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81.おにぎり・豚汁・卵焼き

翌日、俺と椿の二人でクラーラに今回の決定を伝えに行った。


「クラーラ、貴女からの要望は却下されました。今後のことですが、あなたの身柄をアメリカに引き渡します。そこで…」


椿の話はクラーラの怒鳴り声によって遮られた。


「優香だって言ってるの!このブスが!あんたの脳みそ腐ってるんじゃないの!?」


昨日は落ち着いた様子だったのに態度が急変したな。若干楓と共通点があるような・・・。


「まぁ、気持ちは分かるけど、優香さんにとって大事な話だから聞いておいた方が良いよ」


「あんたに私の気持ちが分かるはずない!知ったようなこと言わないで!!」


ブッ


クラーラが俺の顔目がけて唾を吐いてきた。

他人に唾をかけられるのは初めてだが、思いのほか怒りが沸いてこない。

しかし、隣に立っていた椿は怒髪天という感じで、クラーラを殴ろうと拳を振り上げているのが目に入ったので、慌てて椿が振り上げた手首を掴んで止めた。遥の二の舞になってしまう。


「閣下、この女には口で言っても伝わらないので拳で教えます。手を放してください」


拳で教えるって…、どこのヤンキー漫画の先輩だよ。そして、冷静に見えて実は藤井先輩よりも短気なんじゃないかと思う。いや、確実に俺の知っている人間の中でこいつが1番キレたら我を忘れるタイプだ。


「いや、俺のことで怒ってるなら、嬉しいけど大丈夫だから。ありがとう。でも、とりあえず優香さんと話しをしないといけないからさ、一回落ち着こう、一回。ねっ?」


俺は椿の拳を両手で掴み、じっと椿の目を見て訴えかけた。しばらく見つめ合った後、椿が諦めて腕の力を抜いてくれた。


「わかりました。よろしければこのハンカチ使ってください。」


椿からハンカチを受け取って顔についた唾を拭き取ってから、礼を言って椿にハンカチを返した。

洗って返すべきなのだろうが、どうせ洗うのは同じクリーニング屋なので結局一緒だと思い、そのまま返した。


「まぁ、聞いてよ。優香さん。さっき椿から言ったように君ら二人を助けないことに決まった。そして、優香さんをアメリカに引き渡そうと思っているのだけど、このまま引き渡すと酷い拷問を受けて結局アイザックの居所を言わされると思うんだ。そこで、これは優香さんのためを思っての提案なのだけど、アイザックの居場所を俺に教えてくれないかな?もし日本でアイザックを逮捕することができれば、君の身柄をアメリカに渡すときの条件に君の待遇を保証させるよう便宜を図ることもできるんだけど」


「アイザックは園田さんのことを根は良い奴だから心配ないと言っていたけど、ゲス野郎だったようね」

    

また怒鳴り散らすのかと思ったが予想外に冷静な反応で拍子抜けしてしまった。

しかし、自分は何百万人も殺しておいてよくも偉そうに言えたものだと思う。


「正義・勝利・なんちゃらみたいな漫画の主人公じゃなく、大日本帝国の陸軍大臣だからね。これくらいのことはするさ。それで、アイザックの居所は教えるの?正直、俺はどっちでも良い、というよりはむしろ聞いてしまったら対応しなきゃいけないから、教えて貰わなくても全く構わないんだけど」


アイザックをこっちで逮捕したら、また確実にひと揉めあることは間違いないので、どちらかと言えば聞きたくないのだ。しかし、このままアメリカに渡して、目の前の女の子が受ける拷問のことを考えると、同郷のよしみでそれくらいはしてあげようかという、完全な善意からの提案なのだ。


「分かったわ。アイザックの居所を教えるわ」


「そうか、賢い選択だと思うよ。現代日本で生まれ育った優香さんに、この時代のアメリカの拷問に耐えられるとは思えないしね。で、どこにいるんだ?」


「アイザックはベルギー南部のブイヨンという町で、元ナチ党員の家に隠れているわ」


俺はすぐにクラーラから聞いた住所に、輸送機を使って特殊部隊を派遣しその日のうちにアイザックの逮捕に成功した。


アイザックを逮捕したことを再びボイスチャットで皆に報告し、日本への亡命は認めないことを再確認した。

アイザックの引渡についてもこちらに任せてもらえることになったので、とりあえずクラーラとは別の独房に入れて、椿と二人で会うことにした。


独房に入ると拘束服を着せられたアイザックがこちらに笑顔を向けてきた。


「やぁ、お二人さん。久し振りだね」


彼の笑顔を見ると、拘束されていてもイケメンはイケメンだなぁと思ってしまった。

俺達が呆気にとられて黙っていると、続けて話しかけてきた。


「日本の特殊部隊が来たときは、僕を裏切ったことに後悔した誠司の部下が、助けに来てくれたのかと思って喜んでここまで運ばれてきたんだけど、保護じゃなく逮捕だとは思わなかったよ」


