14.ちぐはぐな果実
討伐対象であるモンスターを探し求め、私は僻地まで足を運んだ。
奥へ進めば進むほど険しくなる道のりに、こりゃあモンスターを殲滅するより目的地へ辿り着くほうに骨が折れるなとうんざりする。
草木が少なく赤褐色の岩肌が視界を占める山道はありのままの自然を体現しているかのように私の前に立ちはだかる。普段から綺麗で真っ平らのコンクリートに慣れ親しんだ足は、設備がされていない凸凹の地面に手こずらされていた。何もここまでリアルにしなくてもいいのにと私は思わず舌打ちしたくなった。もたもたしていると徘徊しているモンスターに絡まれ、不毛な戦いを強いられるので、おのずと目的地へ到着するのが遅くなる。さっさと用事を済ましてジーンとレベリングがしたいのに、もどかしい気持ちでいっぱいだった。
「カノン君じゃないの」
ハロー、と後ろから聞き慣れた声がした、振り返ると真っ白な一角獣に乗ったリリィの姿があった。
「珍しいところで会ったな」
私はいつもより高い位置にある彼女の顔を見上げた。
「うん。ちょっと素材狩りをね。そういうカノン君は?」
「私は指定モンスターの討伐に。ええと、バジリスクってやつ」
「ああ。それならもう少し先かな。私もその先に用があるし、ご一緒しても?」
私は特に拒否する理由がないので「勿論」と頷いた。するとすぐにリリィからパーティーのお誘いがきた。許可すると、パーティーメンバー一覧にリリィの名前が表示される。彼女は私と歩調を合わせるべく一角獣からひらりと舞い降り、肩を並べた。
「カノン君ってばもうレベル40なのね。転職はどうするか決めたの?」
タイムリーな話題を振られ、私は「考え中」とだけ答える。リリィは「そっかぁ」と微笑んだ。
「いろんな意見を取り入れるのもいいけれど、自分が直感でやりたいと思ったものをやるといいよ。そもそも盾職自体人口が少ないから、どのみちカノン君は引っ張りだこになること間違いなしよ」
モテモテねえ、と茶化すようにリリィが言う。
「はは、転職前から何このプレッシャー」
「それだけカノン君に期待しているのよ。最近めきめきと力つけてきて……上手になったわよね」
そりゃあ、最初こそ右も左もわからない若葉マークのプレイヤーで操作方法に四苦八苦していたが、一カ月もやっていればだんだん勝手がわかってくる。わからないことは随時インターネットを使って学習したし、ギルドメンバーから得た知識もまた水に浸したスポンジのように吸収した。好きなものや興味そそられることに関しては意外とポテンシャルが高いのだ。
「リリィやギルドのみんなのおかげさ。特にリリィには感謝してもしきれないよ。このゲームに誘ってくれたのは、他でもない、リリィだ。本当にありがとう」
リリィが豆鉄砲を食らった鳩みたいな顔をした。
「今日はやけに素直なのね……」
「その言い方だと、私がいつもひねくれてるみたいじゃないか」
「そうじゃないのよ。ほら、面と向かって言われるとは思ってなかったの。照れくさいじゃない。察してよ」
リリィは赤くなった顔を手で隠した。私は急に意地悪したい気持ちに駆られて「なぁに照れてんのさ」と言って彼女の手のひらを掴んだ。ますます慌てふためいくリリィ。かわいい。あ、かわいいといえば。
「その一角獣いいよね。どうやって手に入れたの?」
と好奇心を滲ませて私は尋ねてみた。
「ああこれね。プリースト専用の乗り物なのよ。カノン君も転職したら専用の貰えるわよ」
「おお〜」
いいねいいね。ところで騎士は何が貰えるだろう。その思考を読み取ったリリィは「騎士はね」と続けた。
「白騎士はペガサス、黒騎士はスレイプニル。狂戦士はグリフォン。竜騎士はドラゴン。他は割愛するけど、みんなかっこいいわよ!」
ペガサスはわかるが、スレイプニルってなんだっけ。すれいぷにる、すれいぷにると覚えの悪い小鳥のように私は繰り返す。どこの神話だったかは忘れたが、ペガサスと同じく空想上の馬だったような。
「北欧神話の主神であるオーディンの愛馬よ。八本の脚を持つとされる軍馬。ペガサスと一緒で空が飛べるの」
「今さらだけど、ものすっごいファンタジーだな」
「そうね。ものすごく非現実的だわ」とリリィは笑いながら「でも、ゲームの中でくらい夢を見るのは許されるわよね。そう思わない?」と同意を求めた。私はそうだね、と頷く。
目的地へ到着した。一人だと辛い道のりも二人だと楽しいし、あっという間だ。旅の仲間というものはまことに偉大である。
到着早々私は討伐対象であるモンスター、バジリスクを一掃した。リリィが手伝ってくれたので目的はすぐに果たされた。おかげさまで手持ち無沙汰になってしまった私は、時間までリリィの素材狩りの手伝いをすることになった。
「ごめんね、手伝わせちゃって」
「ジーンの用事が終わるまでまだ時間あるし、平気」
