第十九話 突破口
路地の入口。
高木と回収班。
その前に俺たち。
逃げ場はあるようで、ほとんどない。
高木は傘を傾けながら言った。
「なあ、藤崎」
俺は息を整えながら睨み返す。
「お前、なんで抵抗すんだ?」
「どう言う意味だ」
高木は少しだけ眉をひそめた。
「何でこの世界を受け入れない」
静かな声だった。
怒鳴っているわけじゃない。
本気で理解できないという顔。
「俺はお前らを救ってやるって言ってるんだ」
白いスマホを掲げる。
「考えてみろ、前の世界の方が十分狂ってた」
「違うか?」
俺は何も言えなかった。
高木は続ける。
「毎日働いて」
「将来に怯えて」
「誰かと比べて」
「大人になってから、笑った記憶がねぇんだよ」
「そんな世界だったろ」
雨音が二人の間を埋める。
高木の言葉は間違っていない。
この世界になってから
俺も思っていた。
壁に囲まれた世界。
管理された人生。
なのに。
不思議なくらい平和だった。
少なくとも。
会社で死んだ目をしていた頃の俺より。
この世界の住民たちの方が幸せそうだった。
だから俺はゆっくりと答えた。
「そうかもしれない」
高木の目が少しだけ細くなる。
「俺も最近そう思う」
本心だった。
「でも」
俺は隣を、あいを見つめる
不安そうな顔で。
それでも俺を信じて。
そこにいる。
「せっかく人間らしさを取り戻してきたんだ」
「それを元に戻すのは嫌なんだよ」
高木は黙る。
「それに」
俺は続けた。
「こんなやり方は間違ってるだろ」
「人の人生を勝手に決めて」
「考えることまで奪って」
「幸せだからいいなんて」
「そんなの違うだろ」
数秒の沈黙の後、高木は深いため息を吐いた。
まるで聞き分けのない子供を見るように。
「……ああ、もういい」
肩を落とす。
「黙って救われろ」
回収班が動きだす。
⸻
俺の脳裏に榊の声が蘇った
『全員で逃げるのは無理だ』
⸻
俺は横を見る。
安田。
息は上がっている。
だが目は死んでいない。
逃げる途中、こいつは凄かった
路地を選び。
追跡を撒き。
判断を誤らなかった。
俺よりずっと冷静な男だ。
俺は決断する。
「あんたに任せる」
安田が振り向く。
「藤崎?」
「あいを連れて逃げろ」
安田の表情が変わる。
「バカ言うな」
「頼む」
「ここまで来て全員は無理だ」
「俺はあんたを信じてる」
安田は言葉を失う。
そして、小さく舌打ちした。
「……後でアイス奢れ。」
俺は笑った。
久しぶりに、少しだけ、心から。
あいが不安そうに俺を見る。
「ふじさきさん……?」
胸が痛む。
だが、今は立ち止まれない。
「行け」
「え?」
「安田と行け!」
「でも」
「大丈夫だ、後で追いつく」
自分でも驚くくらい自然に言えた。
もちろん嘘だ。それくらいわかっていた。
それでも。今はこれしか無い。
あいは小さく頷いた。
その瞬間。
安田があいの手を掴む。
「走れ!」
二人が駆け出す。
回収班が反応する。
「対象逃走!」
「追え!」
俺は飛び出した。
最前列の回収班へ体当たりする。
「行かせるか!」
警棒型スタンガンが振り下ろされる。
なんど殴られても、必死に食らいついた
肉が、骨が、全身が痛い
それでも構わなかった。
視界の端で。
安田とあいが遠ざかっていく。
路地の向こうへ。雨の向こうへ。
その姿が少しずつ小さくなる。
俺は歯を食いしばった。
どうか。逃げ切ってくれ。
朦朧とした意識で、それだけを願いながら。