特殊部隊の隊員たちには逮捕することを告げずに、拘束しないでここまで連れて来るように指示していたから、こちらに着いてから独房に入れられて初めて自分の状況に気が付いたのだろう。


「裏切ったのはお互い様だな。悪いとは思っていない。それに、おまえとクラーラは戦争犯罪者だからな。流石にやり過ぎたな」

    

「先に裏切ったのは僕だもんね。そこについては誠司を責めるのはお門違いだね。戦争犯罪者と言われればそのとおりだし、これも反論のしようがないね。ただ、僕のことは好きにしていいけど、優香だけは助けてください」


こいつ、自分の立場が全く分かってないな…。


「元の世界で漫画とかテレビでありふれたセリフだったけど、それを言われるやつって大体悪役だよな。あぁ、そっか、誰がどう見ても俺よりおまえの方が主人公だよな。イケメンだし、彼女を守る為に必死で戦ったんだろ?物語では大切な人を守るなら何やっても大体のことは許されるもんな。王子様じゃん。でも残念だったな、これは現実だし、一人称視点のおまえに都合のいい世界じゃないからさ、正義も悪もないんだよな。おまえが主人公のドラマはここで終わり。おまえらって結局歴史上最悪の大量虐殺者だし、現実の世界ではおまえを逮捕した俺が正義ってことになるんだわ。ここから逆転劇もないし、ヒロインを助けて自分だけ死ぬみたいな綺麗な終わり方もできないから。血塗られた汚ねぇラブストーリーだよ。おまえは恋人のために世界を敵に回して頑張ったのに、最後には友達に裏切られて無駄死にする俺可哀想って思ってるかもしれないけど、顔も名前も知らない、何の罪も無い何百万人の人生を一瞬で終わらせたおまえには綺麗な終わり方なんか無理だから。生きてたら人を好きになって結婚して子供を育ててって、これから幸せな未来があったかもしれない人達がさ、無残にもおまえらのエゴで理不尽に殺されてさ、なんで優香だけは助けて下さいとか言えるかな?そういう浅い考えしか持ってないから女に流されて小川先輩も殺すし、核兵器だって何度も使うんだよ。広島と長崎を知ってる元の時代の日本人のおまえなら、原爆投下したらどうなるか知ってるよな?アメリカが日本に使用してから何十年も経ってるのに世界で一度も核兵器が使用されなかったのに、4回も使った自分の異常性にも気付いてないだろ。おまえには心底がっかりしたよ。理解できなさ過ぎて、俺はおまえが恐ろしいよ。もう友達どころか同じ人間とすら思えない」


「そうだね。誠司の言うとおりだと思うよ。でも、僕も自分が主人公でも無ければヒーローでもないってわかってるよ。例えばの話だけどさ…、優香が死んだらどっかの都市で核テロが起こるとしたらどうする?」


まさかまだどこかに原子爆弾を設置してあるというのか。

製造した数と使用した数、終戦時に残っていた数も全て確認したはずだが、記録に残さずに製造したと言うのだろうか。

製造に関与したものと、製造物を管理していた部隊には確認したが、そもそも秘匿するメリットは彼らには無いはずだ。


「ハッタリだな。原爆の数は調査済だ。それに、クラーラは死なない」


「どういうこと?」


「おまえを引き渡す条件にクラーラの待遇の保証をアメリカに約束させるつもりだ。おまえが本気でクラーラを助けるために動いてたのは知ってる。だから元友人として、それだけはやってやるから、もう諦めろ。あと、引き渡し日までの間は二人きりで会わせてやる。お前らが食べたいものや酒も用意するから遠慮なく何でも言ってくれ」


アイザックはしばらく俯いて目を瞑り考えていた。


「まぁ、すぐに結論は出ないだろうから、また後で顔を出すよ。ゆっくり考えてくれ」

    

