第四十話 適正職
第一街管理区の惨劇から半年が過ぎようとしていた。
深夜。
第二地区長。統治者室。
扉が開く。
「いやぁ」
高木が欠伸をする。
「時計見ました?就業時間外なんすけど。」
藤崎は書類から顔を上げない。
「座れ」
「パワハラ上司は労基署に報告しなきゃな。」
「そんなもの、もう存在しないだろ。」
「へいへい」
文句を言いながらも座る。
静寂に包まれた部屋に高木が開けた缶コーヒーの音が響く
「で? なんです?」
藤崎は一枚の書類を机に置いた。
辞令だった。
「本日付で、俺は局長を退任する。
高木、明日からはお前が好きにやれ。」
高木が目を細める。
「は?」
高木は辞令を見つめて言う
「寝ぼけてます?」
「違う」
「熱あります?まったく、あれだけ暖かくして寝なさいって言ったのに。」
「高木」
「なんだよ。」
藤崎は答える。
「特執局は軌道に乗った。今では各地区でも引っ張りだこだ。」
「局員も育った。お前と俺の監督下でな。」
「今後はナンバーズとしての業務に専念する。元々その計画だ。設立時に説明したろ。」
「理由それだけ?」
確かに、表向きの理由はそうだった。
だが、それだけではない。
怖かったのだ。これ以上、自分の中の「何か」が抜け落ちていくのが。
最初の頃は震えた。引き金を引く指。体。
だが、今はもう処理に躊躇がない。
このままでは、あの時見逃した
山奥でひっそりと暮らす夫婦。
彼らも、戸惑いなく殺すようになってしまうだろう。
それが堪らなく怖かった。
「へぇ、なるほど。」
高木は背もたれに身体を預け、藤崎の手を見た。
左手で、右手の甲をさすっている。
昔から変わらない。嘘をついている時のクセだ。
藤崎はゆっくりと窓の外を見る。
第一管理街区。
人1人居ない大通り。
以前は一晩中ネオンが輝いていた。
だが、今はどうだ。
最近ふとした瞬間に思う。
これが、本当に正しい道なのかと。
だが、もう後戻りは出来ない。
多くの犠牲の上に成り立っている平等だ。
自分自身がノイズになるわけにはいかない。
その点、高木は優秀だ。道化のような所もあるが。
常に冷静な状況判断が出来る。そして決して周りに流されず自分の信念は曲げない、揺れない。
実はこう見えて結構頑固な性格だ。
そんな高木を昔からずっと見てきた。
高木は小さく息を吐いた。
「そうですか」
それ以上は言わない。
藤崎は続ける。
「顧問として籍は残す。必要なら呼べ」
「たまには現場に顔を出すだろうが、運営はお前がやれ」
「基本は10人だ。」
高木が笑う。
「なら、もっと早く言えよ。こっちだって心の準備ってもんがあんの。わかる?」
「そうか」
「たまに会社に来る、相談役って認識であってます?」
「そんなものだ。好きに解釈しろ。」
静かな時間が流れる。
「わーったよ。しょうがねえな。」
高木は辞令を折り畳み立ち上がった。
「了解」
短かく返事をし、扉へ向かう。
「高木、お前はーーー」
咄嗟に声が出た。
「なんだよ」
「……悪い。なんでもない。いけ」
高木は鼻で笑う。
そして、扉の前で止まった。
高木は振り返らずに言った。
「お疲れ様」
「藤崎」
机の上で組まれた指先が。
ほんの少しだけ強く握られた。
「……ああ」
「任せたぞ」
高木は部屋を出る。
誰もいなくなった統治者室で
藤崎は、あいの部屋を思い出していた。




