私は背筋がむず痒くなるような居心地悪さを覚えた。これぞ主人公補正。現実的に考えて初対面の人間をこうも信用しすぎていては警察が何人いたって足りないだろう。
とまあ、なんやかんやあって主人公補正という名の呪いにも等しい因果関係により、白騎士団をめぐる陰謀に巻き込まれ、伏線を早々と回収した私であったが、おかげさまで白騎士の称号とスキル、乗り物のペガサスを手にすることができた。これからも便利な専用スキルを得るために定期的に白騎士クエストを受けなくてはいけない。例の事件の真相を追うべく各地に転々と聞き込みをしたり……つまりおつかいクエストをしなくてはいけないのだが、今日はここまでだ。
せっかくなので手に入れたペガサスに乗って空中散歩をしてみたい。
ちなみに現実の私は、乗馬経験はほぼ無いに等しい。小学生の頃、家族旅行で一度だけ体験したきりである。ガイドさんにぴったりと横についてもらった状態で小さなコースをぐるりと一周しただけだったが、今でも鮮明に覚えている。テレビで見るのと実物とでは迫力がてんで違うし、背に乗ると、意外と視界が高くて腰が引けてしまうのだ。
こちとらゲームなので、現実的な乗馬スキルがなくとも安易に乗ることができる。しかもただの馬ではない。なんと飛行タイプだ。もう一度言うが、飛行タイプなのだ。
「おまえ、美人だなあ」
しっとりと澄んだ黒い瞳は麗しく、存在感のある大きな翼はまるで白鳥のよう。汚れなき純白だ。ええと、軽率に言葉で形容するなら、神々しい、だろうか。
私が首筋をそっと撫でるとペガサスは眼を細め、鼻を伸ばした。多分、喜んでいただけたのだろう。私は得意になってさらに撫でた。うん、馬もかわいいな。
さてと、騎乗しますか。
「おぉおーー」
徐々に高度を上げると、視界がだんだん開けてくる。みるみると世界が広がる。これはこれは壮観だ。足元を見やると小高い丘に建つ白を基調とした教会や、赤い屋根の家が並ぶ聖都セヴ・ルーの街がある。そして、目線をずらし真っ直ぐ見据えると白雪を被った大きな山々が聳え立っており、その近くには湖があった。この風景を例えるとするならば、スイスかなあ。今にも少女とヤギが踊りだしそうな……。
綺麗だなあとペガサスに乗りながら景色を眺めていたら不意に後ろから声を掛けられた。
「この間はドーモ」
そいつは黒馬スレイプニルに騎乗していた。黒騎士だ。白騎士とは対になる存在。
気だるげに、そしてどこか嘲笑的な雰囲気を滲ませながら彼は言った。
「オマエ、白騎士になったんだね。とりあえず……おめでと?」
ソランだ。




