第13話
「さあ、来い。俺の居場所は、絶対に奪わせない」
静かな決意とともに、俺は迫り来る脅威を迎え撃つ準備を整えた。
この迷宮は、かつて効率が悪いと見捨てられた場所だった。だが、俺にとっては十年間通い続けた大切な居場所であり、仲間たちと暮らす家だ。
他人の愛着や努力を土足で踏みにじるような連中に、ここを渡すつもりは毛頭ない。
俺は操作盤に向かい、防衛網の最終チェックを行っていた。
シズクが傍らでホログラムの地図を展開し、敵の侵入ルートを予測している。
「マスター、第一防衛ラインの偽装は完璧です。いつでも彼らを迎え入れる準備が整っています」
「ありがとう、シズク。なるべく怪我人は出したくないが、痛い目を見ないと懲りない連中だからな」
第二防衛ラインの落とし穴には、底に衝撃吸収用のスライムゼリーを敷き詰めてある。怪我はさせないが、自力では這い上がれない仕様だ。
そんなやり取りをしていると、手元の通信魔導具が甲高い音を立てた。
外部からの暗号化された通信。相手は一人しかいない。
「どうした、カイ。敵の本隊なら、もうすぐ来るぞ」
「違う、そっちじゃない! もっとヤバい話だ!」
通信機越しに聞こえるカイの声は、ひどく焦っていた。息を切らしているところを見ると、どこか安全な場所まで走ってから連絡してきたのだろう。
「落ち着け。深呼吸しろ。何があった?」
「さっき、ギルドの奥で幹部たちが密談してるのを盗み聞きしたんだ。……国が、勇者パーティを動かすかもしれないって!」
その言葉に、俺は思わず眉をひそめた。
勇者パーティ。それは国が莫大な予算をつぎ込んで育成した一騎当千の化け物揃い。本来なら魔王軍の残党や、未踏破の超高難度迷宮の主を討伐するための存在だ。
「なんでそんな連中が、こんな辺境の迷宮に?」
「討伐隊が無傷で追い返されたことや、先遣隊が手も足も出なかった情報が上に回ったみたいだ。未知の脅威として認定されかけてる。もし勇者たちが来たら、いくらあんたでも……!」
カイの声には、本気の心配が滲んでいた。
敵対していたはずの俺を気遣ってくれる彼の人の良さに、少しだけ口元が緩む。
「わかった。知らせてくれて助かる。だが、まずは目の前の連中を片付けないとな」
「あんた、本当に大丈夫なのか? 勇者パーティなんて、国が誇る最強の化け物だぞ。いくらあんたが強くても、相手が悪すぎる」
「心配してくれるのは嬉しいが、まだ来ると決まったわけじゃない。それに、来たら来たで追い返すだけだ」
「あんたって人は……相変わらずだな」
カイは呆れたように息を吐く。
「僕も、もう少し詳しい情報が探れないかやってみる。ギルドの動きには気をつけておくよ」
「助かる。無理はするなよ。お前がギルドに目をつけられたら元も子もないからな」
「わかってる。じゃあ、また連絡する」
通信が切れる。
俺は小さくため息をついた。
勇者パーティの襲来。厄介なことになった。
俺が求めているのは、誰にも邪魔されない平穏な暮らしだ。仲間たちと笑い合い、この愛着のある迷宮で静かに過ごしたいだけなのだ。
だが、国が本気で動くとなれば、この迷宮の存在そのものが脅かされる。
「マスター、表情が険しいですよ。何か問題でも?」
シズクが心配そうに覗き込んでくる。
「いや、少し先の厄介事の噂を聞いただけだ。今は、目の前の侵入者に集中しよう」
俺は頭を切り替え、再びモニターへと視線を戻した。
◆ーーーー◆
薄暗い通路を、重武装の集団が足音を響かせて進んでいく。
先頭を歩くのは、派手な金色の鎧に身を包んだギルバートだ。
彼の鎧は実用性よりも見栄えを重視した特注品であり、迷宮の薄暗い通路ではその派手な装飾が逆に目立ちすぎている。
「チッ、先遣隊の連中め。こんな薄汚い穴ぐらで泣きを入れてきやがって」
彼は苛立ちを隠そうともせず、舌打ちをした。
中堅クランの本隊を率いる彼は、自身の武力と統率力に絶対の自信を持っている。これまでの数々の武功が、彼の傲慢さをさらに助長していた。
彼にとって、この迷宮の制圧は単なる金儲けではない。未知の魔物や莫大な財宝を手に入れ、自らの名を国中に轟かせるための絶好の機会なのだ。
