第16話 すみれの棘 ― あかりの告白
放課後の教室は、夕陽が差し込んでオレンジ色に染まっていた。
紡は自分の机に座ったまま、教科書を片付けていた。小柄な体が少し疲れた様子で、黒髪ショートが額に軽く張りついている。
最近、桜良と過ごす時間が増えたせいか、心がどこか浮ついていた。
「つむぎ」
明るい声とともに、すみれ野あかりが隣の席に腰を下ろした。ポニーテールにした明るい茶色の髪が、夕陽に輝いている。
「今日も……桜良先輩と一緒にいたよね?」
あかりの声はいつも通り明るかったが、どこか微妙に硬かった。紡は教科書を鞄にしまいながら、素直に頷いた。
「うん……少し、お話ししてた。温室で」
あかりはしばらく黙っていた。
やがて、彼女は深呼吸をして、紡の顔をまっすぐに見つめた。
「最近、つむぎ……すごく変わったよね。
目が、なんだか優しくて……綺麗で……」
あかりの頰が、ほんのり赤くなった。
彼女は少し声を落とし、しかしはっきりと言った。
「つむぎ、私……ずっと前から、つむぎのことが好きだよ。
ただの親友じゃなくて……恋として、好きなんだ」
教室に、静かな緊張が落ちた。
紡の琥珀の瞳が見開かれた。
心臓が、どくんと大きく鳴る。
「え……あかり……?」
あかりは微笑もうとしたが、唇が少し震えていた。
「桜良先輩と一緒にいるのを見てて、気づいたの。
私、つむぎが他の誰かと仲良くしてるの見ると、胸が苦しくて……
だから、ちゃんと伝えたかった」
紡は言葉を失った。
親友だと思っていたあかりの突然の告白。
しかも「好き」という、恋心としての言葉。
頭の中が真っ白になりながらも、別の想いが胸の奥からゆっくりと浮かび上がってきた。
(桜良先輩……)
温室での軽い抱擁。手をつないだときの温もり。紫銀の瞳が優しく自分を見つめてくれた瞬間。
あのとき感じた、穏やかで甘いざわつき——それは、ただの「友達」の感情ではなかった。
紡は無意識に、自分の胸に手を当てた。
「……ごめんね、あかり。私……まだ、よくわからなくて……」
あかりは小さく笑ったが、その笑顔は少し寂しげだった。
「ううん、いいよ。急に言っちゃってごめん。
でも、つむぎが幸せなら……それでいいから」
その瞬間、二人の間に淡い紫色の光の粒子が、ほのかに舞い上がった。
すみれの蕾が、ゆっくりと、しかし確かに萎れていくような——甘い香りが、わずかに色を失ったように感じられた。
紡はそれに気づき、胸が痛くなった。
「あかり……」
「大丈夫。私の気持ちは、伝わったから」
あかりは立ち上がり、いつもの明るい笑顔を無理やり浮かべた。
「また明日ね、つむぎ」
あかりが教室を出て行った後、紡は一人、机に突っ伏した。
心が激しく揺れていた。
あかりの告白は嬉しかった。
でも、それ以上に強く浮かぶのは、桜良の顔だった。
(私は……桜良先輩のことが……好きなんだ……)
その自覚が、胸の奥を熱く疼かせた。
純粋で無垢な紡の心に、初めての恋の棘が、静かに刺さり始めていた。




