第二十九話 回復
それから一週間。
高木は毎日のように病室へやって来た。
朝 昼 夜 時間など関係ない。
暇さえあれば現れる。そして同じ話をする。
「前の世界は酷かった」
「働いても報われない」
「生まれた場所で人生が決まる」
「努力しても上には行けない」
「今の方がずっとマシだ」
そんな話ばかりだ。
藤崎はほとんど聞いていなかった。高木が話している間、ぼんやり天井を見ていることが多かった。
考えていたのはあいのこと。安田のこと。榊のこと。
記憶保持者の仲間のことだった。
食事は一日一回。味気ない栄養食。
最低限生きるためだけの量。
空腹は常に付きまとっていた。
まともな判断力を奪うには十分だったかもしれない。
だが、高木の話の中には興味深いものもあった。
「第一街区って知ってるか?」
ある日、高木はそう切り出した。
「各地区の第一街区は特別区だ」
「特別区?」
久しぶりに藤崎が反応した。
高木は鼻で笑う。
「要するに上級国民街だ」
窓の外を見る。
「前の世界の政治家、大企業の経営者、資産家、有力者。要するにお偉いさんだ。そういう連中が住んでる」
藤崎は黙って聞いていた。
高木は続ける。
「他の街から物資を優先的に回してもらえる」
「同期もされない、労働するもしないも自由」
「好きなものを食って好き勝手に暮らしてる」
病室が静まる。高木は珍しく不機嫌そうだった。
「結局、変わってねえのかもな。根本的な部分は。」
藤崎はその横顔を見ていた。
高木は今の社会を信じている。だが。
全てを肯定しているわけではないらしい。
「第二地区の第一街区はさらに特別だ」
話題が変わる。
「何故だ」
高木は少し笑った。
「あるからだよ」
「何が」
「バベルタワー」
その名前を聞いた瞬間。藤崎は少しだけ興味を持った。
「街の中央に建ってる。第二地区最大の施設。新政府の象徴ってやつだ。」
「そして」
高木は人差し指を立てる。
「地下にはアマテラスがある」
中央AIアマテラス。この世界を管理する存在。
高木は肩をすくめた。
「まぁ俺も見たことない」
そう言って笑った。
さらに数日が過ぎた。
怪我はかなり回復していた。歩くこともできる。
拘束具も外された。
病室内を自由に動けるようになっていた。
その日も高木はいつものように現れた。
しばらく雑談をし、帰っていく。
藤崎は何気なくその背中を見ていた。
ふと思った。中央管理棟とはどんな場所なのだろう。
自分がいる病室以外をほとんど知らない。
なら、高木についていけば良い。
藤崎は静かに立ち上がった。
足音を殺し病室を出る。
高木は気付いていない。
長い廊下。白い壁。機械的な照明。
無機質な空間が続く。
高木は施設の奥へ進んでいく。
何度も認証ゲートを通過する。
職員たちが頭を下げる。
十七街区代表。それなりの権力を持っているらしい。
やがて、高木が立ち止まった。
一枚の扉。他の部屋とは雰囲気が違う。
高木が端末をかざす。
ロック解除。扉が開く。
高木が中へ入る。
閉まりかけた扉、その隙間へ。
藤崎は滑り込んだ。
部屋の中は暗かった。
やがて目を凝らすと見えてきたのは
複数のモニターに繋がれたおびただしい量のスマートフォンだった。




