第二十五話 再会
「ゼロを呼んでくれ」
高木の言葉に、部屋の空気がわずかに揺れた。
トランシーバーの向こうから返答が返ってくる。
『了解しました』
『No.0へ連絡します』
通信が切れる。
高木は満足そうに椅子へ腰を下ろした。
まるで友人との待ち合わせでもしているようだった。
安田が睨む。
「No.0……?」
高木は肩をすくめた。
「知らねぇか」
「まぁ知るわけないか」
小宮が眉をひそめる。
「政府のお偉いさん?」
「まぁ、そんなところだ」
高木は適当に答える。
だが。反応したのは榊だった。
「待て」
低い声。
高木が視線を向ける。
榊の表情は険しかった。
「No.0だと?」
「そうだ」
「あり得ん」
榊が吐き捨てる。
「No.0は空席だろ、お前が言っていたことだ。」
部屋の空気が少し変わる。
だが高木は笑った。
「あぁ、まぁ以前はそういう設定だったよな」
榊の目が細くなる。
一年前。回収班と対峙したあの日。
高木は言った。
『No.0なんて最初から居ない』
No.2の後釜
誰も姿を見たことのない存在。
第二地区統治の象徴。だが実際には存在しなかったはずだ。
それは榊自身も知っている。
だからこそ。
「空席のはずだ」
榊は言った。
「俺がいた頃からずっとな」
高木は笑う。
「そりゃ昔はな、でも今は違う」
榊は黙る。
高木は足を組んだ。
「埋まったんだよ。」
静かな声だった。
「一年前にな」
部屋の空気が張り詰める。
安田も。あいも。小宮も。
自然と耳を傾けていた。
榊が口を開く。
「誰だ」
高木は答えない。
代わりに。少し楽しそうに笑った。
「気になるか?」
榊は睨み返す。
「当然だ、俺の後釜なんだろ」
「元No.2としては気になるよな」
高木は納得したように頷く。
「まぁ確かに」
そして少し考える。
「意外だったよ」
「俺も最初はマジかってなった」
安田が苛立つ。
「さっきから何の話だ」
高木は安田を見る。
「この地区の頂点の話だよ、後に世界をとるかもな。」
あまりにも軽く言った。
「第二地区を統括してる人間」
「特執局。お前らが言う『掃除屋』を作った人間」
「政府中枢からも一目置かれてる」
「今じゃ第二地区の顔だ」
小宮が顔をしかめる。
「そんな奴が本当にいるの?」
高木は即答した。
「いる」
そして。
少しだけ笑みを浮かべる。
「めちゃくちゃ働き者だ。No.2、あんたよりよっぽど優秀だぜ。」
「おかげでこっちも助かってる」
榊は黙っていた。
何かが引っ掛かっている。
だが答えが見えない。
高木はそんな榊を見ながら、
どこか楽しそうだった。
まるで、これから起きることを知っている人間の顔だった。
その時、トランシーバーが鳴る。
『局長』
高木が手に取る。
「どうした」
『No.0、到着しました』
会議室が静まり返る。
高木はゆっくり立ち上がった。
「来たか」
そして。
楽しそうに笑った。
「じゃあ紹介してやるよ」
誰も言葉を発しない。
廊下の向こうから。
足音が聞こえ始めていた。
まるで迷いのない足取りで。
会議室へ近付いてくる。
――コツ。
――コツ。
――コツ。
規則正しい足音が廊下を進んでくる。
誰も喋らない。
やがて。
会議室の前で足音が止まる。
ガチャ。
扉が開いた。
最初に見えたのは黒いコートだった。
続いて黒い革手袋。
男が会議室へ入る。
高木が立ち上がる。
「お待ちしておりました」
その声音は先ほどまでとは違った。
「ゼロ」
灯火の面々が一斉に男を見る。
そして。
男もまた部屋の中を見た。
安田。
小宮。
佐伯教授。
榊。
そして。
あい。
その瞬間だった。
男の足が止まる。
表情はほとんど変わらない。
だが。ほんの僅かに。
本当に僅かに。
目が見開かれた。
部屋の空気が止まる。
安田は息を呑む。
あいの瞳が揺れる。
榊の顔から血の気が引いた。
あり得ない。あり得るはずがない。
だが。そこに立っている男は。
間違いなく。
藤崎だった。
一年前。回収班に連行されたはずの男。
灯火の誰もが消息を知らなかった男。
その男が。黒いコートを纏い。
掃除屋を従え。
No.0としてそこに立っていた。
数秒。誰も動けない。
誰も言葉を発せない。
藤崎もまた動かなかった。
まるで予想外の光景を見せられたように。
静かに灯火の面々を見ていた。
あいを見る。安田を見る。榊を見る。
その視線に敵意はない。
だが懐かしさもない。
何かを確認するような視線だった。
長い沈黙。
やがて。
藤崎はゆっくりと高木へ視線を向けた。
そして言った。
「……説明しろ」
高木が笑う。
「いやぁ、俺もびっくりですよ」
「まさか十七管理街区だったとは」
藤崎は黙っている。
高木は続ける。
「最近あっちこっち回ってたんでね」
「街の番号なんか覚えてられなくて、ゼロもそうでしょう?」
「そしたら彼らが出てきた」
高木は拘束された面々を見る。
「知り合いだらけ」
その言葉に。
藤崎の視線が再び灯火へ向く。
あいの拳が震えている。
安田は今にも飛びかかりそうな顔をしている。
榊だけが黙って藤崎を見つめていた。
藤崎は何も言わない。
高木は肩をすくめる。
「本来なら即処理案件です。ただまぁ、せっかくなんで」
「ゼロにも見てもらおうかと。会いたかったでしょ?お互い。」
部屋が静まり返る。その中で。
藤崎はゆっくりと灯火の面々を見渡した。
そして最後に。あいへ視線が止まる。
⸻
ほんの一瞬。
誰も気付かないほど短く、その目が揺れた。




