第12話
「さて、進化したドーラの実力がどれほどのものか……見せてもらおうか」
俺は静かに呟き、侵入者たちの動きを注視した。
薄暗い通路を、十数人の武装した男たちが警戒のない足取りで進んでいる。
中堅クラン「黄金の牙」の先遣隊だ。彼らの装備は一見して高価なものだとわかるが、足元の苔を無造作に踏み荒らすその歩みには、迷宮への敬意など微塵も感じられない。
「おいおい、本当にここが高難度迷宮なのか? ゴブリン一匹出やしねえぞ」
「ただの初心者向けダンジョンだろ。バートンのおっさんが無能だっただけじゃねえのか」
「こんなカビ臭い洞窟、さっさと制圧して街で美味い酒でも飲もうぜ」
下卑た笑い声とともに交わされる会話が、苔のネットワークを通じてコントロールルームに筒抜けになっていた。
彼らは気づいていない。足元を覆う淡い緑色の植物が、ただの自生した苔ではなく、迷宮全域に張り巡らされた索敵の目であることに。
「マスター。対象は第一防衛ラインの罠地帯を迂回し、中央通路へ向かっています。誘導は順調です」
シズクが淡々とした声で報告を上げる。
彼女は空中に浮かぶ複数のモニターを流れるように操作していた。その横顔には感情の起伏は見られないが、迷宮に害をなす外敵を確実に処理しようとする冷徹な意志が感じられる。
「ご苦労様。彼らはここがどういう場所か、まったく理解していないようだな」
俺はコンソールに寄りかかりながら、画面の中の男たちを見下ろした。
効率よく稼ぐことしか頭にない連中だ。利益を生まない場所には価値がないと切り捨てる、今の冒険者ギルドの縮図のような存在だった。かつて俺を嘲笑っていた連中と同じ匂いがする。
「ドーラ、聞こえるか。獲物がそっちに向かっている」
通信用の魔道具越しに声をかけると、即座に弾んだ声が返ってきた。
「任せな、マスター! アタシの初陣、派手に飾ってやるよ!」
◆ーーーー◆
モニターの中で、先遣隊が広い空間へと足を踏み入れた。
そこは俺がDPを消費して拡張した、迎撃用の大広間だ。
彼らの前に、赤い鱗を持つ大柄な竜人——ドーラが立ち塞がった。
「なんだ、この化け物は!?」
「聞いてねえぞ、こんな魔物がいるなんて!」
先遣隊の男たちが慌てて武器を構える。
ドーラは背中に背負っていた身の丈ほどもある大剣を、片手で軽々と引き抜いた。
「よう、アンタら。アタシの準備運動に付き合ってくれよな!」
獰猛な笑みを浮かべたドーラが、床を強く蹴る。
ズンッ、と重い音が響き、石畳に蜘蛛の巣状の亀裂が走った。同時に彼女の姿がブレる。
次の瞬間、先遣隊の先頭にいた重装備の戦士が、大剣の腹で薙ぎ払われていた。
「ぐはっ!?」
男はくぐもった悲鳴を上げ、石壁まで一直線に吹き飛ぶ。そのままズルズルと崩れ落ち、ピクリとも動かなくなった。
斬るまでもない。ただの質量と速度による、純粋な暴力だ。
「おいおい、どうした? もっと骨のある奴はいねえのか!」
ドーラは楽しそうに笑いながら、次々と男たちを蹴散らしていく。
「舐めるな! 囲め、一斉攻撃だ!」
副官らしき男の指示で、数人がドーラを取り囲む。剣と槍が同時に突き出され、後衛からは魔法使いが火球を放った。
「燃えろっ!」
だが、ドーラは飛来する炎を素手で無造作に払い落とした。赤い鱗には焦げ目一つついていない。
そのまま大剣を横薙ぎに一閃する。
暴風のような一撃が、突き出された武器ごと男たちを吹き飛ばした。鋼の剣が飴細工のようにへし折れ、宙を舞う。
「嘘だろ……魔法が効かねえ!」
「化け物だ……勝てるわけがねえ! 逃げろ!」
圧倒的な力の差を前に、先遣隊の心は完全に折れた。彼らは武器を放り出し、来た道を這々の体で逃げ帰っていく。
