15.火消しのカノンとあの子の面影
今にも一触即発しそうな不穏な空気に身が強張る。
リリィとこの慇懃無礼な少女が顔見知りで、因縁の仲だということは一連の流れで理解した。
然りとて、棒のように立ち尽くしていてもこの状況は良くはならない。険悪な雰囲気に耐えきれなくなった私は故意的に咳払いをした。そして一呼吸置き、言葉を紡ぐ。
「あんたたちの事情は知らないけれどさ」
全員の視線が集まる。
だが、私は臆さない。
「場の空気を濁すのはちょっといただけないね」
とてもじゃないが狩りを続行出来るような状態ではない。
「ごめん、カノン君」
リリィは俯いた。言い方が直球すぎたかもしれない。いつになくしおらしい彼女の様子に胸がつきりと痛んだ。
「こっちこそ事情をよく知りもしない癖に、強く言ってごめん。だけどここは人の目に触れる場所だし、どうせやり合うなら人目のつかないところで……ってちょっとちがうか」
ネトゲだとはいえ、一応ここは公の場なのだ。目の前で喧嘩がおっ始められた日にゃたまったもんじゃない。
あと、客観的に見てリリィとボクっ娘の相性は最悪で泥沼化不可避。リリィのほうが分が悪いときた。ここは大人しく退いたほうが賢明だ。
「そうね。私ってば、すぐかっとなってしまって……だめね」
私の気持ちを汲み取ってくれたのか、冷静さを取り戻した彼女はそれきり押し黙る。きゅっときつく口元を引き結び、一点を凝視するその仕草に見覚えがあった。昔々、彼女がガキ大将だった頃。泣きだす前の、癖。
ああ、この子は本当にタケちゃんなんだなあ。曲がった事が大嫌いで、超がつくほどの負けず嫌い。喧嘩っ早いくせに泣き虫なんだよね。正直すぎて、みんなに誤解されたり、損ばかりしていた。あの時の小さな女の子は、こんなところに隠れていたのだ。
「せっかくの美人が台無しだろ。今は我慢。あとで、ゆっくり話を聞くから」
どうしようもなくもどかしく、くすぐったい気持ちになりながら、私は彼女の頭を撫でた。
「カノン君……」
少しだけリリィの頬が赤みを帯びる。やはりこのゲームは芸が細かいなあと改めて感心する。私たちの預かり知らぬところで技術は日々進歩しているのだと実感した。
「というわけで、おいとましますので。あとはごゆっくりどうぞ」
私は二人に軽く会釈して、リリィを連れその場を立ち去ろうとした。
「待て」
ここで青年が初めて、私たちに向かって口を開いた。
「何か?」
「お前じゃない、リリィだ」
「今さら私に何の用よ」
リリィが冷たく言い放つ。
「いきなりお前が抜けたせいでその穴を埋めるのにどれだけ苦労したと思ってる。……俺らに言うことあるんじゃねえの?」
「そうね」
リリィが吐き捨てるように言う。
「はっきり言って清々したわ」
「あ?」
「だって、相変わらず自分勝手なんだもの。あなた、言ってたじゃない。気に食わないなら抜けろって。私は言われた通り抜けたわ。あなたたちのやり方には到底ついてゆけないと思ったから」
間違ってる? とリリィは問う。
「時間は守らないくせに人のミスにはこれでもかってくらい文句つけるでしょう。それに不慣れな人にはとても横柄だし。あと影で陰湿なことをしてるの知ってるんだから。そういうの大嫌いなのよ」
おっと。先ほど鎮火したはずの火が……。とりあえず、相手側に落ち度があるのは理解できた。されどリリィよ、落ち着くのだ。私は「ストップ」と遮った。
「リリィの気持ちはなんとなく察するよ。だけどこれ以上関わってもろくなことなさそうだし、さっさと忘れてしまったほうが精神衛生上よろしいのでは。なんかめんどくさそうなにおいがプンプンするしさ」
本音がポロリと出てしまったが、炎上を避けたい一心だったのだ。許してほしい。
火事と喧嘩は火消しの華というが、ここは江戸時代ではないし私は火消しではない。
「おい、てめえ。さっきから話の腰折ってきてまじうぜぇんだけど」
