第十五話 雨
雨が窓を叩いていた。
雑居ビルの一室。
俺は榊の向かいに座りながら、テーブルに置かれた国民スマホを見つめていた。
画面には、あいの端末から送信された通知が表示されている。
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さいちょうせいつうち
たいしょうしゃ:あい
しゅうごう:あした ごごいちじ ちゅうおうひろば
たいしょうしゃは、あした ちゅうおうひろばに、しゅうごうしてください
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「……再調整ってなんだよ」
俺は眉をひそめた。
何となく予想はついている。
榊は椅子にもたれながら頷く。
「わかるだろ。再同期させるんだ。」
「住民には心を整えるため、とか説明されている」
部屋の隅では安田が腕を組んでいた。
他にも数人の保持者たちがいる。
全員、表情が固かった。
「具体的には、何が起きるんだ」
俺が尋ねる。
榊は少しだけ考えてから答えた。
「簡単に言うと、中央への同期を強くする」
「……中央?」
「中央AI」
その言葉に俺は黙る。
榊は続けた。
「普段から住民たちの思考能力は中央AIの管理下にいる」
「ただし、完全に同じ思考をしているわけじゃない」
「個人差がある」
「その差が大きくなるとどうなるんだ?」
俺が聞く。
榊は静かに答えた。
「戻される」
部屋の空気が少し重くなる。
「あい、だったか。最近の彼女を思い出してみろ」
榊が言った。
「何か変化はなかったか」
俺は考える。
そしてすぐに思い当たった。
最近のあいは少し違った。
以前なら、
「おしごと、たのしいです」
と笑って終わっていた話を、
最近は、
「どうして、このおしごと、わたしなんですかね」
と聞いてきた。
街を歩いていても、
「かべのむこう、なにがありますか」
なんて言うこともあった。
以前なら持たなかったはずの疑問。
榊は頷く。
「そういうことだ」
「中央AIから見れば、それは異常、外れ値というやつだ。」
「思考が広がり始めている」
「だから再同期をかける」
俺は嫌な予感がした。
「それで……どうなる」
榊は少しだけ目を伏せた。
「本人は本人のままだ」
「記憶も残るかもしれない」
俺は少し安心しかけた。
しかし次の言葉で、それは吹き飛んだ。
「だが疑問を持たなくなるだろうな。おそらく、以前の彼女以上に。」
部屋が静まり返る。
「なぜ壁があるのか」
「なぜその仕事をしているのか」
「なぜ生きているのか」
「そういう考えに辿り着けなくなる」
俺は思わず拳を握った。
「つまり……」
榊は俺の言葉を引き継いだ。
「今のお前が知っている“あい”は消える。ロボットに近いだろうな」
雨音だけが響いていた。
しばらく誰も口を開かなかった。
やがて安田が静かに言う。
「直近の問題はそこじゃない」
全員の視線が向く。
「再同期対象者は、その前に回収班が来ることがある。異常なハズレ値を示す対象者には。念のため政府職員が訪問するんだ。」
俺は顔を上げた。
「回収?訪問?」
榊が頷く。
「通知が来た時、あいは何か不安な反応を見せなかったか。それは中央への反抗とみなされる。対象者の中でも特に外れ値として認識されるだろう。」
「本来、そう言った人間に必ず再調整に来るように、呼びかけるのが訪問する理由なんだが、職員の判断によってその場で回収されることもある」
俺の背筋に冷たいものが走った。
「……いつ来る」
「明日かもしれない、今夜かもしれない、今、かもな。」
俺は立ち上がる。
椅子が音を立てた。
「行く」
榊がこちらを見る。
「どこへ」
「決まってるだろ。あいを連れてくるんだよ。」
俺は迷わなかった。
「だいたい、ここにくる時に連れてくればよかったんだ。なぜ俺だけ呼んだ。」
部屋の中が静かになる。
榊は小さくため息をついた。
「回収班は複数人で来る。それも、外れ値が大きければ多いほど人数が増える。お前ら2人で回収班に出くわしてみろ。あいを庇って逃げ切れるか。仲良く回収されるのが関の山だ。」
榊が続ける
「それから、通話での説明は避けたかった。政府に傍受される可能性がある。だから直接呼んだ。それと、ここには多少の武器があるからな。」
安田が立ち上がる。
他の保持者たちも単管やら、バットやら持ち始めた。
机の上に置かれていた小型端末が手渡される。
「非常用通信機だ。当然、使わないことを祈る。」
安田が言った。
「使い方はあとで説明する。試作段階だが、無いよりマシだろ。」
榊はコートを羽織った。
「保護が最優先だ」
「極力、戦うな」
「見つかるな」
「連れて帰るだけだ」
俺は頷いた。
雨はまだ降り続いている。
そして俺たちは、
あいを保護するため、
雑居ビルを後にした。