「いや、優香の命が助かるならそれでお願い。誠司、ありがとう」


「お礼を言われる筋合いはない。自分が後から苦しまないための偽善だから」


俺はアイザックの独房を出てから、少し広い房にベルクホーフの客室で使っているベッドやテーブル等の家具を運び込んで、搬入が終わったら二人をその房に移すように指示した。

また、アイザックとクラーラからは豚汁、おにぎり、卵焼きのリクエストがあったのでこれも用意させて一度自宅にしているケールシュタインハウスに戻った。


リビングのソファで楓と椿の3人で、就寝前に椿が淹れてくれたミルクティーを飲むことにした。


「はぁ…。凄い疲れた…」


「お疲れ様です。ハチミツ入りのミルクティーなので、疲れが取れますよ」


楓に淹れてもらったミルクティーを一口飲むと、口の中に優しい味が広がった。


「美味い。今日はもうこれ飲んだら寝るわ」


「うん、早く寝た方が良いよ。優香達はどうだったの?」


「とりあえず、もう最後だからさ、地下の房に家具を入れて、そこに二人とも移したよ。食事もリクエストどおりのものを出してる」


「そっか、なんだかんだ言ってもやっぱり誠司は優しいね。でも、拘束しなくて良いの?自殺しないかな?食事のリクエストが人生最後の食事にしか思えないんだけど」

    

「自殺する可能性も考えたんだけど、それなら最初から見つからなかったことにして死亡扱いのままにすれば良いからさ。というか、死にたいならここで死なせてやりたい」


「楓なら誠司と引き離されて、誠司だけ殺されるなら二人で死ぬかな。誠司がいない世界なんて生きてる意味なんてないから」


「いやいや、もうすぐ子供も産まれるんだから、もしそうなっても死なないで欲しいです」


「う~ん、子供は可哀そうだけど、お母さんに育ててもらうよ。子供がいてもやっぱり誠司がいない世界に耐えられそうにないから」


「じゃあ、俺はそうならない為に長生きしないとな」


「そうだよ、絶対に楓より先に死なないでね!」


「あの、イチャイチャしているところ申し訳ないのですが、もしアメリカに引き渡す調整をしてから自殺をされたらこちらの責任問題になるので、アメリカに連絡するタイミングで自殺できないようにまた拘束した方が良いと思います。なので、1週間ほど待ってみて自殺しなければアメリカに連絡して再び拘束するということで如何でしょうか」


「あぁ、そうだな。死ぬの待つのもなんか嫌だけど、そうしようか。」


俺達がこの話をしてから3日後・・・


『yu-ka-nightがログアウトしました』


『bakuhatsu_daisuki_manがログアウトしました』


早朝6時頃に小川先輩のときと同じアナウンスが流れた。椿と房の様子を見に行くとアイザックと優香が鉄格子にシーツで作ったロープを結んで、二人並んで首を吊っていた。


遺体の近くには俺と悠斗、翔に宛てた遺書が置いてあったが、ここでは開かずに日本に戻ってから3人で読むことにした。優香の方は遺書らしきものは見つからなかった。

ログアウトのアナウンスは悠斗や翔、藤井先輩にも流れていたので、全員から2人の状況について問い合わせがあった。そこで、今回の経緯を説明した。

今後について話し合った結果、二人の遺体は今日中に火葬し、2人を逮捕したことを知てっている人間には全員に能力を使った口止めをし、遺灰は墓を建てずにベルヒテスガーデン内の共同墓地に埋葬することになった。


友人が自殺したというのに不思議と何の感情も湧かない。この世界に来てから少しずつ感情が薄くなっている気がする。

元々は感情が豊かとまでいかないが、それなりに嬉しいとか悲しいとか、感じることもあったが、今は自分にも感情があると実感することができるのは、楓や椿といるときだけになってしまった。その原因は、この戦争で日中ソ3か国連合の最高司令官になって人の死が身近になったことで、死に対して鈍感になったからなのか、この世界に来るときに本体ではなくコピー体になったからなのか、他に原因があるのかは分からない。ただ、藤井先輩や悠斗達を見ていると元の世界にいた頃と大きく変わっているようには見えないので、コピー体であることは関係がない気がする。


そして、予定通り二人の遺灰の埋葬を見届けてから俺たちは日本に帰国した。

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