第11話
数日後。
迷宮の入り口付近に設けた安全地帯で、俺は外部からの来訪者を迎えた。
「バートンは完全に失脚しました。組合の幹部たちも、彼の失態を庇いきれなかったようです」
息を切らして報告してくれたのは、連絡係を引き受けてくれたカイだ。その隣には、赤いフレームの眼鏡をかけた受付嬢のエリーゼが並んでいる。
「彼が特務部隊を無駄に消費したことで、組合の損失は計り知れません。責任を問われ、辺境の支部へ左遷されることが決定しました」
カイの言葉に、俺は静かに頷いた。自業自得とはいえ、これで彼が再びこの迷宮に手出しをしてくることはないだろう。
「レオン……本当に無事だったのね。討伐隊が逃げ帰ってきたと聞いて、ずっと心配で……」
エリーゼは安堵のあまり、目元を微かに潤ませる。俺は腰のポーチから清潔な布を取り出し、彼女に手渡した。
「心配をかけてすまない。見ての通り、俺もこの迷宮も健在だ」
俺が穏やかに返すと、彼女は布で目元を押さえ、深く息を吐き出した。かつて俺の地道な努力を唯一評価してくれた彼女には、恩義を感じる。
「ただ、手放しで喜べる状況ではありません」
カイが表情を引き締め、声を潜めた。
「討伐隊が惨敗したことで、この場所が『未踏破の高難度迷宮』に変貌したという噂が街中に広まりました。特に、中堅クラン『黄金の牙』が利権を独占しようと動いています」
「黄金の牙、か」
効率と利益を最優先し、強引な手法で知られるクランだ。彼らはこれまでにも、新しく発見された迷宮を武力で制圧し、他の探索者を締め出して利益を独占してきた悪名高い連中である。
「彼らはすでに先遣隊を編成し、こちらへ向かう準備を進めています。どうか気をつけて」
エリーゼの真剣な忠告に、俺は深く頷いた。
「知らせてくれて助かる。二人とも、無理をして組合に目をつけられないようにな」
カイとエリーゼを見送った後、俺はコントロールルームへと足を踏み入れた。
◆ーーーー◆
「マスター、外部からの脅威が迫りつつあるようですね」
ふわりと宙に浮くシズクが、淡々とした声で出迎える。彼女の瞳は、迷宮のコアと同じ神秘的な色を湛え、俺の意思を何よりも尊重してくれる。
「ああ。今のままの罠だけでも時間は稼げるが、物理的な防衛戦力も強化しておきたい。それと同時に、居住区画の改築も進めよう」
誰にも邪魔されない安全な場所で、仲間たちと悠々自適なスローライフを送る。それが俺の望みだ。理不尽に平穏を奪われることだけは、絶対に避けなければならない。
コンソールを操作し、蓄積された莫大なポイントを割り振る。
まずは居住区画の拡張だ。リムたちメイドが働きやすいよう、水回りの設備を整え、ふかふかの絨毯を敷き詰める。壁には暖かな光を放つ魔石ランプを配置し、冷たい岩肌を温かみのある木目調の壁材で覆った。
さらに、奥の空間をくり抜いて広大な浴場を新設する。地下深くから湧き出る温水を引いた、特製の温泉施設だ。完成したばかりの絨毯の上で、リムたちスライムメイドが嬉しそうに跳ね回る姿がモニターに映る。
「これでマイホームの快適さは格段に上がったな」
「はい。居住性の向上は、マスターの精神衛生上も極めて有益かと存じます」
シズクが微かに口角を上げる。
「次は防衛戦力だ。罠を抜けてきた連中を、確実に無力化できる存在が欲しい。魔法攻撃に特化した個体も考えたが、まずは物理で圧倒できる存在がいい」
俺は迷宮内の生態系マップを開き、ある一点を指差した。
「このトカゲにしよう」
モニターに映し出されたのは、下層の溶岩地帯に生息する一匹の赤いトカゲだ。普段は岩陰に隠れ、おとなしくしているが、過酷な環境を生き抜く生命力は非常に高い。
「対象の個体を確認。ポイントを注ぎ込み、進化プロセスを開始します」
シズクの宣言とともに、画面内のトカゲがまばゆい光に包まれた。
