第二十一話 灯
あの日から、一年が経った。
雨の夜。
第二地区第十七管理街区――あおぞらまちで起きた回収班との衝突。
そして藤崎が捕らえられた日から。
彼らは逃走に成功し、生き残った。
いや。
生き残るしかなかった。
当初は数人しかいなかった記憶保持者たちも、今では数十人規模になり。自身を目覚め人と呼び始めた。
そうしてできた、あおぞらまち目覚め人の組織。
その名は灯火
雑居ビルを拠点としていた頃とは状況も変わった。
今では複数の隠れ家を持ち、連絡網も整備されている。
安田が元技術者の目覚め人達と協力し妨害装置も改良された。
回収班の追跡を完全に防げるほどではないが、発見を遅らせる程度の効果はある。
それだけでも大きかった。
壁の向こうとの交流も始まっていた。
政府の物資輸送車両。
建材搬入ルート。
食料運搬経路。
目覚め人たちは危険を承知でそこへ紛れ込み、別の街へ向かった。
そこで知った。
自分たちだけではなかった。
第三地区。
第五地区。
第八地区。
規模は違えど、各地に同じような組織が存在していた。
名前も思想も違う。
しかし目的は同じ。
人間として生きること。
それだけだった。
灯火はその中でも比較的大きな組織へと成長していた。
代表は二人。
安田。
そして、あい。
もっとも本人たちはそんな肩書きを好んでいない。
特にあいは今でも、自分が組織を率いているという自覚が薄い。
だが。
新しく保護された目覚め人たちはまず彼女を頼る。
不安を抱えた人。
家族を失った人。
世界を受け入れられない人。
あいは誰の話も最後まで聞いた。
否定しない。
怒らない。
急かさない。
それだけで救われる人間は意外と多かった。
一年という時間は、少女を大きく変えた。
もう片言で話すことはない。
思考力も高い。
社会の仕組みも理解している。
目覚め人としても十分に活動できる。
ほとんどの面で、普通の目覚め人と変わらなくなった。
ただ一つを除いて。
過去の記憶。
それだけは今も失われたままだった。
自分がどこで生まれたのか。
誰と暮らしていたのか。
なぜこの世界にいるのか。
思い出せない。
それでも。時折。
突然頭を抱えることがある。
見知らぬ部屋。
閉じられた扉。
誰かの怒鳴り声。
断片的な映像だけが脳裏をよぎる。
嫌だった。怖かった。
それだけは分かる。
だがその先を思い出そうとすると、記憶は霧のように消えてしまう。
榊は言った。
「脳が守ってるんだろう」
「思い出したら壊れるような記憶もある」
あいは何も答えなかった。
ただ時々。夜になると一人で空を見上げていた。
そこにいるはずのない人を思い出すように。
そして榊。
元No.2。
灯火の誰もが頼りにしている男。
しかし彼は最後まで代表になることを拒んだ。
もう誰かの上には立ちたくない。
それが理由だった。
今の榊は灯火の協力者。
助言者。
相談役。
それ以上でも、それ以下でもない。
だが誰もが知っている。
灯火がここまで大きくなれた理由の半分は、彼のおかげだということを。
一年が過ぎた。
目覚め人は増えた。
灯火も大きくなった。
各地区との繋がりも生まれた。
人々は必死に生きていた。
だが。政府も黙って見ていたわけではない。
回収班だけでは抑えきれなくなった目覚め人たち。
各地で発生する抵抗組織。
増え続ける保持者反応。
そしてある時を境に。
政府の対応は変わった。
保護から。
排除へ。
最近、壁の向こうから奇妙な噂が流れてくる。
黒いコート。黒い革手袋。黒いスマホ。
十人ほどしかいないにも関わらず、一つの組織を壊滅させる精鋭集団。
現れた街から目覚め人が消えるという。
その正式名称を知る者は少ない。
人々はただ、恐れを込めてそう呼んだ。
掃除屋と。




