第二十三話 判断
「次はここだ……」
「奴らは……ここを潰しに来るぞ」
男の言葉が部屋に落ちる。
誰もすぐには口を開かなかった。
十六管理街区。目覚め人の集団組織名は「残響」
灯火と同じように目覚め人たちが集まり、助け合いながら生きていた組織だ
その組織が一晩で消えた。
それも政府軍との全面戦争ではない。
たった十人ほどの集団によって。
「……避難するべきだ」
最初に口を開いたのは小宮だった。
いつもの軽い調子ではない。
「今ならまだ間に合うかもしれない」
「どこへ行く」
榊が即座に返す。
「知らないよ。でもここにいるよりは――」
「無理だ」
榊は首を振った。
「今の状況で大人数が移動したら逆に目立つ」
小宮が舌打ちする。
「だからって待ってろって?」
「そうは言ってない」
空気が張り詰める。
安田が間に入った。
「落ち着け」
そう言って地図へ視線を落とす。
確かに今のあおぞらまちは危険だ。
しかし街を出るのも危険だった。
半年前から導入された新制度。
緊急適性再配置――EAR。
本来は災害や事故などで不足した人員を一時的に補うための仕組みだった。
物流が足りなければ物流担当へ。
医療が足りなければ医療補助へ。
人々が最も負担なく社会を維持できるよう設計された制度。
少なくとも、建前はそうだった。
だが今では違う。
反乱分子の増加と共に運用は変質した。
パトロール部隊が目覚め人を発見する。
すると周辺住民へEARが発動される。
警備員。
追跡員。
捜索補助員。
住民たちは二十四時間だけ別の適性へと書き換えられ、反乱分子を追うための手足となる。
二十四時間が過ぎれば元に戻る。
拘束時間を設定したことは、政府側に残された最後の良心だったのかもしれない。
だが目覚め人からすれば関係ない。
昨日まで笑顔で話していた住民が、今日には追跡者になる。
街そのものが敵になるのだ。
その制度が導入されて以降、灯火は自由な移動をほとんど失っていた。
榊が苦々しく吐き捨てる。
「適正職をイジるとはな。フッ…。当初の政府なりの正義はどこに行ったんだ。胸糞悪いシステムだ」
誰も反論しなかった。
安田は全員を見渡した。
「だが現実だ」
「どうする」
「皆の意見が聞きたい」
沈黙。
最初に口を開いたのはあいだった。
「私は移動に反対です」
全員の視線が集まる。
「今の人数で移動したら必ず目立ちます」
「それに保護対象も多い」
「途中でEARを発動されたら逃げ切れません」
安田は頷く。
理屈としては正しい。
「私は逆」
小宮が言う。
「ここにいたら包囲される」
「少なくとも分散はするべき」
「全滅よりマシ」
榊は腕を組む。
「俺は防衛派だ」
「このビルは逃走経路も複数ある」
「地の利もある」
「むしろ動く方が危険だ」
意見は綺麗に割れた。
安田は深く息を吐く。
どれも間違っていない。
だからこそ決められない。
その時だった。
ドォンッ!!
建物全体が揺れた。
窓ガラスが激しく震える。
机の上の資料が跳ねた。
「なっ――」
小宮が立ち上がる。
一拍遅れて。
下の階から悲鳴が聞こえた。
続いて。
パンッ!!
パンッ!!
何かが破裂するような音。そして怒号。
安田が反射的に立ち上がる。
榊はすでに単管を掴んでいた。
十六管理街区の男の顔から血の気が引く。
震える唇から漏れた言葉は一つだけだった。
「……来た」
その瞬間。
階下から重い足音が聞こえた。
ゆっくり。
迷いなく。
一段。
また一段。
誰かが階段を上がってくる。




