第87話 白百合の母娘 ― 優しさの裏側
食事会が終わった夜遅く、白百合家の応接間には柔らかな間接照明だけが灯っていた。
白百合 麗華(現当主・理事長)は、上品な黒髪に銀の混じった髪を優しくまとめ、紫銀の瞳で娘を見つめていた。
対する白百合 桜良は、黒髪ロングを肩に流し、紫銀の瞳を少し伏せ気味に座っていた。
「お母様……今日はみんなを招いてくださり、本当にありがとうございました」
桜良は静かに頭を下げ、穏やかな声で言った。
「リフレッシュのための食事会……みんな、とても喜んでいました。
お母様の温かいおもてなしが、練習で疲れた心と体を癒してくれたようです」
麗華は優しく微笑み、娘の手に自分の手を重ねた。
「咲良……あなたがそう言ってくれると嬉しいわ。 あなたたち四人は、今、とても大事な時期。
花芯合わせの練習は、体力だけでなく心も大きく消耗するでしょう?」
桜良は母の瞳をまっすぐに見つめた。
「お母様……白百合家の現当主として、
次期当主であるお姉様(澪)を育てながら、私たちにも目を配ってくださる。
その愛情を、今日も強く感じました」
麗華の表情が、ほんの少しだけ柔らかく崩れた。
彼女は娘の手を優しく握りしめ、静かに語り始めた。
「咲良……あなたは私の誇りよ。
でも、同時に……とても心配なの。
澪が次期当主として白百合家を継ぐことが決まっている以上、
あなたは純血守り人として、レイラインの未来を支える存在になる。
まだ17歳のあなたに、そんな重い役割を背負わせてしまっている……」
麗華の声に、わずかな震えが混じった。
「私はあなたを愛しているわ。
咲良が生まれた時から、ずっと……
この子だけは、幸せに咲かせてあげたいと願ってきた。
でも、当主として、私は家と学園のバランスを優先しなければならない。
澪には次期当主としての重責を、
あなたには守り人としての純粋な成長を……
その間で、どうしても心が揺れてしまうの」
桜良は母の手をそっと握り返した。
「お母様……私は幸せです。
お母様が澪お姉様を次期当主として育てながら、私にも優しく見守ってくださるからこそ、
私は紡と向き合えるんです。
お姉様の負担を、少しでも軽くしたい……それが私の想いです」
麗華は娘の頰にそっと手を伸ばし、優しく撫でた。
「咲良……ありがとう。
あなたがいてくれるから、お母さんは当主を続けられる。
澪が当主の道を歩む中で、あなたは守り人として美しく咲いてほしい。
……でも、たまには……こうして、ただの母と娘の時間も大切にしたいの」
桜良は母の手に自分の額を寄せ、静かに囁いた。
「はい、お母様。
私も……お母様と、もっとたくさんお話がしたいです。
次期当主のお姉様を支えながら、私も守り人として強くなりたい」
部屋に、穏やかな白百合の香りが漂った。
麗華は娘を抱き寄せ、優しく背中を撫でた。
厳しい家督の運命の中で、母と娘の絆は、静かに、しかし確かに深まっていった。
遠い中東の戦火がもたらすレイラインの歪みは、ますます強くなっていた。
それでもこの夜、白百合家の母娘は、
互いの愛情を確かめ合いながら、静かな決意を新たにしていた。