光の奔流が渦を巻き、小さな爬虫類のシルエットが急激に膨張し、形を変えていく。二本足で立ち上がり、しなやかな筋肉を備えた人型へと再構築される。
やがて光が収まると、そこには赤い鱗と立派な角を持つドラゴニュートの女性が姿を現した。
身の丈ほどもある巨大な剣を背負い、引き締まった肢体を惜しげもなく晒している。
彼女はモニター越しにこちらを見据えると、ニカッと豪快な笑みを見せた。
「マスター! 呼んだか!」
コントロールルームに直接転移させてやると、彼女はドスドスと足音を鳴らして俺の前に進み出た。
「お前が、あのトカゲか」
「おう! アタシはドーラだ。マスターがたっぷり力をくれたおかげで、こんなに強くなれたぜ!」
ドーラは自分の二の腕をバンバンと叩き、力こぶを作って見せる。細かいことは気にしない、姉御肌といった風情だ。
「それに、昔マスターが落としてくれたパン屑の味、忘れちゃいないぜ。あの時は助かったからな。恩返しはきっちりさせてもらうよ」
「そんなこともあったか。ドーラ、お前をこの迷宮の物理防衛隊長に任命する。外から来る厄介な連中を、追い払ってほしい」
「任せな! アタシのこの大剣で、まとめてぶっ飛ばしてやるよ!」
彼女は背中の大剣を軽々と引き抜き、ブンッと風を切って振り回した。凄まじい風圧が室内に吹き荒れ、コンソールの上の書類が舞い散る。
「室内での抜刀は控えてください。マスターに危険が及びます」
シズクが冷ややかな声で注意すると、ドーラは「堅いこと言うなよ」と笑い飛ばした。
「頼もしいな。だが、殺す必要はない。戦意を喪失させて追い返すだけで十分だ」
「なんだ、つまんねえの。でもまあ、マスターの命令なら従うさ。仕事が終わったら、パーッと宴会でもやろうぜ!」
ドーラは豪快に笑い、大剣を背中に収めた。
戦闘をレクリエーション感覚で楽しむ彼女の存在は、この迷宮に新しい活気をもたらしてくれそうだ。
「マスター、防衛ネットワークの調整が完了しました」
シズクがコンソールの前で報告する。
「索敵用の植物群が、迷宮周辺の魔力動態を捉え始めました。……来ます」
メインモニターが切り替わり、迷宮の入り口付近の映像が映し出される。
そこには、重武装の戦士たち十数名が隊列を組んで侵入してくる姿があった。全員が揃いの紋章を刻んだ防具を身につけている。
「あれが『黄金の牙』の先遣隊か」
効率と利益を求め、他人の居場所を平然と踏みにじる者たち。彼らの強欲な足音が、俺の築き上げた平穏な空間を汚そうとしている。
モニター越しに、彼らの会話が微かに聞こえてくる。
『ただのFランクが偶然罠を起動しただけだ。俺たちなら一瞬で制圧できる』
『さっさとコアを見つけて、この迷宮の利権をいただくぞ』
迷宮を舐め切った発言に、俺は静かに息を吐いた。
「アタシの出番だな!」
ドーラが目を輝かせ、拳をバキバキと鳴らした。
「ああ。まずは第一階層の罠で削る。それでも突破してくるようなら、お前の力を見せてやってくれ」
「了解だ、マスター! 派手に暴れてくるぜ!」
ドーラは踵を返し、転移陣へと飛び込んでいった。
彼女の背中を見送りながら、俺はコンソールに手を置く。
「シズク、侵入者の誘導を頼む。罠の起動タイミングは俺が指示する」
「かしこまりました。対象を第一防衛ラインへ誘導します」
淡々としたシズクの声とともに、迷宮の構造が静かに変化を始める。
俺の愛着が詰まったこの場所を、ただの金づるとしてしか見ない連中に渡すつもりはない。
モニターの中では、先遣隊が警戒しながら薄暗い通路を進んでいる。
彼らはまだ知らない。この迷宮が、かつての初心者向けダンジョンとは全く異なる、理不尽な要塞へと変貌を遂げたことを。
そして、その奥底で、圧倒的な力を持つ防衛隊長が待ち構えていることを。
「さて、進化したドーラの実力がどれほどのものか……見せてもらおうか」
俺は静かに呟き、侵入者たちの動きを注視した。