こうして素材狩りが始まったのだが、私たちが狩るモンスターはマフマフという白くてやわらかい毛で覆われた小型のモンスターである。このマフマフというモンスターからドロップする毛は需要が高いらしく、狩り場はいつも賑わっているそうだ。私たちが狩る前に一組の先客がいたが、一通り狩って満足したのかこちらに向かって軽く会釈し、快く狩り場を譲ってくれた。どうやら狩り場にも暗黙のルールがあるらしく、公平に狩りができるよう順番待ちするのだとか。プレイヤー同士の諍いが起きないよう、きちんと決まりごとがあることを私はひっそり学んだのであった。
「じゃあ、カノン君はいつも通り敵を引きつけてね。まとめ狩りしたいから、たくさん釣ること! ある程度集まったら私が範囲攻撃で焼くから」
「了解」
ここでも私の盾役として輝く時が来るとは。攻撃にあまり貢献できないことが悔やまれるが、少しでも役に立てるなら光栄である。
狩りは順調であった。
二人で手当たり次第、マフマフを釣り五~六体ほど集めたら集合地点で私が標的を取る。その間にリリィが範囲魔法を詠唱し、殲滅。ちなみに一掃してしまうと一定時間モンスターがポップしなくなるので、再び現れるまで辛抱強く指折り数えながら待たなくてはならない。まとめ狩り出来るほどの数がポップしたのを確認し、また殲滅する。これの繰り返しだ。脳死プレイとはまさにこのことである。
だいぶこのルーチンをこなし、目を瞑ってでも出来るのではないか? と思い始めてきた頃。
「ん」
何者かに標的を奪われた。しかも一体ではない、釣ったモンスター全てだ。
おいおい、どこのどいつだと私は憤慨した。奪われたマフマフを追いかけるとその先には見知らぬ青年が立っていた。
紛れもなく彼は私の釣った敵を奪った張本人であり、何やら闇魔法のようなものをダーツの如くちょろまかと動くマフマフに当てて引きつけている。
「おい」
私は制止の声を上げるが、彼は一切聞えていないようだった。初めから私が存在していなかったみたいに。もしかして、気付いていないのか? もし、そうだとしたら悪意とかそれ以前の問題だ。訝しげに眉を顰める私に目もくれず、彼は気だるげに担いでいた大剣を構えた。
「――ニナ。攻撃」
母さん、茶、みたいな日常的風景を思わせる口調で青年が呟くと瞬く間に集められたマフマフたちが光魔法で焼かれていった。わけがわからず茫然と立ち尽くしていると、青年の背後から小さな影がひょっこりと顔を出した。
「あれれ? 先客……かな?」
涼しげな水色の髪をなびかせたボブカットの少女が小首を傾げる。庇護欲のそそられる華奢な体躯。あどけない表情がより彼女の幼さを際立たせる。だが、そんなことよりも私が気になったのは細い体に不釣り合いな豊満な胸だった。なんだありゃあ。
違和感ありありのたわわな果実に、目が釘付けになるのは必然だった。身も心も男になったつもりはないが、一回でいいから触らせて欲しい。
顔はアンナほどではないが、どちらかといえば童顔にカテゴライズされるのではなかろうか。
俗に言うロリ巨乳である。カラフルな髪や空飛ぶ馬とかドラゴンなんかよりよっぽどファンタジーだと私は思った。
「ごめんなさい! ボクったら気付かなくって。ほら、ソランも謝って……」
あわあわと忙しなく杖を振り回し、やがて少女は頭を垂れた。同じく謝罪するよう促されていた青年はどこ吹く風といったふうに明後日の方向を見ていて反省の色を示そうともしない。普段なら無礼なやつだ、と非難するところだが目の前の少女が伝説の生き物みたいに見えてきてそんな気力は湧かなかった。しかもボクっ子ときたもんだ。私のキャパシティはオーバー寸前だ。
「ところでお兄サン。お兄サンってばすっごくかっこいいね。けっこう好みかも。ねえ、ボクと友達になってよ。今フレンド申請送るから――」
「ならないわよ」
リリィの固い声が、響いた。
「カノン君はあなたの友達にはならない。そのわざとらしい演技やめたほうがいいわよ。そうやって何度もこの狩り場を荒らしてきたんでしょう? 知ってるんだから」
小柄な少女は、絶えず微笑んでいる。
「なんのことかな?」
人形めいた笑顔だ、と私は思った。ドアの軋んだような、もしくは歯が軋んだみたいな音が聞える。
「あれれ、もしかして」
さも今気が付きましたと言わんばかりに少女が感嘆の声を上げた。
「リリィ・ベル。リリィじゃないか。久しぶりだね、元気にしてたかな? ボクは、元気。相変わらずこちらは居心地が良いよ。ねえ、リリィ。……ご機嫌いかが?」
リリィはにっこりと笑う。それもすごく綺麗に。
「ええ。おかげさまで、すこぶる機嫌が悪いわ」
きしり、とまた軋む音がする。
「それは大変だ」
きしり、きしり。
ああ、これは違和感の正体を訴える音だ。
全てにおいて、ちぐはぐなのだ。この少女は。




