17.完全復活
さゆり曰くニナはお姫様というやつなのだそうだ。
男性に守ってもらうようなプレイをする女性、もしくはそういったキャラを装うプレイヤーのことを指すらしいが、そういう気質の人間はオンラインゲームに限らずどこにだっているし、さして珍しくはない。
たまたま、彼女がそういった人種であった。それだけだ。
どのようにプレイするかは本人の自由なのであって、常識的範囲内であれば(何を基準に常識的なのかは個々の判断に任せる)好きなようにしてもいいと私は思う。ただ、何事にも限度がある。
私はストローを弄くり回しながら、与えられた情報を頭の中で整理した。
「えっと、例えるならオタサーの姫みたいなかんじ?」
我ながらボキャブラリー乏しい発言だった。語彙力とは何か。
「うん。だいたい合ってる」
「合ってるのかよ」
「最初はあの子もまだ謙虚でかわいらしかったんだけどね。ふわふわしてて小動物みたいな……妹的存在としてみんなで可愛がっていたのに、ある日突然、私に対する態度が変わってしまったの」
「具体的にどう変わったのさ」
「きっかけは、ええと。ソランがド直球に私の性別聞いてきた時からかな。私も私で馬鹿正直に答えちゃったのがいけないんだけど。そしたらおっぱい揉ませろだのなんだの言われてね。これ、完全セクハラよね。それからというもののニナの機嫌がだんだん悪くなっていって……露骨に冷たくされるし、無視されるし、しまいにはネカマ呼ばわりするしでもう大変だったのよ」
どさくさに紛れてセクハラすんなよ、ソラン。
「ナニソレ。あからさますぎじゃん。いやぁ、女の確執って怖いね」
「そういう蛍ちゃんだって女の子なんだからね! わかってる?」
「わかってるって。ていうかソラン、だっけ? もしかしてそいつ、さゆりに気があるんじゃないの? ニナがさゆりを目の敵にしてるのは、ニナがソランを好いてるから、とか」
と私は憶測した。それくらいしか思い浮かばない。
「まさか! あいつ、女とわかったら誰にでもちょっかいかけてるわよ。ニナは……そうね。取り巻きを取られて面白くなかったのよ、きっと。そうに違いないわ」
「そうか?」
男子からは絶壁と蔑まれ、恋愛対象から度外視されている私にとって縁のない話である。
余談だが、ついこのあいだクラスの男子にすれ違いざま接触事故を起こし、意図せず胸を触られた時に「やべえ! 小泉絶壁だ!」と叫ばれたのが汚名の由縁だ。ぶっちゃけこっちが叫びたかった。
女子としては高めの身長、ぎりぎりBカップの胸。女らしさのかけらもない、平べったい身体に誰よりも私が絶望しているというのに!
せめて身だしなみだけでもと思い、お肌と髪の手入れを欠かさずにしたり、さりげなくかわいい小物を身につけてみたり、密かに努力はしているものの結果は今一つである。来世に乞うご期待!
「蛍ちゃん。おーい蛍ちゃーん」
「ああ、ごめんごめん。えーと、悩んでるさゆりには悪いんだけれど、うらやましいことこの上ないよ。私なんて同性から嫉妬されるほど、女としての扱い受けてないし、ましてや興味すら持たれてないからな」
私はミルフィーユを横に倒しながら、自虐的に言った。
「とまあ、私の話はさておき。ようするに、さゆりはまわりから見てすごく魅力的なんだよ。良くも悪くも人を惹きつけるんだ。だからって気にすることはないよ。今までどおり堂々としていればいい。せっかくだし楽しもうぜ。そのためにはレベル上げ頑張らなくっちゃな。塔、一緒に登ってくれるんだろ?」
フォークでミルフィーユをぶすりと刺し、それをさゆりの口元へ運んでやる。彼女は困惑した顔で私とミルフィーユを交互に見ている。私は構わないと言わんばかりにぐいと口元に押し付けた。間もなくしてさゆりはおそるおそるといったふうに、ぱくりとフォークごと口に含んだ。
「んん。おいしいね」
小さな口をもぐもぐと動かし、やがてさゆりはふんわりと顔を綻ばせた。にやっと私は笑う。
「だろ? 私の分食べたんだからたくさん手伝ってもらうからね」
「ふふ。蛍ちゃんったら」
なんだか馬鹿らしくなっちゃった、とさゆりは言う。
まったくもってそうだと私は思う。
ゲームとはいえ人間を相手している以上、わだかまりが生じることもあるだろう。合わない人だっているだろう。その点は現実世界と共通している。私たちは毎日目に見えない感情というやつに振り回されて生きている。
だけど、わざわざ仮想世界に遊びに来てまでそんな感情に振り回されていたらもったいないじゃないか。
ようやく吹っ切れたのか「あのね」と意を決した面持ちで私を正面から見据えた。
「んー?」
「お話し聞いてくれてありがとうね。こんな私だけど、これからも仲良くしてやってね」
「なんだよ、急に改まって」
「……今夜、フィオさんにお願いしてみようと思う。これを機にギルトに入ろうかなって」
「ほんと?!」
「ほんとうよ」
彼女はにっこりと笑う。誰もが振り返るような、とびっきりの笑顔がそこにあった。
「そうと決まったらさくっとレベル上げてみんなで行くわよ! 目指せアンジェリカの塔!」




