第20話 雨の夜の誘惑 ― 予期せぬハプニング
激しい雨が白百合家の屋敷を叩いていた。
桜良は、午後に紡に連絡を入れ、こう伝えた。
「母が……、一度あなたに会って話をしたいと言っています。
雨ですが、来ていただけますか?」
その言葉に、紡は少し緊張しながらも了承した。
屋敷の玄関に到着した紡は、びしょ濡れになっていた。小柄な体が雨に打たれ、制服が肌に張りついている。
桜良はすぐに彼女を迎え入れ、申し訳なさそうに言った。
「紡さん、急に呼んでしまってごめんなさい。
母が、どうしてもあなたに会いたいと……」
「いえ……お招きいただいて、光栄です」
桜良は紡を自分の部屋に案内し、予め用意していた室内着を差し出した。
「濡れた服のままでは風邪を引きます。こちらに着替えてください
紡さんには少しサイズが大きいかもしれませんが。」
紡が屏風の向こうで着替えを始めたとき、予期せぬハプニングが起きた。
濡れたブラウスを脱ぐ際、ボタンが滑って上手く外れず、もたついた。
その拍子に屏風がわずかにずれ、白い肌が一瞬、桜良の視界に飛び込んできた。
滑らかな肩、雨で冷えた小さな胸の膨らみ、細い腰の曲線——
純粋で誰も触れたことのない可憐な肌。
桜良の視線が、無意識に熱を帯びた。
紫銀の瞳が細くなり、息を飲む。
その視線に気づいた紡は、慌てて胸元を隠した。
顔が真っ赤になり、心臓が激しく鳴る。
すると、胸の奥に不思議な感覚が芽生えた。
小さな蕾が、ほんの少しだけ疼くような、甘くもぞっとする感覚。
(……先輩の目が……熱い……)
紡は急いで室内着に着替え、屏風から出てきた。まだ頰が赤いままだった。
その後、二人は応接室へ移動した。
そこには白百合 麗華が待っていた。
家長らしい落ち着いた佇まいだったが、今日は少し柔らかい表情を浮かべている。
「紡さん、ようこそ。
雨の中を呼んでしまって申し訳ないね。
一度、ゆっくり話をしたくて、桜良に頼んだのですよ」
和装の麗華の声は厳格さの中に、母親らしい親しみを含んでいた。
夕食の席で、彼女は紡に直接話しかけ、母親の病気の様子や学園生活について穏やかに尋ねた。
「看病は本当に大変でしょう。でも、あなたのような心優しい子がそばにいるなら、お母様も心強いはずです」
紡は恐縮しながら、何度も小さく頭を下げた。
「ありがとうございます……お母様。
私なんかで、恐縮です……」
麗華は時折優しい微笑みを浮かべ、紡の緊張を解すように言葉をかけた。
普段の厳しい家長の顔と、娘の大切な友人を気遣う母親の顔が、交互に見えた。
その様子を、桜良は少し離れた席から静かに見つめていた。
紫銀の瞳には、深い愛情が満ち溢れていた。
恐縮しながらも一生懸命に返事をする紡の姿と、麗華が珍しく柔らかい表情を見せる光景——
すべてが、桜良の心を温かく、優しく満たしていた。
(紡さん……あなたが、ここにいるだけで……
私の世界が、少しだけ優しくなる……)
雨の音が続く夜、白百合家の屋敷に、穏やかで予感に満ちた時間が流れていた。




