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第四話 走馬灯

気付くと、部屋の中が橙色に染まっていた。


薄いカーテンの向こうで、夕日が沈みかけている。


随分眠っていたらしい。


頭痛はかなり軽くなっていた。


ぼんやり天井を見つめていると、台所の方から小さな物音が聞こえた。


鍋の蓋が鳴る音。


包丁の音。


味噌の匂い。


妙に落ち着く生活音だった。


「……」


夢みたいだ、と思った。


いや。


夢であってほしいのかもしれない。


あんな壁も。


変な言葉も。


全部。


その時、襖が少し開いた。


「あ、おきましたか」


女が顔を覗かせる。


夕焼けの色が横顔を赤く照らしていた。


「ああ……」


声を出すと、喉が少し乾いていた。


女は安心したように笑う。


「よかたです。ねつ、ないですね」


そう言って、当たり前みたいに額へ手を伸ばしてくる。


ひんやりした指先。


一瞬だけ心臓が跳ねた。


「あ、いや……もう平気」


女は「そうですか」と頷くと、少し言いづらそうに視線を逸らした。


「わたし、そろそろ、おしごと、いくです」


「仕事?」


「あい」


女は小さな鞄を抱えている。


外へ出る準備をしているらしい。


そこで俺は反射的に身を起こした。


仕事。


その単語だけで、胃の奥がひやりとする。


会社。


上司。


未読通知。


怒鳴り声。


「……っ」


慌てて白い国民スマホを掴む。


画面を見る。


何も来ていない。


『ろうどうちゅうい』の通知も、

追加されていなかった。


静かな画面。


何もない。


俺はしばらくそれを見つめていた。


そして、ゆっくり息を吐く。


「……なんだよ」


思わず笑いそうになる。


会社から連絡が来ない。


それだけで、

こんなに安心するなんて。


頭がおかしくなりそうだった。


女は不思議そうに見ている。


「へん、ですか?」


「いや……」


スマホを握ったまま、天井を見る。


そうだ。


これはきっと現実じゃない。


そう考えた方が楽だった。


過労かもしれない。


酔って倒れて、

病院で夢を見てるのかもしれない。


あるいは死ぬ瞬間の走馬灯。


昔聞いたことがある。


人は死ぬ前、

長い夢を見るらしい。


なら、この妙に優しい世界も説明がつく。


怒鳴る人間もいない。


仕事の催促もない。


みんな穏やかで、

少し馬鹿みたいで、

でも優しい。


現実より、ずっと楽だ。


「……走馬灯、か」


小さく呟く。


女が首を傾げた。


「そうま……?」


「いや、独り言」


女はよく分からないまま頷いた。


「ごはん、つくてます。おなか、すいたら、たべるです」


「……ありがとう」


「あがりとう、です」


また少し間違った“ありがとう”。


でも今度は、

その響きが少しだけ心地よく感じた。


女は玄関で靴を履きながら振り返る。


「よる、おそい、なるです」


「夜勤?」


「やきん……?」


通じない。


だが女は気にした様子もなく、にこりと笑った。


「ちゃんと、ねる、ですよ」


まるで子供に言い聞かせるみたいに。


そして静かに部屋を出ていった。


扉が閉まる。


急に部屋が静かになる。


夕焼けだけが、狭い部屋を赤く染めていた。


布団の上でぼんやり座った


不思議だった。


知らない世界。


なのに。


今だけは、

覚めないでほしい。この長いゆめから

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