副官のセリアが、周囲の岩肌や足元を鋭い目つきで観察しながら進言する。
「リーダー、警戒を怠らないでください。事前の報告書にあった構造と、明らかに空気が違います。魔力の残滓も異常なほど濃い。それに、索敵魔法がうまく機能していません」
黒装束に身を包んだ彼女は、冷静沈着に状況を分析していた。
「臆病風に吹かれたか、セリア。所詮は初心者向けのゴミ溜めだ。俺たち本隊の武力があれば、どんな罠があろうと力でねじ伏せられる」
「ですが、先遣隊を退けた未知の魔物がいるという情報も……」
「なら、そいつの首を刎ねて俺の武功にするだけだ。行くぞ、立ち止まるな!」
ギルバートはセリアの苦言を鼻で笑い飛ばし、大股で奥へと進んでいく。
セリアは小さくため息をつき、部下たちに目配せをして警戒を強めさせた。
彼女は義理堅い性格ゆえに、無謀な上官を見捨てることもできず、常に板挟みになっていた。
「足元に気をつけてください。床の石畳が、不自然に新しくなっている箇所があります」
「罠か? なら、お前が先に行って解除しろ」
ギルバートは顎でしゃくり、セリアに命令する。
セリアは無言で頷き、慎重に足を踏み出す。
しかし、何も起きない。
「……異常ありません。ただの修復跡のようです」
「ふん、取り越し苦労だ。お前は慎重すぎるんだよ」
ギルバートは鼻で笑い、再び先頭を歩き出す。
だが、セリアの違和感は拭えない。
通路の壁面には、淡い緑色の光を放つ植物群がびっしりと張り付いている。
セリアはそれに違和感を覚えた。
「この植物……ただの自生ではないような気がします。まるで、迷宮全体が生き物のように私たちを観察しているような……」
「馬鹿馬鹿しい。ただの雑草に怯えてどうする。お前は斥候のくせに、そんな妄想を抱くようになったのか」
ギルバートは鼻で笑い、部下たちを急かす。
セリアは唇を噛み、疑問を胸にしまい込んで再び前を向いて歩き出した。
◆ーーーー◆
操作盤のモニターには、無警戒に進軍してくる重武装の集団が映し出されていた。
先頭で偉そうにしている金色の鎧が、おそらくリーダーのギルバートだろう。
「シズク、奴らの現在位置は?」
「現在、第一階層の中央ルートを直進中です。セリアと名乗る副官らしき人物が警戒を促していますが、指揮官は無視している模様です」
「好都合だ。それなら、遠慮なく分断させてもらおう」
俺は操作盤に触れ、迷宮内に蓄積されたポイントを消費して構造変化のコマンドを打ち込む。
画面の中で、ギルバートたちが通り抜けようとしていた大通路の構造がリアルタイムで変化していく。
彼らが足を踏み入れた瞬間、通路の天井から分厚い石壁が音もなく降下した。
「な、なんだ!?」
モニター越しに、慌てふためく侵入者たちの声が聞こえてくる。
ギルバートと数名の側近が前方に孤立し、セリアを含む後続部隊は石壁の向こう側へと完全に分断された。
「チッ、なんだこのふざけた仕掛けは!」
ギルバートが剣を抜き、石壁に斬りかかる。
金属が激しくぶつかる甲高い音が響くが、ポイントをつぎ込んで強化した壁は傷一つ付かない。
「リーダー! ご無事ですか!」
壁の向こうからセリアの焦った声が聞こえる。
「うるさい! こんな壁、すぐにぶち破ってやる!」
ギルバートは怒り狂い、何度も剣を振り下ろすが、結果は同じだ。彼の自慢の腕力をもってしても、迷宮の防衛機構を力押しで突破することは不可能だった。
「シズク、後続部隊の足止めは頼めるか?」
「お任せください。致死性のない幻覚胞子と粘着床のコンボで、無力化いたします。彼らには、終わりのない迷路を彷徨っていただきます」
シズクの冷徹な声に、俺は苦笑する。
「よし。じゃあ、俺はあの金ピカの相手をしてやろう。少し頭を冷やしてもらう必要があるからな」
俺は立ち上がり、腰の安物の鉄剣を帯び直すと、ギルバートのいる区画へ続く隠し通路を開いた。
十年間の探索で馴染んだ、ただの鉄剣。だが、今の俺にはこれで十分だ。
分断されたクラン本隊に対し、迷宮の防衛機構が本格的に稼働を始める。
孤立した傲慢な侵入者が、この理不尽な迷宮の中でどう動くのか。
俺は静かに、彼らが迷い込む罠の先へと歩き出した。




