第32話:深紅の棘と白百合の棘 ― 教師と生徒の対峙
教師用棟の奥にある小さな応接室は、午後の陽光がカーテン越しに柔らかく差し込んでいた。
白百合 カンナ(26歳・教師・白百合家分家出身)は、窓際に立ったまま、深紅の髪の少女を静かに見つめていた。
薔薇宮 ルリカはソファに腰を下ろし、長い脚を優雅に組んでいた。
深紅のリボンが胸元で揺れ、制服のスカートに刺繍された棘の薔薇の模様が、わずかに光を反射している。
カンナはため息を一つ吐き、静かに切り出した。
「ルリカ。呼び出したのは他でもない。
あなたにはもう、特定のパートナーを見つけて、きちんと儀式で満開に至ることを強く勧めます。
名門の薔薇宮家に恥じない行動を、期待しています」
ルリカは唇の端をゆっくりと上げ、甘く危険な笑みを浮かべた。
「ふふ……先生もずいぶん熱心ですね。
私がいつまでもふらふらしているのが、そんなに気になるんですか?」
カンナの表情は変わらないが、声にわずかな厳しさが加わった。
「中守り人候補として期待されているあなたが、いつまでも独占欲だけで後輩を翻弄しているのは、レイライン全体にとっても好ましくありません。
棘の薔薇は情熱的であると同時に、均衡を乱しやすい。
早く安定したペアを形成しなさい。それが名門・薔薇宮家の責務です」
ルリカの瞳が細くなり、深紅の色が濃くなった。
彼女はゆっくりと立ち上がり、カンナに一歩近づいた。
「名門の責務、ですか……。
それなら、先生はどうなんですか?
なぜ先生は、自分が守り人にならないのですか?
分家とはいえ、白百合家の血を引いているのに……ずっと教師の立場で、後輩たちを見守っているだけ。
本当は、自分が満開になるのが怖いんじゃないですか?」
カンナの眉がピクリと動いた。
ルリカはさらに一歩近づき、甘く挑発的な声で続けた。
「それとも……先生も、誰かと深く結ばれるのが怖い?
私と同じように、棘を抱えたまま、誰にも本当の満開を見せられない……そんな自分が嫌いなんじゃないですか?」
カンナの声が少し低くなった。
「ルリカ……あなたは言葉が過ぎるわ。
私は分家として、管理と指導の役割を全うしているだけです。
あなたのように、独占欲に振り回されてレイラインを乱すわけにはいきません」
ルリカはくすくすと笑い、深紅の髪を指で優雅に払った。
「あら、随分と上から目線ですね。
先生こそ、守り人になりたくてもなれない……ただの『指導者』で満足しているだけじゃないですか?
本当は、誰かの蕾を自分の棘で深く貫きたい……そんな欲求を、ずっと押し殺しているんでしょう?」
カンナの瞳が鋭くなった。
二人の間に、微かな緊張が走る。
ルリカの周囲に赤い棘の光粒子がわずかに浮かび、カンナの白百合の光が静かにそれを押し返す。
「ルリカ。あなたは自分の棘を甘く見すぎている。
いつか、その棘が自分自身を傷つけることになるわ」
ルリカは唇を湿らせ、甘くねっとりとした声で返した。
「傷つくのも、傷つけるのも……すべて愛の形ですわ、先生。
先生のように、綺麗事だけで守り人を演じているより、よほど誠実だと思いませんか?」
二人の視線が激しくぶつかり合う。
女同士の口喧嘩は、徐々にヒートアップしていった。
ルリカの棘の香りと、カンナの白百合の清らかな香りが、部屋の中で静かに、しかし激しく混ざり始めていた。
カンナは深く息を吐き、静かに言った。
「……この話は、また改めて。
ですが、ルリカ。あなたが本当に薔薇宮の名に恥じない存在になりたいなら、
早く、真正面から向き合う相手を見つけなさい」
ルリカは最後に甘く微笑み、深紅の髪を翻して部屋を出て行った。
「先生も……いつか、自分の棘を認めてあげてくださいね」
ドアが閉まった後、カンナは一人、窓辺に残った。
彼女の指先が、わずかに震えていた。




