表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
15/45

第十五話 雨

雨が窓を叩いていた。


雑居ビルの一室。


俺は榊の向かいに座りながら、テーブルに置かれた国民スマホを見つめていた。


画面には、あいの端末から送信された通知が表示されている。



さいちょうせいつうち


たいしょうしゃ:あい


しゅうごう:あした ごごいちじ ちゅうおうひろば


たいしょうしゃは、あした ちゅうおうひろばに、しゅうごうしてください



「……再調整ってなんだよ」


俺は眉をひそめた。

何となく予想はついている。


榊は椅子にもたれながら頷く。


「わかるだろ。再同期させるんだ。」


「住民には心を整えるため、とか説明されている」



部屋の隅では安田が腕を組んでいた。


他にも数人の保持者たちがいる。


全員、表情が固かった。


「具体的には、何が起きるんだ」


俺が尋ねる。


榊は少しだけ考えてから答えた。


「簡単に言うと、中央への同期を強くする」


「……中央?」


「中央AI」



その言葉に俺は黙る。


榊は続けた。


「普段から住民たちの思考能力は中央AIの管理下にいる」


「ただし、完全に同じ思考をしているわけじゃない」


「個人差がある」



「その差が大きくなるとどうなるんだ?」


俺が聞く。


榊は静かに答えた。


「戻される」




部屋の空気が少し重くなる。




「あい、だったか。最近の彼女を思い出してみろ」


榊が言った。


「何か変化はなかったか」




俺は考える。


そしてすぐに思い当たった。




最近のあいは少し違った。



以前なら、


「おしごと、たのしいです」


と笑って終わっていた話を、


最近は、


「どうして、このおしごと、わたしなんですかね」


と聞いてきた。



街を歩いていても、


「かべのむこう、なにがありますか」


なんて言うこともあった。



以前なら持たなかったはずの疑問。



榊は頷く。


「そういうことだ」



「中央AIから見れば、それは異常、外れ値というやつだ。」


「思考が広がり始めている」


「だから再同期をかける」



俺は嫌な予感がした。


「それで……どうなる」



榊は少しだけ目を伏せた。


「本人は本人のままだ」


「記憶も残るかもしれない」



俺は少し安心しかけた。


しかし次の言葉で、それは吹き飛んだ。




「だが疑問を持たなくなるだろうな。おそらく、以前の彼女以上に。」



部屋が静まり返る。


「なぜ壁があるのか」


「なぜその仕事をしているのか」


「なぜ生きているのか」



「そういう考えに辿り着けなくなる」



俺は思わず拳を握った。



「つまり……」



榊は俺の言葉を引き継いだ。



「今のお前が知っている“あい”は消える。ロボットに近いだろうな」



雨音だけが響いていた。



しばらく誰も口を開かなかった。



やがて安田が静かに言う。


「直近の問題はそこじゃない」



全員の視線が向く。




「再同期対象者は、その前に回収班が来ることがある。異常なハズレ値を示す対象者には。念のため政府職員が訪問するんだ。」



俺は顔を上げた。



「回収?訪問?」



榊が頷く。




「通知が来た時、あいは何か不安な反応を見せなかったか。それは中央への反抗とみなされる。対象者の中でも特に外れ値として認識されるだろう。」



「本来、そう言った人間に必ず再調整に来るように、呼びかけるのが訪問する理由なんだが、職員の判断によってその場で回収されることもある」



俺の背筋に冷たいものが走った。



「……いつ来る」


「明日かもしれない、今夜かもしれない、今、かもな。」



俺は立ち上がる。



椅子が音を立てた。



「行く」



榊がこちらを見る。



「どこへ」



「決まってるだろ。あいを連れてくるんだよ。」


俺は迷わなかった。


「だいたい、ここにくる時に連れてくればよかったんだ。なぜ俺だけ呼んだ。」


部屋の中が静かになる。


榊は小さくため息をついた。


「回収班は複数人で来る。それも、外れ値が大きければ多いほど人数が増える。お前ら2人で回収班に出くわしてみろ。あいを庇って逃げ切れるか。仲良く回収されるのが関の山だ。」


榊が続ける


「それから、通話での説明は避けたかった。政府に傍受される可能性がある。だから直接呼んだ。それと、ここには多少の武器があるからな。」


安田が立ち上がる。


他の保持者たちも単管やら、バットやら持ち始めた。



机の上に置かれていた小型端末が手渡される。



「非常用通信機だ。当然、使わないことを祈る。」


安田が言った。



「使い方はあとで説明する。試作段階だが、無いよりマシだろ。」



榊はコートを羽織った。



「保護が最優先だ」



「極力、戦うな」



「見つかるな」



「連れて帰るだけだ」



俺は頷いた。



雨はまだ降り続いている。



そして俺たちは、


あいを保護するため、


雑居ビルを後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