第四十一話 日常
局長が高木に変わっても、変わらず特執局は各地を巡り、この世の整理を続けた。
彼らの足跡は街を見れば明らかだった。
逸脱率は減少し、犯罪は消え、秩序は完成へ向かっていた。
一方で。
統治者に注力した藤崎は、多忙を極めていた。
ナンバーズ会議。各地区統治者との折衝。
政策立案。監査。報告書の確認。
部下への指示とフィードバック。
特別執行局長だった頃とは違う。
現場へ出る時間は減り、代わりに書類が増えた。
統治者室。机の上には資料の山。
藤崎は無言でページをめくる。
コンコン。
「失礼します」
秘書官だった。
「第八管理街区長との打ち合わせ資料です」
机に置かれる。
「第五管理街区の統計報告書です」
さらに置かれる。
「ナンバーズ定例会議は二時間後です。資料のチェックはお済みですか?」
藤崎は何も言わない。局長時代の寡黙さとはまた違う。単純にパニック状態だった。
そんな多忙な毎日の中、たびたび高木からの連絡が入る。
「ゼロー」
「なんだ」
『暇ですか?』
「忙しい、切るぞ」
『待って待って』
『第九管理街区で保持者団体を見つけたんですが』
「活動内容は、はやくしろ」
『再調整対象者の保護』
「処理対象だ」
ガチャ
数分後。
『ゼロ』
「なんだ」
『こっちすげえ雪景色、ビデオ通話する?』
「…。」
ガチャ
その日の夜
『ゼロ』
「なんだ」
『第三地区からの依頼です。処理依頼団体が対象か聞きたくて』
「活動内容は」
『ええと、炊き出し?毎週水曜と金曜に公園でやってるみたいっす』
「なら、住人と接触する機会が多いはずだ。処理対象だ。いい加減学習しろ」
ガチャ
次の日
『ゼロ』
「なんだ」
『今日そっち戻るんで、夜飯でも食いません?』
「悪いな今日も残業だ」
ガチャ
高木の迷惑電話は毎日のように続いたが、日に日に減っていった。
その代わり、増え続ける書類、会議、確認作業。
あっという間に月日は流れる。
そしてその分、藤崎の目のクマが濃くなっていった。
ある日、会議資料確認中の藤崎に着信が入った。
特執局員からだ。
『ゼロ様』
「なんだ」
『高木局長がお呼びです。現場へ来てください』
「断る。今はそれどころではない。」
『いや来てください』
「忙しい、切るぞ」
『来てください』
沈黙。
藤崎は額を押さえ、大きくため息をついた。
「高木はなんて言ってる」
『現場確認をして欲しいと』
数秒考えて、受話器を置いた。
「車を出せ」
秘書官が顔を上げる。
「行き先はどちらですか?」
藤崎は短く答えた。
「高木の所だ」
蒸し暑い夜だった。
黒塗りのセダンが街を走る
窓越しに見える街並み。
区庁から出るのは何日振りだろうか。
藤崎はそっと目を閉じる。
最近。
昔のことを思い出すことが少なくなった。
いや、思い出せなくなりつつあった。
「彼ら」は今頃どうしているだろうか。
顔もぼんやりとしか想像できない。
ーーー今の自分を見て、どう思うだろうかーーー
「……いや、関係ないか」
ポツリと出た独り言。
「え?なんですか?」
「なんでもない、運転に集中してくれ。」
そして車が止まった。
「到着しました」
藤崎は下車する。
そこは古びた雑居ビルだった。
どこにでもある、何の変哲もない建物だ
だが。
藤崎の足が止まる。
なぜだろう、見覚えがある。何かが引っ掛かる。
藤崎は黙ってビルを見上げてから
ゆっくりと一歩を踏み出した。