「あーあ、もう終わりか。つまんねえの。アタシはまだ準備運動も終わってないってのに」
ドーラが大剣を肩に担ぎ直し、不満げに鼻を鳴らす。
だが、すぐに通信機に向かって嬉しそうな声を上げた。
「マスター、見たか! アタシ、ちゃんと役に立っただろ!」
「ああ、完璧だった。よくやってくれたな、ドーラ」
俺が褒めると、画面越しの彼女は尻尾をぶんぶんと振って喜んだ。
トラップを使うまでもなく、純粋な物理の力だけで敵を退けてしまった。俺が投資したDPは、間違いなく最高の形で還元されたらしい。
◆ーーーー◆
「なんだと……? 先遣隊が全滅だと?」
俺、ギルバートは報告にきた部下の胸ぐらを掴み上げ、壁に力任せに叩きつけた。
「ひっ……! 申し訳ありません、リーダー! ですが、赤い鱗の化け物が……!」
「言い訳など聞きたくない!」
そのまま近くの机を蹴り飛ばす。
ガシャーンという甲高い音とともに、机の上の酒瓶が粉々に砕け散った。
「たかが初心者向けのゴミ迷宮だろうが! バートンが失敗したからといって、俺たち『黄金の牙』が後れを取るなどあり得ん!」
俺は野心と実力だけで、このクランを中堅にまで押し上げてきた。使えない部下は容赦なく切り捨て、利用できるものはすべて利用してきた。
あの迷宮には、莫大な富と利権が眠っているはずだ。それを独り占めすれば、俺はさらに上の地位へ登り詰めることができる。
「おい、本隊の準備を急がせろ」
俺は立ち上がり、派手な金色の鎧を身に纏う。
「俺自らが出る。あのふざけた迷宮の主ごと、すべてを叩き潰してやる」
「は、はいっ!」
部下が慌てて部屋から飛び出していく。
俺は腰の剣の柄を握りしめ、獰猛な笑みを浮かべた。
どんな罠があろうと、どんな魔物が潜んでいようと関係ない。俺の圧倒的な力で、すべてを蹂躙してやる。
待っていろ、迷宮の主。貴様の持っているすべてを、俺が奪い尽くしてやる。
◆ーーーー◆
「マスター。外部の協力者であるカイから、緊急の連絡が入りました」
シズクの声に、俺はモニターから視線を外した。
「どうした?」
「『黄金の牙』のリーダー、ギルバートが本隊を率いて動き出したとのことです。目標は、この迷宮の完全制圧」
その報告を聞いて、俺は小さく息を吐いた。
先遣隊を無傷で追い返したことで、少しは懲りてくれるかと思ったが、どうやら逆効果だったらしい。
欲に目が眩んだ連中は、痛い目を見ないと現実を理解できない。
「シズク、防衛ラインの再構築を頼む。今度は手加減なしだ」
「承知いたしました。第二、第三防衛ラインのトラップを起動待機状態に移行します」
シズクが指先を滑らせて承認コマンドを入力する。
壁がスライドし、新たな通路が形成され、床下には強力な罠が次々と配置されていく。
俺はコンソールを操作し、迷宮内のDPを再配分していく。
彼らが求めているのは、効率よく手に入る利益と名声だけだ。
だが、俺にとってここは、十年間通い続けた大切な居場所であり、仲間たちと暮らす家だ。
他人の愛着や努力を土足で踏みにじるような連中に、ここを渡すつもりは毛頭ない。
「ドーラ、少し休んだら次の準備をしてくれ。今度は大物が来るぞ」
「おうっ! 腕が鳴るぜ、マスター!」
通信機越しに聞こえる頼もしい声に、俺は自然と口角が上がるのを感じた。
ギルバート率いる本隊が、どれほどの戦力を持っているかは分からない。
だが、俺たちにはこの迷宮と、積み重ねてきた時間がある。
「さあ、来い。俺の居場所は、絶対に奪わせない」
静かな決意とともに、俺は迫り来る脅威を迎え撃つ準備を整えた。