じろりと剣呑な目で睨まれる。変なのに絡まれたなあと私はげんなりする。
「たぶん、あんたたちと話すことなんてもうないと思うよ」
そう言って私はリリィとアイコンタクトを取る。リリィはさも当然のように頷き、
「ソラン、しつこいわよ」
と切り捨てた。
「し……しつこい、だと……」
この一言にソラン青年は大層傷ついたらしく、先ほどまで眉一つ動かさなかったというのに今では可哀想なくらいにうろたえ、意気消沈していた。年頃の女の子に拒絶されるってかなり堪えるよな。思春期の娘に疎まれる父親然り。こうしていともたやすく青年のハートが砕かれたわけだが、労わりの言葉をかけてやるほど親しくもないし(そもそも初対面である)私は優しい人間でもない。潔く放置することにした。
去り際に、水色の髪の少女が叫んだ。
「君は自分で居場所を捨てて、逃げただけだろ。ボクは間違ってなんかない! ボクに逆恨みするのはお門違いさ」
それははたして、リリィに向けた言葉なのだろうか。真っ直ぐに怒りをぶつけ、感情を露わにしたリリィに、逆恨みや逃避という言葉が結びつかない。
どこか、矛盾している。
「ボクは、間違ってなんかない」
それは、まるで自分に言い聞かせているようで――
一悶着の後、私たちは人目につかぬ場所、リリィの個人宅へと移動した。約束通り彼女の話をじっくり聞いてやるつもりだったのだが、ジーンから通信が入り、彼との約束を思い出す。
「しまった、ジーンと約束していたんだった」
タイミングが悪さに私は頭を抱えた。リリィは「いいの、いいの」と遠慮がちに笑う。
「私、気持ちの整理がしたいから。行って、カノン君」
「リリィ」
「大丈夫だから。ね、お願い」
有無を言わさぬ態度に私は頷くしかなかった。
「わかった。そのかわり明日ちゃんと聞く。……考え込まないようにね」
「そんなひどい顔してる?」
うーん、とリリィは唸る。いいや、と私は首を横に振った。
「ええと、何となくかな。じゃ、行くね」
ひらひらと手を振り、私はリリィと別れたのだった。
彼女の寂しそうな横顔が、頭にこびりついて離れない。
「なぁに不貞腐れた顔してんだよ」
出会い頭、ジーンにど突かれた。なんでもない、と私は苦い顔をして彼の視線から逃れるようにそっぽを向く。彼は気にしたふうでもなく「それよりもこいつを見てくれよ」と目を輝かせ、ずいっとあるものを見せたのであった。
「ぴぃ」
それは子竜であった。
かわいい! 私は緩みそうになる口をきゅっと引き締め「触ってもいいか?」と訊ねる。ジーンは快諾した。
恐る恐る小さな黒い体躯を抱く。
上目がちに私の顔を覗く大きな金色の眸が不安げに揺れていた。ぷるぷると小刻みに震え、助けを求めるようにジーンのほうをちらちらと見ている。うっ、ごめんよ……。すぐに主人の元へ返してやるから。罪悪感を抱きつつも、背にあるおもちゃのような翼を撫でた。突如現れた癒しの存在に思わずため息が漏れた。
「かわいいな……」
「だろー。しかもこいつ飛べるんだぜ。しかも騎乗できんの。すごくねえ?」
それはすごい。なにそれ、私も欲しい。
「いいなあ」
「竜騎士の特権だからな! がはは」
竜騎士は名の如く竜に騎乗が出来る職業で、これからの戦闘がより一層華やかになるだろう。私も私でそろそろ決めなくてはならないという考えが過ったが、どうしてか決めかねていた。別に優柔不断なわけでもない。なんとなく、ぴんとこないのだ。
「ジーンはどうして竜騎士になったの」
「あん? そりゃおめー」
ジーンはあっけらかんとした態度で、
「かっこいいからに決まってんだろ」
と、言い切ったのだった。単純明快にもほどがある。
だけど、それでよかった。単純で良いのだ。この時ばかりはジーンにおおいに賛同した。
明日、会ってきちんと話しをしよう。
お茶でも啜りながら二人で、ゆっくりと。
純粋にゲームを楽しめなくなってしまった彼女を真っ白にするのだ。




